間章

交差する思い

「まさか、お前から連絡が来るとは思わなかったよ。まあ尾行していたのは知っていたが」


 透鴇が地下のトレーニングルームに、神蔵を案内する。柔道場よりかは少し狭い広さだが、一般家庭の地下室としてはかなり広い。


「で、頼みというのは何だ?AWへの共同調査なら単なるポーズで言っているのではない。本気でこちらも協力し、共に事件を解決したい」


「――哲也。お前が姫宮のことを大事に想っているのは昔から知っている」


「――何が言いたい?」


 そして神蔵は、透鴇の目を見て言った。


「姫宮は…… お前が幸せにしろ。そしてCODE:AWには今後関わるな。お前も、姫宮も」


 一瞬の沈黙が走る。


「……俺の立場が分かった上で言っているのか?AWについては米国からの要請で動いている。俺一人の力で止められるものではない。お前ならそれくらい分かるはずだが?」


「――別の道を行けと言っている。お前なら政界入りも可能なはずだ。お前も姫宮も、深淵を覗く必要はない。深淵を覗くものは深淵も同じく覗いている。今ならまだ引き返せる」


 神蔵がそう言うと、透鴇が壁に掛かった木刀を手に取る。


「――甘く見るな神蔵。お前が空白の1年の間に何があったかは知らん。だがな。俺も姫宮もお前が思うほど弱くはない」


 神蔵も壁に掛かった木刀を手に取った。


「……哲也。お前が俺に敵うと思っているのか? その構えはなかなか面白いが、お前に現場が務まるとも思えん」


 木刀を構え、対峙する二人。透鴇は木刀を右斜め後方に構える。神蔵は剣道のように一点を見据え真正面に構えている。


「麻美が…… どれだけお前を想っているのか、考えたことはあるのか――? 突然姿を消し、連絡を絶ったことは何か事情があるんだろうと察する。だがな、お前はそれでいいのか? 麻美はお前の背中を追って、NYPDからFBIまで這いつくばりながら懸命に追いかけた。その麻美の気持ちを――お前は本当に考えているのか!」


 声を荒げる透鴇。


「――俺にとっては、足手まといなだけだ。姫宮も……お前も」


 神蔵の冷たい視線が透鴇に向けられる。


「そうか…… 見損なったぞ神蔵。お前は只、怖いだけだ。大切な何かを失う事、それが怖い只の臆病者だ!」


 次の瞬間、透鴇が神蔵に襲いかかる。右下から左上に斬りかかる太刀筋。神蔵はそれを見事に木刀で受け流す。そして縦に木刀を振りかざし反撃する。


 激しく打ち合う音。互いの木刀が交差し、鍔迫り合いが起こる。


「これでようやく踏ん切りが付いたよ! 心配せずとも麻美は俺がもらう! お前のその余裕っぷりが前から気に食わなかった! 心底お前には失望したよ!」


 激しく木刀を強く押し返す透鴇。間合いの離れた一瞬で身を屈め、一瞬回ったかと思うと遠心力を利用して木刀を横に振り抜く。


 だが神蔵はその動きがまるで分かっていたかのように、それをジャンプで回避し飛び込んできた。


 そして飛び込んだ神蔵が、透鴇の肩に強烈な跳び蹴りを喰らわせた。


 強い衝撃に、透鴇が苦痛の声を上げ体が吹き飛ぶ。握っていた木刀が、トレーニングルームの隅に転がり落ちる。


「……回転が遅い。生半可な付け焼き刃で倒せるほど、俺は弱くはない」


 倒れた透鴇に、手を差し伸べる神蔵。だが、透鴇はその手を払いのける。


「……眠っている麻美は、俺がホテルへ送る」


 俯き苦痛を抑えながら、静かに透鴇はそう言った。


「哲也…… 俺はもう昔の俺じゃない。もうお前達とは、一緒にいることは出来ない…… 最初で最後の忠告だ」


そして神蔵は、立ち去り際に言った。


「これ以上首を突っ込むのなら、――命の保証は無いと思え」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る