第一章 スケルトン事件
アスマとミノ
「
席の前に立った女子生徒が首を傾げながら笑顔で訊いてきた。
ぼうっとしていた私はその言葉でホームルームが終わったことに気がついた。ちらりと壁掛け時計を見ると、いつもならまだ続いている時間だった。どうやら今日は普段よりも大分早く終わったらしい。
ぱっと見でわかるほど美人さんな彼女は朗らかに続ける。
「結構大勢参加するんだ。進級してクラスが変わってもう半月くらい経つでしょ? ここで一発みんなで親交を深め合いたいなあって。どう?」
どうかと訊かれたら、そもそも君は誰なのかという話になる。いや、顔は流石に憶えているよ? クラスの中心人物的な子だったはず。けど名前は知らない。
おそらく、人間性に欠ける孤高気取りの痛い高校生ならば「名前なんだっけ?」とか言って、この中心人物さんのプライドを傷つけ、私は周りとは一味違いまっせアピールをかますんだろうけども、私は人間性に富んでいるのでそんなことはしない。
「ごめん。部活の用事で大分遅くなるからいけないや。家に門限もあるし」
「あ、そうなんだ。んー、やっぱり土日にした方よかったかなあ」
なんてのはまあ、嘘なんだけども。用事は十分ちょっと終わるものだし、門限なんかも別にないけれど、でも部活の用事があるのは本当なので真っ赤な嘘ではない。虚実を入り混ぜた、中心人物さんを傷つけず、そして会話を手早く終わらせるスマートな嘘なのです。
「遊間さんって何部なの?」
「生物部だよ」
「へぇ。生き物好きなんだ?」
「まあね」
本心を言うのであれば生き物など別に好きではないし興味もない。諸事情によって強制的に生物部に割り振られただけなんだけど、それを少しでも匂わせようものならそこに食いついてきそうなので無難に答えておいた。
私は机のフックにかけていたスクールバッグを手にして立ち上がった。部室へ向かうという意思をこれでもかと強調する。
それを見た中心人物さんは微笑みながら、
「今度は休みの日に誘うからね」
私は軽く微笑むと、彼女に背中を向けて教室をあとにした。
今の言葉には肯定の返事はしなかった。誘われる度に断るのも面倒くさい。休日というこの世界の存在理由とも呼べる貴重な時間を、ぐーたら以外で潰すことなどしたくないよね。
◇◆◇
私の通う岐阜県立
この高校は伝統があるかはわからないけど歴史はそれなりにあり、六十歳の伯父さんもここに通学していたらしいので、結構古いなって思う。公立高校なんて、どこもそんな感じかもしれないけれど。
今しがたどこにでもある田舎の進学校と称したけれど、あえてなかなかないポイントを探すとすれば、二点ほど挙げられる。
まず一点目は部活出席日数の存在だ。他の学校の学生にはピンとこないだろう。大丈夫。この学校の学生もピンときていないから。四ツ高──四ツ川高校の略称です──には生徒は全員部活に所属しなくてはならないという校則がある。それくらいなら他の学校にも同じような規則があると思うけれど、この学校では部活の出席がカウントされているのだ。単位に直結するものではなくて、内申に影響するもの……らしい。あまりにもサボりすぎるとペナルティが課せられて、校内清掃とかさせられる……らしい。
この、らしい、というのは学生も教師も誰一人として部活出席日数というシステムについて詳しく知らないため、そんな噂しか流れてこないのだ。
そんなわけで私も仕方なく毎日生物部に参加している。これがもし、ひっじょーに面倒なことを強いられる活動内容だったならば、私は内申なんて気にしないからペナルティなぞばっちこいとばかりにサボり散らかしていたところだけれど、幸運なことに基本何もしない部活なので楽なものだった。今月の頭から少々事情が変わってやるべきことが生まれてしまったけれど、それでも楽なことに違いはない。不平不満に文句、顧問の
そして四ツ高の普通じゃないポイントその二は、殺人事件が起こったことがあるということなんだけれども、これは去年が特別だっただけな気がするので気にしなくてもいいです。
生物部の部室にて、あくびを噛み殺した。私は夕方を過ぎればいつでもどこでも眠れる。それに加えて、淡水魚が悠々と泳ぐ水槽の数々から静かに聞こえるフィルター装置の水流音、部屋のあちこちに置かれた観葉植物が擬似的な森林浴を体感させてくるので、部室におけるリラクゼーション効果は凄まじい。余計に眠くなってくる。
瞼が重くなり自然と瞑目しかけたところで、わざととしか思えないような勢いで扉が開いた。私の背筋がぴんと伸びる。
やや刺々しい声が飛んできた。
「珍しく早いじゃない。アスマ」
「私も早かったけど、それよりミノが遅かったよ」
現れたのは同級生の生物部員、ミノだ。見た目としては、童顔──と形容するにはちょっと目つきが鋭すぎるかも──で毛先が緩くカールしたボブカットの女の子。背は低くて小柄と呼べるけれど、スタイルは良いと思う。それだけならただの美少女と呼べるけど、常に不機嫌そうなオーラを放っていて、実際常に不機嫌なので近寄る人は少ない。
見た目は小さくて可愛らしいけど決して人に懐かないアライグマのような子だ。……この表現はつい昨日、佐渡原先生がしていたものです。
ミノは部室の心地よい静謐を全て破壊するような空気をまとったまま入ってくると、私の座る席から裏庭側に四歩ほど離れたいつもの定位置に腰掛ける。
「ホームルームが終わったと思ったら、男子の一人が財布を盗まれたとか主張してきたのよ。全員の荷物を確認するってことになって、そのせいでかなり遅くなったわ」
聞いてもいないのに、ミノが不愉快極まりないといった具合で悪態を吐く。その態度で察する。
「それは災難だったね。でも普段の振る舞い的に自業自得でしょ」
「なんでナチュラルにあたしが犯人と疑われたことになってるのよ。むしろあたしにはびびって雑に調べただけで終わったわ。ったく、やるなら徹底的にやりなさいっての」
四ツ高の不真面目な生徒代表のくせに変なところで真面目なんだから……。ちなみに不真面目な教師代表は佐渡原先生である。そこに真っ当の体現者たる私が加わった三人体制で生物部は活動しています。パンパカパーン。
「で、どうなったの?」
「単なるそいつの勘違い。財布は端から盗まれてなかったわ。バッグの底の縫い目の間に挟まってただけ。クラス全員で笑い事にしようとしてたから、びしっと一発説教してからここにきたってわけ。人騒がせを通り越して迷惑よね」
このように、ミノは口と性格がとても悪い。人に好かれてやろうという気概が一切ないのはいいけれど、人に嫌われてやろうと考えているとしか思えないクレイジーな女の子だ。……というか、ミノが説教したせいで遅くなったんじゃない?
私はスクールバッグを手に立ち上がった。
「雑談はここまでにして、そろそろやりますか」
ミノが座って頬杖をついたまま、不思議なものでも見るかのように私を見上げてくる。
「やっぱり仕事に積極的なアスマは気色悪いわね」
「早く帰ることに積極的なの。だって早く終わらせれば早く帰れるんだからさ」
至言だね。自分で言って感動した。
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