第二話 アリエッタのウキウキ魔界ライフ 4

「ルイス様の、母君……ですか」

「はい。どうしてあんなに小さなルイ様が魔王なのか、気になりまして」


 翌日、ルイ様のお昼寝タイムを見計らい、私はウェインさんを訪ねた。


 コポコポと手際よくコーヒーを淹れてもてなしてくれたので、遠慮なく頂戴する。付け合わせのクッキーはきっとマルディラムさん作なのだろう。口の中でほろほろ崩れて柔らかな甘みが広がる。美味しい。


「そうですね。そろそろあなたにも『魔王』についてお話ししておきましょう」


 クイッとカップを傾けたウェインさんは、一息ついてカップを置くと静かに語り始めた。


「アリエッタ殿は、かつての魔王が魔界を作り出し、魔物をこぞって魔界に移動させたことはご存じで?」

「はい。すごいですよね。種族間の諍いを憂いた当時の魔王が、そっくりそのまま新しい世界を作り出して。魔界は気候も良くて穏やかで、ここに暮らす魔物もとても伸びやかです。私、まだ魔界に来て一ヶ月しか経っていませんが、魔界が大好きです」


 嘘偽りない私の笑顔を見て、ウェインさんは僅かに驚きの色を滲ませたけれど、すぐに表情を和らげた。


「ありがとうございます。我らも魔王様が作り出したこの世界を気に入っておりますし、我らに平穏を与えてくださった魔王様に忠誠を捧げております。さてさて、何からお話しましょうか……まずは魔物の寿命についてでしょうか」

「魔物の寿命……」


 恐らく、人間よりもずっと長い刻を生きるのだろうと予測はつくけれど、一体どれほど長生きするのだろう。


「魔物は種族に関わらず、少なくとも百年は生きます。そこからは種族によりけりですが、私は千年ほど生きております」

「千年⁉︎」


 流石に想像を悠に越えてきた。千年って。


「ええ。私は魔界ができる前から生きる長命種。初代魔王様が魔界をお作りになられた頃のことを知る数少ない魔物なのです」

「初代魔王様?」

「はい。ルイス様は五代目の魔王様でございます」

「五代目!」


 魔王がそれほど代替わりしているとは意外だ。何か事情があるみたいだけれど……


「魔王様は膨大な魔力を有しておられる。それこそ、魔界を作り出して魔物をごっそり転移させるほどの魔力を。この魔界は、魔王様から漏れ出る魔力で維持されています。その分、魔力の消費が著しい。魔王様は自らの衰えを感じられた時、命新たに生まれ変わるのです。そうして、何度も輪廻転生をされているのです。魔界の中心にある世界樹。その根元に赤子となって再び生まれ落ちます。繰り返される魔王としての業をお一人で背負っていらっしゃる。生まれ変わってから成人するまでは、過去の記憶と真なる魔力を封じられておりますが、成人の儀を経て晴れて成人となられた暁には、これまでの全ての記憶を取り戻し、再び真なる魔王として魔界を統べる王となるのです」

「輪廻転生……」


 そうか、ルイ様の父親は先代魔王で、すでに身罷られているのだと思っていたけれど、そもそも親という存在がいないのね。全ての魔物から愛され、敬われ、大事にされているルイ様。けれど、そんなルイ様は親の愛を知らない。


 瞳を伏せた私に、ウェインさんは優しく声をかけてくれる。


「アリエッタ殿。あなたには是非これからもルイス様を見守り、様々なことを教えていただきたい。主従関係にないあなただからこそできることがたくさんあるのです。どうか、ルイス様を慈悲深い歴代一の魔王様に育て上げていただきたい」

「ウェインさん……もちろんです! これからも溢れんばかりの愛情を注ぎます! ルイ様が私の重すぎる愛に溺れてしまっても知りませんからね?」

「ふふ、程々にお願いいたします」


 私は幼い頃に両親を亡くして、早くから孤児院で育てられた。親の愛は知らないけれど、孤児院の院長や年長の子供たちから家族同然に愛されて育ってきた。大きくなってからは私が下の子たちを愛し尽くした。



 だから――



「大船に乗ったつもりでドーンと任せてください!」


 私がフン、と胸を張ると、ウェインさんは嬉しそうに目を細めた。

 目尻に寄る皺がなんとも色っぽい。流石イケおじ。


「ウェインさん、色々教えてくださりありがとうございます。そろそろルイ様を起こす時間なので、失礼します!」

「いえ、とんでもございません。何か困ったことがあれば遠慮なく私を頼ってください」

「えへへ、心強いです」


 私はふにゃりと表情を崩すと、ルイ様の寝所へと向かった。

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