事情聴取①

 図書室に出たあたしは目の前まできていた教頭に向って、蕨野から容疑者三人の名前を吐き出させた。警察の手間を省くために、その教頭にそいつらが現在学校にいるのか調べるよう告げた。犯人に「他にも容疑者がいる」とはあまり思わせたくなかったので、校内放送は使うなと言い添える。いなかったのなら、家が近い奴は呼んでおけとも伝えておいた。

 教頭はあたしたちが散々事件に巻き込まれてこの手のことに慣れているのを認知しているためか、顔を苦々しくさせながらもこちらの要請に従ってくれた。

 それから駆けつけた制服を着た警察官に事情と経緯を説明して、あたしたち三人は新聞部の隣りにある空き教室に押し込められることとなった。

 続々と警察関係者が集まってきて、静かだった北棟三階があっという間に騒がしくなってくる。暇なので警察に先んじて蕨野から話を聞いていた。

 そして数十分経った頃、空き教室の扉が開かれた。

「はあ……。やっぱり、またお前らかよ」

「まあ、生徒に指示されて容疑者には既に連絡しているって話を聞いた時点で、わかってましたけどね」

「んなこと素早く手配できるの、こいつらくらいだしな。本当にいい加減にしてくれ……」

 もう飽きるほど聞いたうんざりした声音を発しながら入ってきたのは、明月弾次郎だんじろうと十塚大我たいが、の刑事コンビだ。

「いい加減にしてほしいのは、私も同じなんですけどね」

 アスマが声に徒労感を滲ませながら言った。

 あたしはやや感心して口を開く。

「この間の事件と同じで、また随分と早い登場じゃない。この町の所轄署に左遷でもされた?」

「されてねえよ。所轄署の講習に講師として俺ら二人が呼ばれてたんだ。この町で……というかこの学校で起こった事件を解決してきた県警の刑事としてな」

「ちょっと、何よそれ! あたしたちを講師として呼びなさいよ! 解決したのはあたしたちなんだから!」

「呼ばれても困るでしょミノも……」

 アスマが冷ややかにつっこんできた。まあ、困るが。

 明月はごほんと咳払いをした。

「お前たちは今回の事件にも首を突っ込む気満々ってことでいいのか?」

「あのー、だからそのたちっていうのやめてくださいってば」

「もちろんよ。どんな青春破綻者か、見定めてやるわ」

 刑事二人は呆れのため息を吐いたが、いつものやり取りなのでもう何も言ってこなかった。

 一方で話を聞いていた蕨野がやや首を傾げる。

「なに、青春破綻者って……?」

「ミノの造語だよ」

 アスマの説明にも、蕨野は釈然としていない様子だった。

 明月たちは蕨野に名を名乗ると、空いていた席に腰掛ける。

「事情は大体聞いたが、お前らの口からも頼む」

 仕方がないので遺体の発見経緯を説明する。刑事二人は興味深そうに蕨野に目をやった。明月は何度か頷き、

「なるほど。となると蕨野さんは被害者……良雪千紗さんと、図書室を訪れた子たちの動向をある程度把握しているんだね?」

「は、はい……まあ、一応……」

 尤も、こいつ自身も容疑者の一人のため、話を全面的に信用することはできないが。

「ほら、さっきあたしたちに話していたことをこいつらに教えてやりなさい」

「桂川さんたち、もう聞き終わってるんだね……。仕事が早いことで」

 苦笑した十塚がメモを用意しながら言った。

「ですから、私を数に入れないでくださいってば」

 アスマの不満を全員スルーして、蕨野が緊張に声を強張らせながら語り始める。

「放課後になってすぐ……四時少し前に私が図書室へ向かうと、図書委員の一年生──吉村よしむら蜜柑みかんさんがエアコンの電源を点けたところでした。荷物をカウンターに置いてもいなかったので、やってきたばかりだったと思います。司書の先生は今日は休みだったので、他には誰もいませんでした。それから、吉村さんと一緒に落とし物や本が出しっ放しになっていないかを調べました。特に何もありませんでしたけど……。そして二人でカウンターに入ってすぐに良雪さんがやってきて、すぐに奥……亡くなっていた場所に引っ込んでいきました」

「吉村って奴にも裏取り必須ね」

 忠告してやると、明月からお前は黙ってろとばかりに睨まれた。

「良雪さんが奥に引っ込んで五分くらい経ったとき、図書室の常連……三年生の和田わだ一真かずまさんがやってきました。大体、四時くらいのことです」

「和田の持ち物はなんだったのかしら?」

「スクールバッグだったけど……」

 また明月に睨まれたが知ったこっちゃない。あたしは蕨野に続きを促した。

「同じタイミングで吉村さんが親に呼び出されたとかで帰りました。私は私でイヤホンをつけて音楽を聞き始めました。ぼうっとしていたので和田先輩の詳しい動きまでは憶えていませんが、それでもずっと本棚列のどこかにいたのは間違いありません。良雪さんも、少なくとも私に見える範囲には出てきていません。それから十分ほど経って私が勉強の準備をしていたとき、和田先輩が自己啓発本を一冊持ってカウンターまでやってきたので貸し出しました。和田先輩が去ってから、私は本格的に勉強を始めたので、それ以降の良雪さんの動きは全くわかりません」

「言い忘れたけど、もう話に良雪は登場しないから」

 補足説明をしてあげたが、明月はもう諦めたのか何のアクションをしてこなかった。

「その和田君は十分ほど図書室にいたわけか……。続きをお願いできるかい?」

「和田先輩が去って二分後くらい──四時十分過ぎですね──に私と同じ演劇部の友人で、よく図書室にも足を運んでくる二年生の佐川さがわ茉莉花まりかがやってきました。持ち物はスクールバッグです。彼女が入ってきたときお互い手を振り合いましたけど、すぐに本棚の方へ向かっていったので、私も勉強に戻りました」

「本棚は二列になってたけど、佐川さんが向かったのはどっちの列だい?」

「廊下側です。……でも、殆ど見てなかったので、ずっとそこにいたのかはわかりません」

 良雪は裏庭側の本棚列の後ろで死んでいた。仮に蕨野がずっと佐川を見張っており、佐川もずっと廊下側の本棚列にいたならば無実を証明できただろう。二つの列は間が空いているため、跨ぐ際はカウンターから丸見えになるためだ。

「茉莉花は十分ほど立ち読みしていたらしくて、その本を借りて去っていきました」

 佐川も和田と同じく、十分の犯行所要時間があったということである。

「その五分後──四時二十五分くらいです──、最後にやってきたのはたまに図書室を利用してくれる石田いしだモモさんでした。手ぶらだったはずです。石田さんは裏庭側の本棚の列の方へ向かって、七分くらい経ってから料理の雑誌を持ってやってきました。貸し出すとスキップしながら図書室をあとにしました」

「それが大体四時半過ぎ、ということか……。それ以降は何を?」

「石田さんが去って……確か十分後くらいに私がお手洗いにいきました。図書室のトイレは故障中で使えないので、この階にある女子トイレに。五分で戻りました。その間に図書室を訪ねてきた人がいても私にはわかりません」

「そこの有無は新聞部に訊けばわかるはずよ」

 あたしのありがたい言葉は明月にスルーされる。

「蕨野さんは、その後もイヤホンをつけて勉強をしていたのかい?」

「は、はい。五時半頃に桂川さんたちがくるまでずっと……」

「本当に何もしていないのね?」

 不良でもない女子高生相手では刑事も圧はかけづらかろう。あたしは立ち上がり、ぐいっと蕨野に寄って尋ねた。蕨野はあたしから逃れるようにやや身体を反らせる。

「図書室にきてからは一回トイレにいっただけで、カウンターからは動いていない。本当よ」

「お前は引っ込んでろ桂川。……良雪さんとは一年のときクラスメイトだったそうだけど、仲はよかったのかい?」

「いいえ。あまり話したことなかったです。図書室にきたのも、少なくとも私が当番のときは初めてでした」

「なるほど。凶器に使われたと思しき延長コードだけど、あれが戸棚にあることを知っている人に心当たりは?」

「図書委員はみんな知っています。図書委員以外の人でも、鍵もついていませんし、緩くなっていて戸が勝手に開いてしまうので、覗けば簡単に見つけられると思います」

「もしかして蕨野さんって推理小説とか嗜んでる?」

 これまでまともに事情聴取に参加していなかったアスマが唐突に口を開いた。

「え、ええ。それなりに読んでるけれど……それが?」

「いや別に何も。刑事さんたちが欲しそうな情報を先回りして言ってたから訊いてみただけ」

「嬢ちゃんまで質問しなくていいから」

 明月が声に懇願するように言った。あたしと随分対応が違うわね。

 明月は頭を掻くと、

「……わかった。ありがとう。質問は以上だけど、持ち物を調べさせてもらってもいいかな?」

 蕨野は小さく頷き、リュックを机の上に置いた。十塚が中身を改めていく。あたしの琴線に触れるものは特になさそうだ。

 事情聴取の終了に蕨野ら安堵の息を吐いていた。まだ自分の容疑が一ミリも晴れていないのによく安心できたものだ。

「じゃあ、あたしが呼んでおいてやった他の容疑者たちのところへいきましょうか」

 立ち上がって言うと、明月が露骨に顔をしかめた。

「まだついてくるつもりなのかよお前らは……」

「帰っていいなら私は帰りますよ」

「まあほっといて勝手に動かれるよりはましか。十塚、新聞部の子たちから話を訊いて、今の話と擦り合わせてくれ」

「わかりました」

「いくわよアスマ」

「はあ……」

 あたしは軟体動物のようにだらだらしていたアスマを強引に立ち上がらせた。蕨野を空き教室に置いて四人で廊下に出ると、十塚と二手に別れるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る