魔人殺しの少年

乙彼秋刀魚

第1話



 「勇者様は悪い悪い魔人を倒して、世界を平和にしたのでした……。おしまい。さっ、そろそろ寝よっか」



 母は絵本をぱたっとしめてそう囁いた。

 このお話は僕のお気に入りの話だった。何度も読み返したがいつも興奮が抑えられ無くなる。なので今もなかなか眠れなそうにないのだ。



 「え〜やだ、もう少しだけ」


 

 僕がそう言うと、いつものように母は優しく微笑んで蝋燭の火を消した。

 すると部屋に灯りが消えて何も見えないことが怖くなってくる。



 「早く寝ないと、怖い怖い魔人に食べられちゃうぞ〜!」


 

 真っ暗な部屋でその言葉が響き、それは僕を震え上がらせた。僕は隠れるように毛布に包まる。



 「……ホントに僕、魔人に食べられちゃうの?」



 毛布の中からこもった声が聞こえてくる。

 母はそんな僕を優しく毛布越しから撫でた。



 「大丈夫だよ、そんなことがあったらきっと勇者様が助けてくれるはずだよ」


 「……ホント?」


 「本当だよ」



 母からの温もりが伝わってくる。そして僕は安心して眠りについた。

 母はしばらく僕の頭を撫でて、子守唄を歌っていた。

 そして突然物音が聞こえてきて、気になってそこへ行くことにした。



 「何かあったのかしら?」



 この時間に何か起こることはあまりないので少し恐怖を感じていたが、この平和な辺境の村でそんな恐ろしいことが起こるわけないと思った。

 ランプに火を灯し、玄関へ向かう。


 するとそこには机に横たわり、血まみれになった、夫の姿があった。

 母は顔を青ざめ夫に駆け寄る。



 「一体何が!」



 と声を上げた途端、母の胸に刃が通った。

 母の胸から滝のように血が流れ出て、刃が抜ける。

 母は父の足に倒れ落ち、目から光を失った。


 

 (お母さん! お父さん)



 よく見えはしなかったが、父の死体と母の死に目を一部始終ドアの隙間から見届けて、涙をこぼしながらなんとか口を抑える。

 目の前で起こったなんとも残酷な出来事に僕は過呼吸を起こしてしまう。

 

 そして男はゆっくりここへ向かってくる。

 ベッドの中へ駆け込み、毛布に包まり隠れる。


 ドアが不気味な音を立てて、真っ暗な部屋が開かれる。

 燃える松明の音が聞こえてきて、すぐ近くにそいつがいることが分かった。

 僕はどんどん鼓動を早め、身体が痙攣を起こす。

 そのせいか、すぐに隠れている場所が特定されてしまう。

 

 強い力で僕を覆う毛布が剥がされ、体が露わになる。

 そこで僕が目の当たりにしたもの、それは剣を持った魔人だった。

 恐ろしい風貌に、発行する紅い瞳。強さという覇気を感じる。

 僕は腰を抜かし、一歩も動くことができない。



 「……ああ、……食べないで」



 僕がそう呟くと、魔人は僕に向けて手を……。


 しかし魔人の動きがぴたりと止まり、僕は紫色の血飛沫を身体中に浴びた。

 そして魔人は床へ倒れた。

 その背後には剣士と思われる男性が赤く染まった剣を二本ぶら下げていた。



 「君、大丈夫かい?」


 「あ……」



 何を言おうともとにかく声が出なかった。今だに恐怖を感じている。

 

 そんななか、目の前の男は暗闇から差し込む一本の光に見えた。





 “……それが僕の覚えている家族との最後の思い出だった”


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