転じに走れ

春日希為

転じに走れ

 二年前の十月だった。私は人生で初めて引っ越しというものを経験した。きっかけは母方の祖父母の家が取り壊しになるということで、強制退去のためにどこかへ引っ越さねばならなくなっていたからだ。祖父母ももう年で、遠く新しい土地へはいけない。引っ越し費用などは大家が払ってくれるそうだが、その後も家賃は年金でどうにかせねばならない。それに祖母はもう痴呆が入っていて母が面倒を見ているので我が家から通える範囲という厳しい条件が付けられた。引っ越し先の家も全部母が見繕っていてそれらしいものを数件、内見したが見た感じの雰囲気がどうにもしっくりこないので困り果てていた。そういう時に母が自分たちも引っ越そうかと言った。母は数年前に離婚しており、今はその母と自分と弟の三人家族である。今住んでいるマンションは元々六人で暮らしていたものでそれが半分の人間になったのに家賃が八万円と減らないので厳しいということだった。そこで、この近くで今と同じくらいの広さと家賃のマンションを借りて、祖父母と暮らしてみてはどうかという話が持ち上がった。強制退去まで残り時間は少ない。決断は急がれた。私も、カビと湿気に襲われる部屋に嫌気がさしていたし、母が尋ねながらもはいと返事をすることを望んでいる気がしたので、いいんじゃないの?と他人任せの返事をした。結果、引っ越しをすることになった。

 それで、どこに越したかというと住んでいたマンションから徒歩5分圏内である。祖父母が住んでいた家の裏のマンション。それだけの近距離での引っ越しのために業者を呼んで、段ボールを運び出してもらい、家具を詰め、トラックを走らせてもらった。私たちは車で後ろをついていく……なんてことはせず、走って引っ越し先のマンションに行き、自室の床を磨き掃除機を掛けたりなどをしていた。もう二度こんなに風に楽な引っ越しなんてしないだろう。これが引っ越しと呼べるのかは曖昧なラインである。しかし、意味の上辺だけを取れば私は確かに新居へと越したのだ。

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転じに走れ 春日希為 @kii-kasuga7153

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