最終話 生涯を共に

「ルイス様ー!」

「アリエッタちゃんっ!」

「ルイズざまぁぁあああ!」


 フェリックスの背に乗って魔王の城に帰還した私たちは、お城の結界を解除するや否や飛び出して来たみんなに熱烈に出迎えられた。


「もうっ! もうっ! アリエッタちゃんったら、一人で無茶してえ!」

「そうだぞ、某も流石に肝が冷えたぞ」

「そうじゃそうじゃ! これほどワシらに心配をかけたのじゃ、少しは反省せい!」

「ほほっ、まあまあ。結果よければ全てよし、といたしましょう。ルイス様、無事に成人の儀を終えられたこと、お喜び申し上げます。魔導鏡で全て見守っておりましたので状況は我ら一同把握しておりますゆえ」


 ワッと泣きながら抱きついて来たミーシャお姉様のお胸で圧死寸前だった私は、ウェインさんの言葉にぴくりと反応した。


「………………え? 全部?」


 なにか、見られたら困ることが起こったような気が……


「ええ、全部」


 うわあ、ウェインさんがすっごくいい笑顔をしている。


「ズビッ、まあ、音声は途切れ途切れだったけど? アリエッタちゃんがすごい魔法で大軍勢を追い返したところも、古代兵器ゴーレムと戦ってくれたところも、ルイス様が駆けつけたところも、二人がキ――」

「きゃぁぁぁぁっ!」


 そうだ!

 それどころじゃなかったからすっかり忘れてたけど、私……ルイ様とキ、キキキキキ、キーッ⁉︎


 ぶわっと身体が熱くなって狼狽える私に対して、ルイ様は涼しげな顔で答えた。


「今回のことも元はと言えば、あのファルガとかいう男がアリエッタに固執して取り戻そうと躍起になったことが原因だろう。アリエッタに未練を残さぬように、アリエッタが誰のものなのか見せつける必要があったのだ。まあ、余が口付けしたかったというのもあるが……」

「ルイ様ーッ⁉︎」

「きゃーん!」


 みんなの前でなんてこと言うの! この人は!


 アワアワと目を忙しなく泳がせる私を置いて、家臣のみんなは和やかに表情を弛ませている。ああ、そんな生温かい目で見るのはやめてー!


「それにしてもお……ルイス様ったら、ますますいい男になりましたねえ」

「そのお姿……歴代魔王様の面影が強くなられましたな」

「うむ、どこからどう見ても立派な殿方である」

「感慨深いものがございますね」


 歴代の魔王様に仕えるみんなにとって、やっぱりルイ様の覚醒は感慨深いものがあるようだ。懐かしさを噛み締めるような声音でそれぞれが感傷に浸っている。


「さて、ルイス様とアリエッタ殿のおかげで魔界に平穏が戻ったことですし、ルイス様御帰還の宴の用意を再開しましょう」

「さんせー!」

「そうじゃ! 飾り付けの途中じゃったわい」

「料理の仕込みはすでに済んでいる。早速調理に取り掛かるとしよう」


 その場を締めるウェインさんの鶴の一声で、みんなは一斉に持ち場へと戻っていった。


「……忙しない奴らだな」

「そうですね。戻って来たって感じがしますね」


 取り残された私たちは顔を見合わせて、同時に笑みを漏らした。








 間も無く準備が整って、私たちは大広間に集まった。


 私はいつか袖を通した淡い紫色のドレスを身に纏っている。もちろん今回もミーシャお姉様の手によって煌びやかに仕上げてもらっている。


 ルイ様も新しい外套を羽織って、ますます魔王様としての威厳溢れるお姿になった。


 今日は側近のみんなだけでなく、城で働く他の魔物たちも顔を出す大規模な催しになっていて、ルイ様はみんなの前で挨拶をしたり、入れ替わりやってくる魔物たちの対応に追われたりと忙しく過ごされていた。



 そして夜も更けて宴がお開きとなった今、私はルイ様に誘われてルイ様の部屋のベランダにいた。雲ひとつない月明かりの美しい夜だ。


「ルイ様、改めて……成人おめでとうございます」

「ああ、ありがとう」


 世界樹での成人の儀を経て、魔王本来の魔力と歴代の記憶を受け継いだルイ様は、儀式の前よりずっと存在感が増している。


 私は、夜風に揺れる漆黒の髪をぼんやりと見つめた。


 魔力が増したことで急激に髪が伸びたらしいけれど、ずっと短い髪型だったのでなんだか落ち着かない。


「ん? 長い髪はお気に召さないか? アリエッタは短い方が好みだったか?」


 髪をジロジロ見ていたことがバレていたらしく、ルイ様が自分の髪をひと束持ち上げた。


「い、いえ! 長い髪も素敵です! 短くても素敵でしたが……あまりに綺麗なので見惚れてしまいました」

「そうか。短い方が好みなら、この場でバッサリ切ってしまおうと思っていたが、せっかく綺麗だと褒めてもらえたのだからこのままにしておこう」


 いや、私の好み一つでそんな簡単に髪型を変えてもいいの⁉︎


 楽しそうに黒く長い髪を指で遊ばせるルイ様の一挙一動が色っぽい。月明かりを浴びて輪郭が青白く浮かび上がっていて、それはもう神秘的な美しさを秘めている。

 歴代魔王様の記憶を受け継がれたこともあり、どこか表情も大人びたように見える。


「あの……ルイ様は歴代魔王様の記憶を継承されたのですよね? 何か、その……変わったことはありますか? ――特にお気持ちの面で」


 昼間に心を通わせたとはいえ、やはり気になってしまう。


 例えば――昔の恋人とか、奥さん、とか……

 そう考えて、胸がチクリと痛んだ。


 ――あ、やばい。聞かなければよかったかも。


 魔界を統べる魔王様には、隣で支える伴侶となる女性がいたに決まっている。


 今更モヤモヤと嫌な気持ちが湧いてくる。


 もし、私に向けてくれていた気持ちが、幼い頃の気の迷いだと……そう思い直していたら、どうしよう。


「……アリエッタ」

「わっ」


 俯いて足のつま先に視線を落としていたら、ルイ様に力強く抱き寄せられた。腕の力が随分と強くて、ぎゅうぎゅう締め付けられて少し苦しい。


「ぶはっ、ルイ様?」

「……ああ、すまない。アリエッタが妙なことを考えている気がしてな」

「え……ど、どうして分かったのですか?」

「うん? アリエッタのことだからな。分かるさ」


 腕の中で見上げたルイ様は、いつもの優しい笑みを浮かべている。胸がキュウッと締め付けられて、私はルイ様の背に腕を回して思い切り抱きついた。


「ルイ様、好きです。大好きです」

「ああ、ありがとう。嬉しいぞ」

「ルイ様も……私のこと、好き?」


 きっと情けない顔をしているとは分かっていても、ルイ様の顔が見たくて窺うように見上げてしまう。


「ぐ……そんなに可愛いことを聞くな」


 大人の余裕を見せていたルイ様が、今日初めて激しく瞳を揺らした。


「愛しているに決まっているだろう。この気持ちは真なる魔王に覚醒しても変わりはしない。むしろより一層アリエッタを恋しく思ってさえいる」

「えっ!」

「ちなみに言っておくと、余がこれほど心から愛おしいと思うのは後にも先にもアリエッタだけだ。これまではウェインを始めとする家臣らと共に魔界を統治してきた。恋人も伴侶もいなかったし必要すら感じなかった。だが、これからはアリエッタと手を取り、よりよい世界を作りたいと思っている。それこそ、いずれ人間界との在り方も変えていければいいとも考えている」

「ルイ様……嬉しい」


 安堵の気持ちがじんわりと胸を温めていく。


 私はこつりとルイ様の胸に額を押し付けてグリグリ擦り付ける。


 好き。ルイ様が大好き。

 あれほど戸惑っていた自分の気持ちも、しっかりと受け止めてルイ様にも伝えたからか、どんどん溢れて止まらない。


 ふふっと笑みを漏らしてルイ様に身を寄せていると、ルイ様は「ぐっ」と唸って胸を押さえながらガクリと膝をついてしまった。


「わあっ! ルイ様⁉︎ 大丈夫ですか!」

「あ、ああ……大丈夫、だが……大丈夫ではない」

「ええっ⁉︎」


 どういうこと⁉︎ と、慌てて側にしゃがみ込んで肩に手を置こうとして――その手をグイッと引き上げられた。


 あっと思った時にはルイ様に抱き上げられていて、私は息が止まりそうになった。


 すぐ近くで星よりも美しい光を放つ金色の双眸に射抜かれる。


「相変わらず、アリエッタは無意識に余を煽る」

「え⁉︎ そ、そんなことを言われましても……えっと、あっ、その……あ! ルイ様もうこんな時間ですよ! 湯浴みをして寝る支度をしないと……」


 ルイ様の瞳が熱を帯び、吐息までもが熱くってクラクラする。

 激しく瞳を揺らしながら、私はどうにかこの状況から逃げ出そうと足掻いた。


「くっ、アリエッタ、余はもう子供ではないぞ? それに、今日からお世話係は不要だ」


 おかしそうに笑うルイ様の言葉に、私は凍りついた。


「え……で、でも、じゃあ私は……?」


 先程までの幸せな気持ちがサァッと溶けてなくなり、ドクンドクンと心臓が嫌な音を立てている。


 お世話係をクビになったら私はどうやってルイ様のお役に立てばいいというのか。


「ん? 恋人として側で支えてくれるのだろう? いや、生涯を共にするのならば夫婦か……結婚式は大々的にせねばならんな」

「ふっ、夫婦⁉︎ けけけけ、結婚んん⁉︎」


 突然超弩級の爆弾が投下され、私は思わず目をひん剥いた。


 先ほどから感情の起伏が激しすぎて目が回りそう。


「……違うのか? 余はそのつもりでいたのだが」


 う、ルイ様の鋭い金色の目が私を捉えて離さないと言っている。


 確かに生涯そばで過ごして支えてほしいって、プロポーズとも取れるけども……!


 ようやくそのことに思い当たり、頭からシュウシュウと湯気が立ち上る。


「あ、あの……まずは恋人から……」

「むう、そうだな。時間はたっぷりあるのだから、関係の変化も楽しむべきか……では、アリエッタは今日をもってお世話係を辞して余の恋人となる。いいな?」


 ルイ様が「ん?」と首をもたげて問うてくる。ルイ様が小さい頃から、そう尋ねられると拒絶できない。断るつもりもないけれど。


「はい。ルイ様、大好きです。これからは、こ、恋人として……よろしくお願いします」

「ああ。アリエッタが余を大切に育ててくれた分、これからは余がアリエッタを存分に愛し尽くそう」


 熱い頬を押さえながらルイ様の腕の中で答えると、ルイ様は今までで一番の笑顔を見せてくれた。ぐぅぅ……大人になっても相変わらずのキラースマイル!


 ルイ様の笑顔に見惚れていると、不意にルイ様の真剣な顔が近付いてきた。ん? と疑問に思う間も無く、唇に柔らかな熱が広がった。


「……アリエッタ、口付けをしてもいいだろうか?」


 唇が触れ合う距離で、僅かに隙間が生じた際に囁かれたけど――


「~~~っ! な、なんでしてから聞くんですかあっ!」

「すまん、辛抱が効かなかった。では、仕切り直して――」

「ちょっ……んっ」


 啄むように、味わうように、ルイ様に何度も唇を塞がれる。


「ん、もうっ……! 限界ですう……」

「アリエッタ⁉︎」


 何度目か分からないキスの合間に、私は限界を迎えてくたりとルイ様の胸にもたれかかった。


「私はずっとルイ様のお側におりますので……お手柔らかにお願いします」

「……はあ、これは忍耐力が鍛えられそうだ」


 とろける瞳を見合わせて、私たちはふにゃりと微笑み合った。





 魔王討伐を掲げて魔界に乗り込んだあの日の私は知らないだろう。


 監視され、力を搾取され、心が荒みきっていた生活から一転し、楽しくて幸せで、自分らしく生きる日々が待っていることを。

 そして二年の時を経て、信頼する仲間に囲まれ、心を震わせるほど大切な人ができるということを――





 月明かりの下、私たちは再び引き寄せられるように唇を重ねた。






【おしまい】



最後までお付き合いくださりありがとうございます!

さて、このあとは閑話を二本用意しています。

ウェミシャと、ルイ様が世界樹でみた夢のお話です。

明日朝と夕方にそれぞれ投稿いたしますのでどうぞお立ち寄りください!


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