第二話 アリエッタのウキウキ魔界ライフ 3

 ルイ様の側近の魔物たちについても紹介しておきましょう。



 まずは執事のウェインさん。

 悪魔族で、普段は小さくして隠しているけれど、背中に漆黒の翼を有している。

 いつも真っ黒な燕尾服を着こなし、金縁の片眼鏡が特徴的なナイスミドルである。銀髪を後ろに撫で付けて、しゃんと伸ばした背筋も相まり、私は密かにイケおじの称号を与えている。

 お城のことを一元管理していて、分からないことがあれば彼に聞けば大抵の回答は得られる。

 頼りになるイケおじだ。



 続いて、半人半鳥のミーシャお姉様。

 桃色の髪はゆるいウェーブを描いており、下ろせば腰ほどまでの長さはある。

 衣裳部屋を管理するおしゃれ番長で、裁縫の腕も抜群。そしておっぱいがでかい。本当にでかい。溢れ出る色気が凄い。妹分として可愛がってくれるし、世話焼きで優しいお姉様。いい匂い。



 それから、首無し騎士のマルディラムさん。

 紳士で礼儀正しい騎士様。軍部担当かと思いきや、料理長を務めていてお菓子作りが飛び抜けて上手。試作品を作っては味見をさせてくれるので、すっかり胃袋を掴まれてしまっている。生真面目で純情な素敵な男性である。



 あとは骸骨のカロン爺。

 心配性でせっかち。驚いたらすぐに頭を落とすから、こっちまで驚いてしまう。一回出会い頭にぶつかってしまってバラバラに骨が飛び散った時には肝が冷えたわ。カラカラ音を立ててあっという間に元通りになったから安心したけど。どういう仕組みなんだろう?

 カロン爺は城のお掃除隊長でいつもはたきを手にしている。埃ひとつ見逃さず、ゴミを落とそうものなら脳天に拳骨をお見舞いされる。あれが本当に痛いの。



 とまあ、側近の魔物たちはこの四人。

 他にも城仕えの魔物はたくさんいる。最初は人間の私を見てギョッとしていたけれど、話してみればみんな気さくでいい魔物ばかり。私の力を目的に、聖女様と持て囃されていた人間界よりも、アリエッタという一人の人間として見てくれる魔界の方がずっとずっと居心地がいい。

 聖女の仮面を被らなくていい分、素を出せるしね。魔界に残ることができて本当に幸せ。


「ルイ様、ルイ様。本当にありがとうございます」

「ん? どうしたのだ、急にかしこまって」


 私を魔界に置いてくれて、存在を認めてくれたルイ様に感謝してもしきれない。どうしてもその気持ちを伝えたくて、不意に感謝を述べてしまった。座学の時間だったので、本から顔を上げたルイ様が訝しげに首を傾げた。その仕草一つでさえ愛おしくてたまらない。


「私をお側に置いてくださり、感謝しています。魔界のみんなも優しくて、帰る場所のない私に居場所をくれて。アリエッタは毎日幸せなのです」

「そ、そうか……」


 素直な気持ちを述べると、ルイ様は恥ずかしそうにはにかみながら、赤く染まった顔を本で隠してしまう。ああ、もっと見せてほしいのに。


「ルイ様はどうして私を魔界に置いてくださったのですか?」

「うん? それは、アリエッタに裏表がなくて家臣からも認められたからだぞ?」


 実は少し気になっていたことをこの機に尋ねてみる。ルイ様はキョトンと首を傾げた。このあどけない表情、たまらん!


「うぐぅ、きゃわ……ゲフンゲフン。え、ええ、そうは仰いましても私は人間ですから。そんなにすぐに受け入れられるとは思いもよらず……まあ、帰る気はさらさらなかったので長期戦を覚悟しておりましたが」


 ときめきに身を捩りながらも、私なりに考えていたことを打ち明ける。すると、ルイ様はどこか遠くを見つめるように目を細めた。その表情からは子供らしいあどけなさは消え失せ、どこか大人びた哀愁をも感じさせる。


「……なぜだろうな。なぜか、アリエッタからは懐かしさを感じる」

「懐かしさ?」

「ああ。古の記憶、なのだろうか。かつて世界が分たれていなかった頃の……」

「ルイ様……」


 もしかしたら、初代魔王様は人間を嫌っていたわけではないのではないかしら。互いの種族が争い合わずに幸せに生きるためには、別々に生きるしかなかったのでは……ふと、そんなことが頭をよぎった。


「聞いたことがある。初代魔王は、人間と魔物が共存する時代がいつか来る日を信じていたと。ふ、だからだろうか。きっと、余は人間のアリエッタに興味を持ったのだ」


 遠くを見つめていた金色の瞳が、ゆっくりと私を見据える。その瞳には慈愛の色が滲んでおり、ぎゅうっと胸が締め付けられた。



 なんだか無性に、ルイ様を抱き締めたい。



「ルイ様、無礼を承知でお願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」

「ん? なんだ、申してみよ。アリエッタの願いならばなんでも叶えてやる」

「ふふ、ありがとうございます。その……少しでいいので、抱き締めてもよろしいでしょうか?」

「な、ななっ⁉︎」


 私の言葉に、バサリと本を落として狼狽するルイ様。すっかり大人びた表情は引っ込んでしまい、顔が真っ赤に染まっている。


「いけませんか?」


 可愛いルイ様を抱き締めてよしよししたい。すりすりしたい。そんな下心からの申し出だったが、流石に無理だったか。


「よ、良いぞ。ほら」

「ルイ様……っ!」


 無理強いはできないわね、と半ば諦めかけていたその時、ルイ様が視線を逸らしながらおずおずと両手を広げた。

 少し不貞腐れたような、仕方がないなという体を装ってはいるけれど、どこか嬉しそうな気持ちが滲み出ていて、きゅーんと愛おしさで胸が苦しくなる。そろそろ私の心臓は限界を迎えるかもしれない。


「失礼します!」

「う、うむ」


 私は断りを入れると、ルイ様の小さな身体を包み込むように抱き締めた。ギュウッと力を入れると、遠慮がちに私の背中にルイ様の小さなお手てが回される。

 ちっちゃい! 可愛い! 儚い! 尊い~~~~~‼︎


 キュンキュン高鳴る胸を抑えながら、私は腕の中のルイ様に頬擦りする。ルイ様は恥ずかしそうに身動ぎをするが、突き放そうとはしない。


「ふ……誰かに抱き締められるというのは、なかなか良いものだな」

「え?」


 不意に、優しい声音で落とされた言葉に、私は首を傾げる。


「えっと、ルイ様……誰かに抱き締められるのは、初めてですか?」

「うむ。余は魔王だからな。赤子の時は世話のため腕に抱かれることはあったが、こうして抱擁されるのは初めてだ」

「そう、ですか」


 この城のみんなはルイ様が大好きだけれど、でも主君と家臣という超えられない壁がある。お互い大事に思っているのに、なんだかちょっぴり寂しい。


「ルイ様。抱擁はいいものです。心が疲れた時や、誰かに寄りかかりたい時、そんな時はアリエッタを呼んでください。私の貧相な胸でよければいつでも貸しますので。ほら、こうして抱き合っていると、少し幸せな気持ちになりませんか?」

「……ああ、そうだな」

「ふふ、私も抱き締めたい時は遠慮なくお伝えしますね」

「ああ、いいだろう。特別に許可してやろう」


 こんな時でも虚勢を張る可愛い魔王様。

 少しでもその心の拠り所となれるように、少しずつ信頼関係を築いていけたらいいな。


 そう思いながら、頑張り屋さんの魔王様の頭を撫でた。ルイ様はぎゅっと腕の力を僅かに強めた。

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