第九話 再び、月夜の湖畔にて 1
空がぐんと高くなり、木々が木の葉を赤く染め、実り多き季節となった。
風が肌寒くなってきたな、とブルリと身を震わせると、ルイ様にグイッと肩を抱き寄せられた。
「わっ、る、ルイ様……?」
「こうすれば寒くないだろう」
戸惑う私を外套で包み込み、ルイ様は低く笑う。
確かに、外套で風は防げるし、触れ合うルイ様の身体が暖かい。それどころか、ルイ様が近過ぎて私の身体も自然と熱を持ち始めて、むしろ暑いぐらいになってきた。
ルイ様はすっかり少年の面影を失くし、大人の男性へと成長した。背もまた一段と伸びて、私より頭二つは大きくなった。
少し髪も伸びて肩にかかる黒髪は、相変わらず艶やかで風に遊ばれてサラサラと靡いている。
まるで絵画のような美しさに思わず見惚れていると、不意にルイ様がこちらへ視線を向けた。
「アリエッタ、今夜城の外に出よう」
「え? お城の外って、どちらへ行かれるのですか?」
突然のお誘いに目を瞬く。
「一年前、アリエッタと共に城を抜け出して遊びに行った湖を覚えているか? ちょうど夜光虫が活発になる時期だろう。もう一度アリエッタと見に行きたいのだが、ダメだろうか?」
「行きます」
囁くように言われては、即答せずにはいられないわけで。うっかり行くと言ってしまってから私は我に返った。
「ま、待ってください! 前回は勝手に抜け出してウェインさんにこっぴどく叱られましたよね!?
そう、あの日のウェインさんは夢に出てくるほど怖かった。数日うなされたのもいい思い出……なんて割り切れないぐらい怖かった。
「大丈夫だ。すでにウェインには了承を得ている。あまり遅くならないように釘を刺されてはいるがな」
なんと、ウェインさんが夜間の外出を許可されるとは意外だった。許可を取得済みということならば、気兼ねなく出かけることができる。
「では、今夜、楽しみにしております」
「ああ」
そっとルイ様に身を寄せると、肩を抱く手に力が篭るのが分かった。
夜は一層冷えるだろうから厚着をしなくては。
ルイ様と二人きりでのお出かけに心がムズムズするけれど、夜が来るのが待ち遠しく思った。
◇◇◇
「さて、行こうか」
「はい!」
日が沈んだころ、私たちはミーシャお姉様が冬に向けて用意してくれた毛皮のコートを羽織って中庭に向かう。
「ところで、歩いて行くのですか? それとも転移魔法で?」
のんびり歩きながら向かうのも楽しそうだけれど、湖でゆっくり過ごすならば転移魔法かしら?
「いや、フェリックスに乗っていく」
「えっ!?」
「キュアッ!」
中庭に出ると、準備万端なフェリックスが翼を大きく伸ばして「任せろ!」と言うように鳴いた。
「頼むぞ、フェリックス」
「キュウ!」
戸惑う私をよそに、ルイ様は軽やかにフェリックスの首元に跨った。
「さあ、アリエッタ」
「は、はい」
そして、ポカンと口を開けて突っ立っていた私に手を差し伸べてくれる。
月光を背にドラゴンに跨るルイ様は恐ろしいほどに美しい。
本当に、王子様みたい……魔王だけど。
私はドキドキ高鳴る胸を押さえながら、ルイ様の手を取った。フワッと身体が浮いて、軽々と私を抱き上げたルイ様は、私を前に乗せると後ろから包み込むようにフェリックスの首に手を添えた。
「行こう」
「キューッ!」
フェリックスは高らかに一鳴きすると、大きな翼をゆっくりと羽ばたかせてふわりと宙に浮いた。
「わぁっ」
フェリックスの飛行訓練で、背に乗ることはあったけれど、ルイ様と二人で乗ったのは初めてだ。フェリックスもすっかり成長して立派なドラゴンになったのだと、その成長を噛み締める。
「フェリックス、よろしくね」
「キュアッ!」
私もそっとフェリックスの首を撫でる。フェリックスは元気に返事をすると星々が瞬く夜空へと飛び上がった。
二人も乗せているのに、フェリックスは安定した飛行を続けている。フェリックスの最高速度はもはや目では追えない速さだけれど、今は私たちに合わせてゆっくり飛行してくれている。優しくて心配りのできる子に育ってくれて誇らしい。
やがて、森の一部がポカリと開けた場所が見えてきた。目的地の湖だろう。
フェリックスは徐々にスピードを落として高度を下げていく。フワッとした浮遊感を最後に、フェリックスは無事に湖の側に着陸した。
「ありがとう、フェリックス。とても上手だったわ」
「キュウッ!」
感謝の気持ちを込めてトントンッと首を叩くと、フェリックスはグルンと首を振り向かせて嬉しそうに目を細めた。
「さあ、アリエッタ」
「はい……え?」
素早い身のこなしでフェリックスから飛び降りたルイ様は、私に向かって両手を広げている。
え? もしかして、飛び降りて来いとおっしゃっている?
私は少し戸惑った後、意を決してフェリックスから飛び降りた。
「きゃあっ!」
「おっと……」
流石に少し怖かったけれど、しっかりとルイ様が抱き止めてくれた。すっかり逞しくなった腕に抱かれて、カアッと顔が熱くなる。
「懐かしいな」
「……はい」
私とルイ様は自然と手を繋いで湖畔へと近づいていく。
マルディラムさんに借りてきた敷物を敷いて、その上に並んで腰を落とす。
湖面にはたくさんの夜光虫たちが美しい光を発して優雅に飛び交っている。
私はチラリと視線をルイ様に向けた。
一年前はまだ幼い子供だったのになあ。あの時は夜光虫の真似をして指先に魔力を集中させてルイ様の似顔絵を描いたっけな。
キラキラした目ではしゃいでいたルイ様はたまらなく可愛かった。
そのことを思い出して、フフッと思わず笑みを漏らしていると、ルイ様が怪訝な顔をして覗き込んできた。
「何を笑っているのだ?」
「あ、いえ。一年前のことを思い出していました」
「そうか……確か一年前はこうして……」
ルイ様はポウッと指先に光を宿してクルクルと空中に向かって指を回した。
光の残像が穏やかな光の円を描いていく。
「あの頃は指先に光を灯す魔力操作が難しかったが、アリエッタのおかげでこうも上達するとはな」
「ルイ様が努力されたからですよ」
笑い合いながら、私も指先に光を灯して光の残像で遊ぶ。
丸、三角、四角、星形。いろいろな形を作って遊んでいると、人差し指をルイ様の人差し指に絡め取られてしまった。
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