ぎんなんきんいろストリート
笠井 野里
第1話
「あなた、私が死んだほうがたぶん
その声に違うと答えようとした頃には目が
はたして違うのだろうか? 私はもう戻れない夢の中に問うが、反響するのは自分の頭の中で、脳の右奥のほうが痛くなってくる。
たしかに彼女が、Sが死んでいたほうが好都合かもしれない。私の小説の一群は紛れもなく彼女に捧げられたもので、そうして彼女がモデルである。生きていると厄介だ。――ひどく口の中が乾いている。
中身を見て、数行目を通しただけで
私小説なんざ書いてしまえば自己弁護と自己破壊しかできない。そういう自意識にいる。ずっとスランプなのだろうか? いや、小説を書く才能がないだけだ。という
「小説のダシに彼女を使ってるんだ」
そう。ケータイ小説を楽しそうに勧める彼女は、私の中で
――――――
私は大学の帰り、
ああ、こういう小説は苦手だ。陰気臭いし陰キャ臭い。そうしてどうも自己の
こいつを倒さなければいけないんだったな。
でも、無理だよ。そんなの。
それができたら苦労はしない。
そんなことが出来るのなら私はクラスの誰にでもあげていたバレンタインのクッキーにも浮かれることはなかったし、また来年も同じクラスになれたらいいねと言われたこともすぐに忘れるし、イタズラで言われた「一秒間だけ付き合おう」の
――――――
ケッ! なんだこりゃ。ひでぇ小説だ。
私は…… 今はもう公園のベンチに座って月を見ている。煙草を吸って満月を見ている。ありきたりだろう?
「だから小説を書けるんでしょ」
月が笑った。月の模様ってのはどうも落ちてゆく兎のようにみえてならない。
「ね、教えてよ、その子のこと」
隣には真っ白なワンピースを着た少女が座っていた。私はこういう主題をいくつか
「ああ、いいさ。とはいえ今まで語った以上をやると、描写としてやり過ぎじゃないか?」
私は小説の台詞回しでしかしない口調で言う。
「そうかしら。今のところ私にはあなたの彼女に対する想い……ううん。彼女に対する想いの形をした自尊心しか見えないわ」
そうかい。そりゃ失礼。やっぱり失敗小説みたいだ。少女は私の顔を見て笑っている。嫌になったのが表情に出ているな、と思った。
「じゃ、どう語ればいいのさ」
「あのね、Sの好きなものが知りたい」
「Sは…… 小説が好きだった。ケータイ小説、恋愛小説、そういった類のものが」
「素敵じゃない、Sちゃんはいい趣味だね」
「素敵なもんか。小説なんざ好きでもなかったのに、理科でも数学でも、歴史の授業でもずっと机の下で本を読まされたんだぜ、しかもヨコ書きの。話は明快だったが筋と文体が酷くてね」
「まあ、でもさ、Sはそんなあなたが小説を読んでいるのを喜んでた」
「ああ。だからかな、小説ってのは凄いんだって、思ったんだ。私はそういうものを書きたいと思ってるんだよ。」
「だから筋と文体の酷い、ヨコ書きのこんな小説を書いてるわけね」
「話が明快じゃないから修行が足りないかもな」
私は少女の軽口を笑った。
読む人も、それを教えた人も、救われる。気持ちを分かち合える。暖かかった。窓際の席で、二人机をくっつけて、物語を読み合う。おかけでその期間は休みの数を減らせた。
「不登校児だったの?」
心を読まれる。こういう安直なSFみたいな手法は駄目だと私は思うのだけど。
「アンニュイな生徒だったからかな、なんか学校がめんどくさくてね。あと課題を出さなかったのもあって、教師がうるさくて、それから逃げたかったんだ」
「ダサいね」
「だろう。課題の提出遅れで名前を呼ばれるたび、彼女に怒られたよ、課題やりなさいってね。お姉ちゃんみたいで、なんだかくすぐったかった」
自尊心の
「こんなのが小説かい?」
「なんであなたは彼女ともっと触れ合おうとしなかったの?」
私は黙って答えなかった。月を見上げる。――月が綺麗ですね。そういう
「知ってるよ。だって、あなたは彼女に出会う前に他の女の子に情けない告白をして、振られたんだもんね」
――そう。私は彼女に会う前、一人のクラスメートに無謀な告白をしていた。元気な明るい、
「そうして失意の中現れたSに
「しかし、そんな動機でも、長い間Sを好きではある――いや……」
煙草を
「Sが好きなのか、Sを好きな自分が好きなのか、小説が好きなのかはわからない……」
「それでも良くない? 恋愛感情なんて、いや。人を思う気持ちなんてさ、大体そんなもんじゃない?」
少女はフフと笑って私の低い鼻のあたりを見つめた。ようやく私は少女の瞳を見ると、吸い込まれるような紫紺の球が二つくりくりと並んでいた。その奥底には月の明かりと同じ色の光が映っている。
「そうかもね。そう、思いたい。……で、この小説はまだ続けるのかい?」
「そりゃそうよ。このまましめたらなんじゃそりゃ、
それもそうだが。しかし書いている作者が小説の主題を見失っているのは確かだ。
「普通の小説なら笑窪の子なんか出さないからね。困ったな」
「これで少しはリアリズムが出たでしょう?」
「馬鹿だねぇ。作者に対して誠実でも、読者がナンノコッチャなら駄目だよ。そんなリアリズムはクソ溜めに捨ててしまうべきだ」
月明かりと一つの電灯以外に光源がない公園には、真っ黒い木の陰が動いて揺れる音だけが響いた。
「さっきリアリズムがどうとか言ったばっかりだけど、この小説、全部嘘だよね」
「そりゃあね。書き出しの夢からして空想幻想、君の存在もそうさ」
「あなたは?」
「私もだけど……」
ふと一陣の風が吹く。この描写も嘘だ。肉感なく、寒いとも暑いとも思わないのだから。
「でも、この小説は本物だし、私はSをなんやかんやで想っているんだ。それは」
煙草の火はいつの間にかフィルターまで到達していた。煙草を床に捨てて踏み潰すはずみに立ち上がる。そして私は少しニヤリとして少女を見た。二つの瞳はキョトンとこちらを跳ね返す。鏡のようだった。
「自己対話ってとこ? また安直だね。まあ、いいけどさ」
「――書かなきゃやってられなかったんだろ? 作者さんよ。じゃあ、納得できるオチをテキトーに考えてくれや。私は普通にワンピースを着た少女との対話をモチーフに一作書くからさ。少しインスピレーションが湧いたんだ。お前にゃ教えてやらないがね」
「私」は腐った
「おい、まてよ」
作者は「私」の足取りを止めようと呼んだ。一つ、聞きたいことがある。
「Sについて、ゴチャゴチャ思いはあるんだろうけどさ。お前は結局、どうなんだ」
「なんだい曖昧だな。どうって何がさ」
「Sが死んだほうが……いや、Sが死んでいることがわかったほうが自分は幸福だと思うか?」
「そんなん、死んだらわかるさ。作中に書いたじゃねえか。そんときになりゃSが好きだったのか、Sを好きな自分が好きなのか、小説が好きなのかハッキリするだろ。もしかしたらモヤモヤしたママかもしれねぇけど。それはそれで一つの答えじゃないか」
「投げやりだなぁ」
「そしたら『私』というキャラクターについて誰か論じてくれるかもしれないじゃないか。ま、お前が有名になってくれたらの話だけどね」
「なるさ、絶対」
「なれよ。で、恥ずかしい思いをしろ。こんな変な小説を書いたことを
そうして「私」は去っていった。
――――――
――翌朝起きた作者は、書いた記憶のないこの原稿を
ぎんなんきんいろストリート 笠井 野里 @good-kura
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます