妹ゾンビ
はなぶさ樹
前編
身体が重い。武は覚醒し、自身の状態を確認する。
妹の茉莉が抱きついている。またか、と諦めて狸寝入りを決め込む。
茉莉は武の太ももを股で挟み腰を動かす。ハアハアと息が荒い。
自慰行為だ。本人はそれがどういう行為なのか理解はしていない。ただ気持ちが良いという事以外は考えていない。
数分経っただろうか。茉莉は足を強く締め、んっ、んっと悩ましい声を上げてぐったりとする。満足したのを確かめて、武は布団から出る。
顔を洗い、朝食の準備を始める。とはいってもチーズトーストと牛乳だけの簡単なものだ。それらをテーブルに並べると茉莉を起こす。普段は寝起きが良いのだけだけど、今日はどうだろうか?ああ、やっぱりむずがって布団から出ようとしない。“こんな日”はたいてい一日中寝てばかりいる。普段は1日のルーチンに拘るのに不思議なものだ。それでもテーブルにつかせると、もそもそとトーストを口に運ぶ。
「茉莉、『頂きます』は?」
「まつりぃいただきますはぁ」
茉莉がオウム返しに繰り返す。武は軽くため息をつき、手を合わせてから朝食を口にする。
幼い頃から茉莉の面倒を見てきた武は食べるのが早い。茉莉はちょっとした隙に何をしでかすのか分からないのだ。
早々に食べ終えた武は、なんとなく茉莉を眺める。パンくずをまき散らしながら小さな口で一生懸命に食べる。茉莉は食事があまり得意ではないが自分一人でちゃんと食べられるので助かる。牛乳は好きなのでゆっくり大切に飲む。口に白いひげを蓄えて満足はそうにしている。
武が食べ終えた二人分の食器を片している間、茉莉はテレビの情報番組に夢中になっている。そしてキャスターの言葉を小声で繰り返えす。
「はめつのかたな、たいぼうのえーがかです」
破滅の刀。茉莉が好きなアニメで、ふとした拍子に必殺技の口上をモノマネするので恥ずかしい思いをする事があるのだけど、それとは別の理由で武はあまり好きではない。
洗い物を終え、切りの良い場面でテレビを消して洗面所へ向かう。茉莉も後ろからトコトコとついくる。そして横に並んで鏡を見ながら歯磨きをする。プラスティック製のコップに水を汲みうがい。そしてぺ~っと吐き出す。これらの動作を兄とシンクロして同時にするのが茉莉のお気に入りの遊びだ。
茉莉の顔をノンアルコールのウェットティッシュでふき、化粧水と乳液を塗ってやる。茉莉の顔を洗うのは至難の業で、結果的にこの方法に落ち着いた。
着替えを用意したらどちらが先に着替え終わるか競争をする。武は茉莉のスピードを見ながら同時に着替え終わるように調整をする。そうすると着替えが早くなる。茉莉は負けず嫌いなところがあって、競争にすると俄然やる気をだしてくれる。
そうこうしている内に迎えのバスの時間が近づいている。
茉莉の髪を二つ結びにして、その顔を確認する。
「よしっ!今日も可愛い」
「よしっ、きょーもかわいいですか?」
オウム返しではなく質問が返ってきて嬉しくなってしまう。
「茉莉はいつも可愛いよ」
「まつりはいつもぉかわいいよぉ」
武は改めて茉莉を見る。本当に整った顔立ちをしている。
本来ならば喜ばしいことなのだろう。しかし茉莉にとっては決して喜んではいられない。整った容姿は時として要らぬ心配事の種となる事もあるのだ。
敢えて身だしなみを崩すという防衛策もあるのかもしれないが、武はそれをしたくはない。折角の美人を台無しにしてたまるものか。
時間が来たので家をでる。その前にリュックの中のポーチを確かめる。替えの下着と生理用ナプキンはいつも持たせているが、念のための確認をする。今朝の様子からそろそろだろうと思う。
茉莉を支援学校のバスに乗せて見送ると、武は自身は学校へと歩き出した。
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