第十話 成人の儀と古代兵器 2

 翌日、いよいよルイ様が成人の儀に向かう日が来た。


「ルイス様、ご馳走を用意して帰りをお待ちしております」

「うふふ、私もとびっきりの衣装を用意しているんだからあ。楽しみにしていてくださいねえ」

「城をピカピカに磨き上げてお待、お待ち、お待ちしており、うおおおおん!」

「やれやれ。カロンは激情家ですね」


 城門にて、並んでルイ様を見送る側近一同。


 相変わらずカロン爺はおんおん泣いているけれど、ウェインさんに優しく宥めてもらっている。


「では、アリエッタ殿。ルイス様を頼みます」

「は、はい! きちんとお見送りして来ます!」


 私はルイ様の隣に立ち、ピシッと背筋を整えた。


 ルイ様たっての希望で世界樹まで同伴することになった私は、緊張しつつも責務を果たすべく気を引き締めている。


「では、留守の間のことはお前たちに任せた。頼りにしている」

「うぉぉん! ルイズざまぁぁぁぁあ!」

「わぁぁぁあ! 久しぶりっ!」


 ルイ様の激励を受けて、ずっとカタカタ震えて我慢していたカロン爺が限界を迎えて弾け飛んだ。

 私たちは慌てて骨を拾い集めてカロン爺を組み立てる。


「やれやれ……我々家臣一同、ルイス様のお戻りをお待ちしております」


 ウェインさんがその場を締めてくれ、ルイ様は深く頷くと私に向き合った。


「行こう、アリエッタ」

「はい」


 ルイ様は後ろに控えていたフェリックスに軽やかに飛び乗ると、いつかのように私を引き上げてくれた。


 世界樹まではフェリックスに乗って行く。城から見える距離にあるものの、実際はかなりの距離があるらしい。


「キューー!」


 フェリックスは首を天に向けて大きく鳴くと、バサバサと翼を動かして大空へ飛び上がった。


「わあ……綺麗」


 下界に広がる青々とした魔界の景色に感嘆の声が漏れてしまう。若葉が芽吹き、清らかな水が流れ、色鮮やかな花々が咲き乱れる。魔界はやっぱりとても美しく荘厳な景色を有している。


「ルイ様、私……魔界が大好きです」

「ああ、余も同じ思いだ」


 魔界が平和に保たれているのは、偉大なる魔王様が統率しているから。改めてルイ様の凄さを実感する。


「あれ? ルイ様、あそこは……?」


 ふと、緑の中に違和感を抱いて指さすと、ルイ様は「ああ」と納得したように頷いた。


「町があるんだ。あそこだけじゃない。海沿いには港町が栄えているし、魔界の至る所に魔物が集う集落がある」

「わあ、いつか行ってみたいなあ……」


 魔王の城周辺は、城下町を作ることなく自然に囲まれている。何百年かに一度ではあるが、魔王が代替わりして幼子になる間、のびのびと健やかに育つためなのだとか。


 それに、魔王様を貶める魔物はいないと信じたいけれど、魔が刺した魔物が幼く力が弱い魔王様を傷つけないとも限らない。それに、魔王が非力な子供に生まれ変わることは魔王の城に仕える者にしか知らされていない機密事項。

 だから、ルイ様が成人を迎えるまでは町への立ち入りは禁止されていた。もちろんルイ様のお世話係の私も、魔界の町に行ったことがない。


「余が成人を迎えたら、魔界中の町や集落を訪れるつもりだ。その時はついてきてくれないか? アリエッタに魔界の全てを案内しよう」

「わあ……! 楽しみにしていますね」


 二年も過ごしているけれど、私はまだ魔界の一部しか知らない。きっと、知れば知るほど魔界が好きになるのだろう。その確信だけは持てる。


 上空から魔界を見渡し、視界に入る範囲のことをルイ様に教えて貰う。


 そうしていると、時間が過ぎるのはあっという間で――私たちは世界樹の麓に降り立った。


「大きい……」


 魔王の城からもその姿が確認できるほど巨大な霊木。

 目の前にすると、圧倒されるほどの存在感だ。空と溶け合うほど高く枝葉を伸ばし、幹の太さは私が何十人連なっても囲いきれないほどである。


 ポワポワと光の泡のようなものが辺りに浮かんでは弾け、キラキラと光のシャワーを降り注いでいる。


 空気が澄み渡っていて、どこか懐かしくて、ギュッと胸に迫るものがある。


「アリエッタ、大丈夫か?」

「え……あれ」


 いつの間にか眦に涙が滲んでいたらしく、ルイ様が指先でそっと拭ってくれた。


「すごいだろう。魔界を作った時から魔界の中心に聳え立っているのだ。歴代の魔王の記憶を宿し、次世代の魔王へと引き継ぐ役割を担う大木。余はこれから七日間、世界樹の中にある亜空間に入り、記憶の奔流に晒される。その全てを受け継いだ時、余は真なる魔王として覚醒する」

「はい……」


 私は、隣に立つルイ様の手をそっと握り締めた。

 ルイ様も力強く握り返してくれる。


「アリエッタ、行ってくる」

「行ってらっしゃいませ。どうか、お気をつけて」

「ああ」


 ルイ様と私は向かい合い、互いに笑みを浮かべた。ルイ様は身を屈めて私の額にそっと唇を触れた。


 そして、ルイ様は静かに世界樹に向かい、その荘厳な姿を仰ぎ見た。ルイ様の手が世界樹の幹に触れた時、世界樹が波打ち真っ白な光の輪が現れた。


 ルイ様は一度私を振り向き、力強く頷いてから光の輪の中に吸い込まれるように消えていった。


「ルイ様……頑張ってください。アリエッタはルイ様のおかえりをお待ちしております」


 私は手を組んで世界樹に祈りを捧げた。

 ルイ様に私の声が届きますように――そう願いを託して。

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