第二話 アリエッタのウキウキ魔界ライフ 6
「そういえば、お姉様は恋人いないんですか?」
「ふふっ、あなたもぶっ込んでくるじゃなあい?」
「わ、すみません」
お酒も入っているし、せっかく女二人きりなのだから(マルディラムさんはノーカウントね)、ちょっと恋バナでも……と浮ついた気持ちで思い切って尋ねてみた。ちょっぴりお姉様の笑顔が怖くなったけど、はぁ、とため息一つついて理想を語り始めてくれた。
「私のお眼鏡に叶う殿方なんて、そうそういないのよお? そうねぇ、まずは歳上がいいわね。落ち着いていて、全てを包み込んでくれるような、そんな余裕のある男。責任感が強くて、仕事も真摯に取り組んでいて……ちょっとした色仕掛けじゃ靡かないぐらいがいいのよお。シャキッとした服装が似合って……そうね、黒なんて締まりがあって素敵じゃなあい? 眼鏡なんかかけちゃって、知的な感じもいいと思うわ。あとは……」
ほう、やけに具体的になってきたわね?
もやんもやん、と私の脳内でミーシャお姉様の理想像が形作られていく。
ふむふむ、ん? 誰かに似ている気が……
「あれっ、それってもしかしてウェ」
「きゃあああっ⁉︎」
私の脳裏に浮かんだ人物の名前を発しようとした瞬間、ミーシャお姉様は叫びながらガタガタッと椅子から転げ落ちてしまった。待って、分かりやすすぎない?
「へぇ~、ほ~ん……むふふ」
「な、なによお」
「いいえ、お姉たま、見る目ありますね」
「……当たり前じゃない」
ツーンと唇を尖らせてそっぽを向くミーシャお姉様だけれど、その頬は桃色に染まっている。恋する乙女の顔だ。可愛い。こんなに女性の魅力に溢れて、性格もさっぱりして優しいお姉様に好意を寄せられる人が羨ましい。
「それより、あなたは元いた世界で恋人とかいなかったわけ?」
「えー……私ですか?」
「他に誰がいるのよお」
おっと、矛先がこちらに向いてきた。お姉様の逆襲である。
私の色恋沙汰なんて、思い返さなくても答えられる寂しいものなのに。
「いなかったですねぇ。朝から晩まで神殿に拘束されて、接するのは患者さんと神官ぐらいでしたし。たまに訓練帰りの騎士様の治療もしたっけな……こんな些細な怪我で泣き言言うなよってイライラしながら治療していたので、全く印象に残っていませんね」
「あんた……」
お姉様が何やら言いたげな顔をしている。なんだろう。
コテンとルイ様を真似して首を傾げてみせる。かわいそうなものを見る目で、よしよしと頭を撫でられた。
「私も心優しくて慈愛に満ちた大人の男がタイプなんです。男らしくて色気もあって、それでいて私を蕩けるほど甘やかしてくれたら最高なんですけどねぇ。分かっていますよ、理想と現実ぐらい」
フッと明後日の方向を見て自嘲の笑みを漏らす私を、哀れなものを見るようにお姉様が見ている。視線が痛い。グサグサ刺さっています。
「へぇ、男らしくて色っぽくて、大人びた男性ねぇ……それって……まぁ、いいわ」
ミーシャお姉様は思案げにプルプルの唇に指を当てて、ニヤリと小悪魔な笑みを浮かべた。
「まぁ、私は種族を超えた愛だって成立すると思っているし? 魔界で素敵な出会いがあるかもよお」
「ええっ! 私、魔界に残るって決めた時点で、もう恋愛は諦めていたんですけど……」
「あんたいくつよ」
「十八です」
そう答えると、モニッと頬を摘まれた。白くて長い指が私の頬を撫でている。
「まだまだ若いのにそんなこと言わないの!」
「……お姉たまはおいくつで……いふぁいいふぁい!」
遊ばれていた頬に激痛が走り、私は涙目で離してほしいと嘆願した。お姉様、目が笑っていない。
「レディに年のことなんて聞いたらだぁめ」
「はい、すみません」
私は居住まいを正して、ペコリと頭を下げた。励ますように、目の前にクリケットのおかわりが置かれた。マルディラムさんのご慈悲だ。
「ありがとうございます」とお礼を言い、パクッと再びクリケットを口に放り込んだ私は、ピーンと素敵なことを閃いた。
「あ! 今度お弁当を作って、みんなでピクニックに行きませんか? もちろんルイ様も!」
「あらあ、ピクニック? いいじゃない」
「ほう、興味深い。腕がなるな。やはりサンドイッチが無難か……ホットドッグやパニーニもありか?」
私の提案に、ミーシャお姉様もマルディラムさんも目を輝かせた。マルディラムさんに目はないんだけど。二人は楽しそうにあれやこれやと妙案を挙げてくれる。
飽きないように工夫しているとはいえ、毎日勉強ばかりも疲れてしまう。
それに、いつも魔王たるべく肩に力が入っているルイ様が、少しでも子供らしく過ごせるように、そんな一日になるように頑張って用意しよう。
ルイ様は喜んでくれるかな?
嬉しそうなルイ様の顔を思い浮かべただけでふにゃりと表情がゆるゆるに緩んでしまう。
「あらあ? なぁに、いやらしいことでと考えているの?」
「ちょっと⁉︎ お姉様と一緒にしないで……あ、ごめんなさい。なんでもないです、すみません」
軽やかな笑い声が厨房に響く。ミーシャお姉様は、私がすっかり魔界に馴染んだと言ってくれるが、逆である。素性も知らない私を、こんなにも温かく迎え入れてくれたみんなにこそ、感謝してもしきれない。
そうして、胸にほんのりと感謝と喜びの熱を宿して、魔界での一夜が更けていった。
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