ラブレターの条件

「そもそもさ、これって本当にラブレターなの?」

 机に両肘を着いて両手に顎を乗せたアスマが気の抜けた声で呟いた。

「どういうことだ、薫子?」

「だって差出人が不明なんて、受け取った側がどうすればいいのかわからないじゃん。書いてあることもキモいし」

「だから内容はいいだろ別に」

「ラブレターの皮を被った怪文書じゃん、こんなの」

 確かに……。良く言えば、自分の思いをただ伝えたかっただけ。悪く言えば、気持ち悪い文書を女子のプライベートスペースに突っ込んだだけだ。ともすれば嫌がらせと受け取ることもできる。その場合においても文面的に夏目は間違われた可能性が高そうだが……。

 あたしはラブレターに視線を落としながら、

「でも逆に言えば差出人不明なところ以外は、見た目も内容もラブレターとしか思えないけれどね。文面から滲み出るキモさは置いておくとして」

「だからさあ」

 柘植は何か言いたげだったが無視する。

 あたしが顎に手を添えて思案していると、柘植が思い出したかのように背後の壁掛け時計を見た。あたしも釣られて見ると、いつの間にやら五時十分を過ぎている。

「差出人不明ってことから、新たに推理は展開できないのかな」

 ぼうっとした顔のままアスマが呟いた。

 、ということかしら。なるほど。少し面白い観点かもしれない。

 しばらく黙り込んで脳を働かせていると、いくつか考えがまとまってきた。あたしは顔を上げ、

「これはラブレターではあると思うけれど、アスマの言う通り恋文としては0点もいいところよ。下駄箱に入れる予定だったなら宛名は不要だけど、差出人の名前がないのはふざけてるとしか思えない。文中には差出人が特定できそうなエピソードも書かれていない。貰った相手だって反応に困ることでしょう」

「内容もキモいもんね」

 アスマの合いの手に頷いておく。

「ええ。……なら逆に、どういう状況ならこの差出人不明のラブレターでも、ラブレターになり得るのかしら?」

「というと?」

 柘植が首を傾げてきた。

「つまり、、ということよ。パターンは全部で四つ……かしらね」

 あたしは指を一本立てる。

「パターンその一、直接手渡す。これは人伝に手渡すことも統合しているわ」

「まあ本人が目の前にいたり、あいつからの手紙ですって口添えがあったら、そりゃあ差出人の名前がなくても大丈夫か」

 アスマが納得したようにわざとらしくうんうんと首肯した。

「ただ下駄箱が経由された以上、この方法は当てはまらないわ」

 あたしは指をさらに一本立てた。

「パターンその二、ラブレターの返信。ラブレターの返事としてラブレターを出したなら、これを受け取った側も差出人が誰か予想はつくでしょう」

 柘植が興味深そうに腕を組んだ。

「なるほど。でもこのラブレターは返事って感じじゃないよな。これも違うってことか……。他は?」

 三本目の指を立てる。

「パターンその三、相手にラブレターを渡すと事前に伝えておく」

 アスマが困惑したように顔をしかめる。

「そんなことする必要ある? 直接渡せばいいじゃん。というか告白してるのと一緒だよね、それ。普通はやらないでしょそんなこと」

「およそ考えにくいパターンではあるわね。無視していいと思う」

 あたしは四本目の指を立てた。

「そしてパターンその四、ラブレターを下駄箱に入れるところを相手に目撃させる」

「ああ、なるほど。釈然としない方法だけど、それなら名前は不要だな……。今回はそれが使われたってことか?」

 柘植の言葉に頷いておく。尤も、相手が見たのは差出人が夏目の下駄箱に入れるところなので、なんのこっちゃという状況だったろうが。

 夏目の話では、ラブレターが入れられたのは昼休みを過ぎてからのはずとのことだった。宛名の人物はその間に下駄箱付近へ近づいていたことになる。蕨野は休み時間に教室から出ていなかったけれど、林藤と鹿野はどうか……。クラスメイトと言えどアスマが二人の休み時間の動向なんて、知ってるはずないわよねぇ。

 頭の中で推論を転がしていると、部室の扉がノックされた。……今日は随分と来客が多いわね。

 扉を睨むと、こちらの返事を待たずして扉が開く。

「おっすー。桂川さん、遊間さん。まだ帰ってなかったんだね」

 現れたのは新聞部部長の纐纈怜奈れいな。その背後に見知らぬ小柄の女子生徒がちょこんと待機している。眠たげな一重瞼が印象的だ。

「何しにきたのよ、纐纈。事件のとき以外はお呼びじゃないわよ」

 面白くなってきたところで現れた闖入者につい機嫌が悪くなった。

 纐纈はやや苦笑し、

「そんな怖い顔しないでよ。校内新聞のネタがないか探し回ってるの。なーんにも見つからないから、仕方なく二人のところにきちゃった。桂川さんたちなら絶対何かしらのネタ握ってると思ってね。記事にできるかはさておいて……」

「あいにくと、校内新聞にできるような微笑ましい事態には直面してないわよ」

 そう言うと纐纈はちらりと柘植に目を向け、

「あー……お取り込み中だった? だとしたらごめんね」

「いえ、大丈夫っす」

 謝る纐纈からどことなく三年生の雰囲気を感じ取ったのか、柘植は背筋を正して答えていた。

 纐纈の奥にいる女子と目が合う。

「そいつは?」

「ん? ああ、この子は新入部員の陣内じんない美織みおりちゃん。弟子として連れ回してるの。良い記事書くよー」

 陣内は軽く頭を下げ、

「どうも。部長からお話は伺っています。お二人はこの学校で起こった殺人事件を全て解決してきたとか。是非それらについてお訊きしたいですね」

「この二人が事件を引き寄せてる可能性もあるんだけどね」

「くだらないこと言ってんじゃないわよ」

 あたしが睨みつけながら言うと、纐纈は素知らぬ顔で目を逸した。

「纐纈さん、このノートの人たちについて何か知ってますか?」

 話の流れをぶった切ってアスマがノートを片手に尋ねる。

「ちょっ、薫子……!」

「大丈夫だよ。纐纈さん学校のことに詳しいし、口も固いからさ」

 のほほんとしたアスマに柘植は顔を苦々しくさせるも、やがて諦めたようにため息を吐いた。

「まあ、いいか」

 柘植は二人に状況を説明した。夏目と付き合っていることは秘密にしてくれと念押ししつつ、名無しのラブレターと応援団メンバーについてを二人に伝えていった。

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