グラウンドベース

同日 13時10分

UCIA日本支部捜査基地 グラウンドベース 食堂


「おかえりなさいー」


 私と神蔵が食堂に入ると、テーブルにクリスと葉山がいた。


「待ちくたびれたよ。クリスが姫宮さんと一緒にご飯食べるって駄々をこねてね。せっかくだから僕も我慢して二人の帰りを待っていたんだ」


 にこやかにそういう葉山。初日は色々と気を遣ったが、この二人のフランクさには余計な気遣いなど逆に必要ないような気がした。それだけ接していて心安まるものがある。


「クリスさん、待っててくれて有り難う。これからはクリスって呼ぶね」


「うんうん。わたしは麻美って呼んでいいかなー?」


 私はうなずくと、クリスがにっこりと微笑んだ。


「僕のことはトシで良いよ。僕も麻美って呼んでいいかな?」


 その時だった。一瞬の沈黙が走る。誰かの睨むような視線が、誰かに向かって飛んでいる気がした。


「……んん、まあちょっと馴れ馴れしかったかな……」


 笑いながらごまかす葉山。


「今日のメニューは…… 焼き肉定食か。」


「スティーブンさん特製の黒毛和牛の焼き肉定食ー。毎日美味しいランチ食べられてホント幸せー」


 本日のメニュー表に目をやり、呟く神蔵。そして上機嫌なクリス。黒毛和牛の焼き肉定食など普通の組織ではなかなかお目にかかれないだろう。FBI時代は正直なところ職務に忙しく、まともなランチを食べた記憶があまりない。というかあまり喉を通らなかった。デスクと現場を常に往復し、極度の緊張状態での職務が多かったように思う。


「おおー。今日も美味しそうー。スティーブンさんいつもありがとー」


 スティーブンが出来たての焼き肉定食を運んできた。


「最高品質の黒毛和牛さ。たっぷり食べてくれ」


 にこやかに笑うスティーブン。たっぷりの肉がジューシーに焼き上がっている。明らかに2人前はありそうな量だ。


 皆お腹が空いていたのか、ガツガツと食べる。とくにクリスの食べっぷりが予想以上にすごい。あっという間に肉を平らげる。


「スティーブンさんおかわりー」


 その食べっぷりに唖然とする私。神蔵と葉山はそんなクリスに既に慣れているのか、黙々と肉と白米、たまに野菜を口に運んでいる。慌てて追加の肉を焼いた皿をスティーブンが運んでくる。


「みんな、野菜もしっかり食べてくれよ」


 クリスのおかわりの肉と、サラダボウルも追加で持ってきたスティーブン。あっという間にテーブルの上は肉と野菜でいっぱいになった。


 しばらくの間、黙々と食事をした私達。ある程度お腹が満たされた後に、ようやく会話が始まった。


「それで、アル女の女学生からは何か聞けたかい?」


 アル女というのはおそらくアルサード女学院、もしくはその高等学部の略……だと思う。葉山が言うと、どういう訳かチャラく聞こえるのは何故だろうか。


「北條さんからは色々と興味深い話が聞けました。まだ高校3年生なのに、シスターのような雰囲気でとっても素敵な子でしたよ。葉山さんが一目惚れするくらいに」


 笑いながら言った。北條さんから感じられた温かくも神聖なシスターのような雰囲気。今思い出すだけでも心が洗われるような気がする。


「ただ、踏み込んだ話になってきたところで強引に会話を打ち切られてな……」


 この件に関して神蔵はよほど気に食わなかったようだ。声のトーンで分かる。


 その時だった。


「あ、室長。今日のお昼は焼き肉定食ですよー」


 ハーディ室長が食堂に入ってきた。が、様子がおかしい。クリスの方を氷のような目線でまっすぐ見つめたまま歩いてくる。


「クリス、またやったわね……」


「へ……?」


 テーブルに置いてあったテレビのリモコンをハーディが手に取ると、米国のニュースチャンネルが大型モニターに表示された。


『――繰り返しお伝えします。大手ネットワークゲーム開発会社であるファイアーストームが何者かに大規模なハッキングを受け、サービス中のゲーム”ディアボロスⅣ”のサーバーデータがここ数日の間に大幅に書き換えられた模様です。尚、この大規模なデータ改ざんに対してユーザーからは歓喜の声が巻き起こっており、年々大きく減少していたアクティブユーザー数がここ数日で劇的に回復の兆しを見せており――』


 クリスはウキウキとした表情で肉を平らげている。


『この一連のデータ改ざんに対して”ディアボロスⅣ”の開発チームは、「私達は常にユーザーに寄り添った開発を心がけていたが、”ホワイトエンジェル”から裁きの光を受けた。彼女に感謝し、これを土台に最高のゲームを作り続ける」とインタビューで力強く宣言しており、ファイアーストームの株価は30%以上も値上がりとなっています。この”ホワイトエンジェル”とは――』


「クリス!あんたは何回ゲーム会社ハッキングすれば気が済むの!不正アクセスとデータ改ざんは犯罪なの!VARISは貴女のオモチャじゃ無いの!何度私にこの事を言わせれば気が済むのよ貴女は!」


 室長が、激怒している。


「――まぁまぁ。そんなに怒るとシワが増えますよー。わたしは人助けをしたんです。大金と長い時間をかけて開発した歴史あるゲームが、頭の悪いスタッフ達のおかげでサービス終了間際まで追い込まれていたんです。みんなが抱えている不満を全部解決した上でスリリングなゲーム体験が出来るよう私が再調整しおまけでコンテンツも追加した。その結果、アクティブユーザーは劇的に回復しファイアーストームの株価も大きく値上がりした。みんなハッピーじゃないですかー」


 クリスがにこやかに笑いながら語る。口元に焼き肉ソースが付いていたので私が拭ってあげた。


 確かに、みんながハッピーだ。何より開発スタッフが力強く感謝を述べている。しかもテレビ中継で。


「……バレてないのが幸いだけど、もう二度とゲーム会社へのハッキングは辞めなさい…… 各方面から嫌みったらしく突かれるのは気が滅入るのよ……」


 ハーディ室長が、頭を抱えながら出て行った…… こう見るとなんだか可哀想に思えてくる。軍関係者からの探りやイヤミに頭を下げて日々対応しているのだろう。


「お腹いっぱ-い。午後も楽しくお仕事しよーっと」


 一人ウキウキ上機嫌で食堂を出て行くクリス。私達三人は、そんな様子をただ眺めるしか無かったのだった……



同日 14時20分

UCIA日本支部捜査基地 グラウンドベース 装備保管庫


 食堂での事件の後、私と神蔵は葉山に呼ばれて装備保管庫にやってきていた。初めて入る部屋だが、中には壁一面に様々な銃器やボディアーマー等が並んでいる。なにやら見たことのないような機器もあるが……


「神蔵君と姫宮さんにプレゼントだよ。DARPA(国防高等研究計画局)からのね」


「やっと来たか……」


 神蔵がハンドガンケースと思われるものを受け取る。私も同じようなケースを受け取った。


「開けてみてくれ」


 葉山に言われ、私と神蔵はそのケースを開ける。


「神蔵君のはデザートイーグル50AEを特殊強装弾と新開発のサークルドットサイトが装備できるようにカスタムしてある。フレーム剛性を引き上げるため新素材を使用。通常の50AE弾よりも弾頭とガンパウダーを特殊なものに変えることで20%性能が向上している。付属のサークルドットサイトは照準を向けるだけでターゲットならサークルが赤色に点灯し手ぶれが無くなるほどサークルがドットまで縮小していく。どういう仕組みでターゲットを判断しているかは分からないがね。ナイトモードに切り替えることで熱感知も出来るようになっている。生体が発する熱ならターゲットとしてサークルがオレンジに点灯するようになっているよ」


 神蔵が壁に向かってサイティングしながら感触を確かめている。今にも射撃訓練場に行きたそうだ。


「姫宮さんのはM17の特別カスタムモデルだ。フレームはポリマープラスチックから強化アルミニウムに変更。こちらも特殊強装弾とサークルドットサイトが使用できるよう改造が施されている。通常のM17よりも特殊強装弾使用時には20%程威力が増すが、通常弾頭ならより発射時の反動が抑えられるようになっている。神蔵君のデザートイーグルもそうだが、状況で使い分けてもらいたい」


「ありがとう。葉山さん」


 トシと呼びたい気持ちもあるが、それは抑えておこう。隣の人が銃を暴発させるかもしれない。そして私は一つ気になったことを聞いてみた。


「ちょっと質問なんですけど…… クリスさん、民間企業へのハッキングはお咎め無しなんですか? 確かにみんながハッピーですけど、法を破っていることには違いないですし……」


 別にクリスが悪いと言いたいわけじゃ無いし、彼女に何かしらの罰則を与えてほしい訳でもない。ただそれがこの組織で咎められない理由を知りたい。そう思ったのだ。


「そっか…… 姫宮さんは元FBI、国家保安部だったね。だったら現アメリカ海軍大将の名前ぐらいは知ってるんじゃ無いかな?」


「アメリカ海軍大将? たしか、ロイド=ハリス海軍大将…… ん、ハリス?」


 その名前を思い出した途端、全てを理解した。


「そう。クリスティアナ=ハリス。彼女は現アメリカ海軍大将、ロイド=ハリスの可愛い可愛い一人娘なんだ。そういった意味では将来は約束されていたもののね…… クリスが何かやらかしてもほぼお咎め無しなのはそういった理由さ。逆に彼女の機嫌を損ねるようなことがあれば僕達が危ないといっても過言では無いよ」


 笑いながらそう答える葉山。


「ちなみに僕が装備の手配に手間取ろうなら、室長からは容赦なく蹴りか平手が飛んでくる。そう、僕だけだ。まあSEALsからの肉体的コミュニケーションってやつかな」


 にっこり笑いながら言葉を続ける葉山。むしろ喜びながら話しているところを見ると、この人はマゾなのかしれない。リアルに場面を想像すると別の意味で怖かった。


「――僕も室長も元は海軍の所属で現大将には恩義もある。だからまぁ、室長は何があってもクリスに対しては手を挙げないし、多方面からイヤミを言われても必死で庇ってるんだよ。只でさえ、クリスに関しては色々あったにも関わらずね……」


 先ほどから葉山のクリスに対する言動が気になる。今までの情報から考えると、宇宙軍時代に何かあったに違いない。


「姫宮、そろそろ射撃訓練だ。いくぞ」


 神蔵が葉山との会話を遮るようにそう言うと、静かに保管庫を出て行った。


「ああ、そうだ。姫宮さんにはもう一つ渡しておくものがあった」


 葉山がそう言うと、私に車のキーと思われる物を差し出す。


「SUBARE エンプレスの最新キーだ。生体認証と特殊コマンドが組み込んである。これは君が持ってることでしか作動しない。今持ってるキーはここで預かるから、これからはこれを使ってくれ」


「ありがとう。――ちなみに特殊コマンドっていうのは?」


「ああ、アレには実は色々と組み込んでいてね。瞬間的に爆発的な加速を可能とするNOS(ナイトラス・オキサイド・システム)や銃撃戦専用のシューティングドライブモード、他車のオートパイロットやドライブアシストを妨害し強制的に車体を停止させるADAS(先進運転支援システム)ジャマー等色々さ。一部はまだ試験実装レベルだけどね。もうじきVARISと連携した電子捜査システムも組み込む予定になっているよ」


 なんだか物騒なシステムが目白押しだった気がするが、深く考えないことにした。そして私は神蔵の後を追い、射撃訓練場へ向かうのだった。



同日 15時15分

UCIA日本支部捜査基地 グラウンドベース 射撃訓練場


 けたましい銃声が鳴り響いている。神蔵が強装弾仕様のデザートイーグルを放つ音だ。只でさえ尋常じゃ無い威力のデザートイーグル50AEを更にパワーアップさせ撃つ理由が正直よく分からない。ただ神蔵が、そしてこのUCIAという組織がここまで軍備を整え訓練が出来る環境を整えていると言うことは、私達がいずれ対峙することになるであろう相手が、恐ろしい人知を超えた存在だということを裏付ける。


 イヤーマフを装備し、強装弾が装填されているマガジンをセットする。ゆっくりと狙いを定めると、サークルドットサイトが点灯し、円から次第に点に収束していく。そして赤くドットが点滅した瞬間にトリガーを引いた。


 見事に標的にクリティカルヒットする。このサイティングシステムは素晴らしい。狙いから銃身をブレないようにピッタリと合わせれば、瞬く間にサークルがドットへと収束し射撃タイミングとブレが無い事を教えてくれる。少しでもブレがあればドットへと収束しないのだ。あとはリコイルを抑えるタイミングとコツを確実にものにするだけだ。


 次々と限界まで速くトリガーを引く。連続するクリティカルヒットの感覚を体に染みこませる。強装弾だからか若干反動が大きい部分もあるが、この程度であればコツを掴めば十分にコントロール出来るはずだ。


「姫宮、銃を貸せ」


 いつの間にかに背後にいた神蔵。集中していたのか気づかなかった。


「どうしたの?」


 私はいったんイヤーマフを外す。神蔵に銃を渡すと、神蔵は慣れた手つきで工具を使い、装着されているサークルドットサイトを外した。


「光学照準器に頼るな。これで練習しろ」


 サークルドットサイトが外されたM17を手渡される。


「ちょっと。せっかくの装備なのに…… 付けるなって言うの?」


「あくまで射撃訓練の際は付けるなということだ。サークルドットサイトの外し方、付け方も手早く行えるよう練習しておけ。光学照準器が使えなくなった際、すぐに外せるようにな」


「分かったわよ。これで練習すれば良いんでしょ」


 神蔵の無愛想な言い方に少し機嫌を損ねながらも、私はターゲットに狙いを付ける。その時、神蔵が以前のように私に体を寄せ、銃を持つ手に左手を被せてくる。


「せっかくだけど、手のホールド力が足りてないのは分かってる。一人でも大丈夫よ」


「――姫宮。クリスの過去に何があったのか、特別に教えてやる」


(!?)


 神蔵は私の耳元でそう囁いた。突然だった。思わず息をのむ。


「クリスはアメリカ宇宙軍第六部隊、サイバー戦を担当する電子戦部隊にいた。表向きには対テロ、対国家間の重要事項に関しての諜報活動や、軍事的サイバー攻撃から国家を守る為に存在する部隊だ」


「――ええ、それは知ってる」


 私はトリガーを引き、ターゲットに弾丸が命中する。何処に監視カメラが存在するか分からない。恐らく神蔵なりに周囲を警戒しているのだろう。つまりは会話の内容が公にしてはまずいレベルの話なのだ。わたしは一定間隔で射撃を続けながら、耳元で囁く神蔵の声に集中する。


「――ここからが本題だが、クリスは学生時代からホワイトハッカーとして政府の仕事も密かに請け負っていた。宇宙軍はクリスのその高い能力を喉から手が出るほど欲しがっていた。そして宇宙軍ではDARPAが極秘で開発したと言われている超高度自律型独立ネットワークAIシステムVARISヴァリスをクリスに運用させ、超法規的にサイバー攻撃を各国に仕掛け、あらゆる情報戦で絶対的優位に立とうとした。機密データの奪取だけなら良かったが、時にはテロ組織の幹部が家族と一緒に乗ったプライベートジェットに、偽のGPS信号を衛星から発信し墜落させ全員を抹消したり、施設の制御を奪ってテロ組織の仲間を監禁、餓死に追い込んで脅迫したりとその命令は完全にモラルを無視したものが多かったと聞く」


「…………」


 あのクリスが…… 正直信じられないが、そんな作戦を発案した人物を殴りたくなる。クリスはまだ学生から社会人になったばかりの女の子なのに…… いくらテロ組織の撲滅とはいえ、そんな非人道的な命令を与えるなんて…… 心の奥底から怒りが湧き上がる。


「――そして、あるとき事件は起こった。命令に耐えかねたクリスが、VARISのコントロールルームを占拠し立て籠もったんだ。『VARISを人殺しの道具に使わないで』と叫んでな」


 トリガーを何度も引く。マガジンが空になると、私は素早くマガジンをリロードする。クリスの悲痛な思いを考えると、トリガーを引く指が速くなる。


「この事件は宇宙軍、軍全体での超極秘事項だ。クリスのいたサイバー戦部隊は一時解体。人員を総入れ替えして新たに部隊を再編している。結局クリスはおよそ72時間後に、コントロールルームで気を失っているところを突入した救助チームに助けられ、一命を取り留める事が出来た」


「そんなことが……」


 強装弾のマガジンを全て撃ち尽くした私は、そっと銃を下ろす。あの明るいクリスにそんな痛々しく辛い過去があったことに、自分も目が潤んでしまいそうになる。


「――姫宮。クリスはサイバー戦で右に出る者はいないが、まだその心は純真で汚れていない。幸いお前のことをクリスは慕っている。まだ――その心の傷は深いはずだ。しっかりと支えてやってほしい。この話をしたのも、その為だ」


 一瞬だが、昔の神蔵のような優しい声…… それが聞こえたような気がした。


「……優しいんだね。大丈夫、クリスは私が守るから。もちろん――神蔵もね」


「――俺の心配をする余裕があるなら、訓練に励め」


 神蔵はいつものように無愛想にそう言うと、自分の射撃レーンに戻り銃声を響かせる。


 安心した。そして嬉しかった。昔のような無愛想でも優しさがあった神蔵を、再び感じる事が出来たことに。それと同時に私は的に思ったのだ。


 この話には、まだ語られていない事があるのでは無いか?と。


 それに軍部の超極秘事項を、神蔵が私に教えたことも微妙に引っかかる……

もしもこの先にある重要なことを悟られたくない為に、あえてこの情報を私に教え、安心させるのが目的だったとしたら……?

 


同日 16時25分

UCIA日本支部捜査基地 グラウンドベース オペレーションルーム


 私と神蔵は午前中の調査内容を報告した。聖アルサード女学院高等学部3年生、被害者が所属していたチェス部の部長である北條鮎香が夢見の魔女、通称ユメミサマについてある程度詳細を知っていた事、そしてアルサード教会内部にも、公表はされていないが被害者が出ている可能性があること。そして教会がその会話をモニターしていた可能性が大いにあること。不自然に聞き込み調査が打ち切られたこともだ。


「なるほどね。アルサード教会側からしたら、北條にそれ以上喋られるのは嫌だったんでしょうね。だから無理矢理に招集をかけて話を打ち切った」


 室長がコーヒーを飲みながら、画面に映された私達の調査レポートに目を通す。


「しかしこの北條鮎香さん、一体何しに教会へ行ってるんだい?まだ高等学部の子なんだろう?」


と葉山。


「それに関しては、結構闇が深そうな情報が出てきましたよー」


 クリスが端末を操作すると、アルサード女学院周辺と思われる監視カメラの画像がいくつか出てきた。見慣れない場所もある。いくつもの写真に、白のセダンが共通して映っているのが分かる。


「後席に誰が乗っているのかデータを拡大しました。で、この全てに北條鮎香さんが乗ってます。時間はバラバラですが、大体夕方から夜にかけて、聖アルサード教会へ向かっているようです。自宅に直接白のセダンが迎えに来ているのも確認できています。回数にして週に平均して2回ほど。それから明け方に家か学校へ送迎されていますね」


「つまりは…… 夜に教会へ赴いているということになるね。あまり考えたくは無いが、性的搾取の可能性もあるんじゃ無いか?」


 葉山がクリスに問いかける。


「アルサード教会が信者を増やし、勢力を拡大させている理由として、熱心な信者を性的接待の道具にしている、そんな噂話も多いです。各国のアルサード教会は全体的に女性信者が多く、教会のシスターや神官も綺麗な女性が多い。その線も無いとは言えませんが…… VARISのアルサード教会分析データでは性的接待の可能性は、10%未満の数値です。可能性は低いと思います」


 性的接待…… 確かにアルサード教会にはそんな噂話がある事は知っているが、あの北條さんの立ち振る舞いを見ると、性的搾取されているとは考えにくい。むしろアルサード教会に属する者としての確かな気品があったように感じる。あの聖女のような純真なオーラというか、全てを癒やすような雰囲気は、教会に属する者でも簡単に出せるものではないはずだ。


「で、私なりに他にも調べてみたんです。すると他にも夜に教会へ送迎されている女学生が数人いました」


 クリスが各所の監視カメラの映像を出す。夜の教会に送迎されているのは他に5人ほどいるようだ。その中に何処かで見た覚えのある顔が映る。


「姫宮、この子は校内でフルートを吹いていた子じゃないか?」


 神蔵がそう言うと、私も思い出した。アルサード女学院へ聞き込みに言った帰りに出会った、あのフルートの女学生だ。


「たしかに…… おそらくは女学院の子だと思うけど、こう見るとみんな外見的に魅力のある子が多い。性的搾取の可能性がない、とは言い切れないかな……」


 北條さんも含めるとその人数は6人ほど。性的搾取の可能性を考えると、この点については少し違和感を覚える。その手の事件の場合、もっと大勢が被害に遭っているはず。この6人だけというのは教会の規模を考えるとおかしいような気がする。性的搾取では無く、やはり何かしら特別な責務を負っているのだろうか……?


 私の意見に、室長が口を開く。


「まあ仮にそんな事実があったとしても、それは私達が捜査することでは無いわ。知りたいのはアルサード教会がどこまでAWについて把握しているのかよ。北條は何かについて知っているだろうし、教会では特殊な立場にあると推測できる。教会内でも密かに被害者が出ているのなら、教会もAWを追っている可能性は十分にあるわね」


「アルサード教会…… 正直俺は信用していない。米国も日本でも、徐々に崩壊しつつある政府以上に、弱き者達を助けていることは事実だが…… あの笑顔で差し伸べる手の裏で何を考えているのか、それを思うとな……」


「それに関しては神蔵君と同意見だね。只でさえアルサード教会はどういったコネがあるのかは知らんが、その資金力は潤沢だ。このUCIA以上にね。『我々は変化しなければならない。許さなければならない。救わなければならない。光の女神アルサードの祝福あれ。全ての命に輝きあれ』聖人のような言葉だが、その裏には一体何があるのかね……」


 アルサード教会。今となってはその熱心な信者達を使った様々な事業を展開し、その関連会社は世界中で無数に存在するという。NSB(国家保安部)でも常にアルサード教会が関係していると思われる会社や団体はマークしていたが、彼らからは一切の埃が出てこなかった。むしろ社会の模範となるような組織ばかりだったのだ。


「俺は…… アルサード教会への情報攻勢を提案する」


 神蔵が静かにそう言った。


「流石に教会はまずいわ。下手をすると私の首だけじゃ無く、みんな職を失うわよ」


 室長の顔が険しい。相手はまさしく社会の模範となるような行動をしている組織だ。様々な場所に根を張っている。こちらから法を犯すような真似をし、それがもし発覚したらどんな結果が待っているか想像もつかない。


「アルサード教会。確かに教会自体はまずいと思いますけど、アルサード女学院なら大丈夫では無いでしょうか?」


 クリスが真剣な眼差しでそう言った。ミーティングでは普段の様子とは違い、至って真面目なオペレーターだ。


「……まあ、クリスの腕なら問題ないとは思うけど、今はダメよ。情報攻勢に関しては私の方で確認を取っておく。ひょっとしたら公安が何か知ってるかもしれない。それ次第ね」


 室長はそう言うと、私に期待の眼差しを送る。少々目線が冷たく感じるが。


「はい。透鴇から情報を引き出します」


「頼んだわ。貴女の働きに期待してる」


 そう言うと、室長が少しだけ微笑んだ気がした。


「姫宮、夜の会食のドレスを用意してるわ。そろそろ気持ちを切り替えて、女の子してきなさい」


 時計を見ると、もう17時半を回っている。約束は20時だ。今からホテルに戻ってとなるとシャワーを浴びる時間が取れるかも分からない。


「麻美。私のシャワー室貸してあげる。いっしょにシャワー浴びよ」


「え?」


 途端にクリスがにっこり笑ってはしゃぎ出す。


「クリス。あなた映像解析まだ終わってないでしょ。ダメ」


 と室長。


「いいじゃないですかー! わたしはここに配属されてずっと缶詰なんですー! リフレッシュしたいときにリフレッシュしたいんですー!」


 クリスが駄々をこね始めた。


「まあまあクリス落ち着いて。確かに君はほとんどホテルに帰ってないしシステムルームに日々缶詰だ。朝も昼も夜も、夜中ですら仕事をしている。だが君しか入れないシステムルームにはシャワー室もあれば仮眠が取れるベッドだってあるし、してるじゃないか」


 葉山がそう言うもクリスは止まらない。むしろ禁忌の燃料を投下したようだ。


「葉山うるさいんですー! いつもイヤらしい目で私のこと見てるくせにー! セクハラ立件できる画像や動画データいつでも国防総省に送信できるんですよわたしはー! 麻美のこともヤらしい目で見てるし葉山は黙っててくださいー! 変態葉山! 変態葉山ー!」


「……ミーティングは以上だな。俺はもう戻る」


「いや、クリス違うんだ。僕は君をイヤらしい目でなんか――」


 クリスと葉山の戦いはその後もしばらく続くようだった。途中で誰かが部屋を出て行った。見かねた室長が、わたしをシャワールームに案内してくれた。そう、室長室にも密かに専用のシャワールームがあったのだった……


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