勇者の敗北
黒い空の下、木々は枯れ果て小動物の姿もない。そこにいるのはせいぜいが一部の昆虫くらいだろうか。
そんな荒れた大地に聳える一角の城、魔王城。
魔王は手下の魔物や魔人を使いこの世界を混沌に貶めようとしている。
そんな暴挙をある意味では世界の支配者である人間がただ黙って見ているはずがない。
徹底抗戦の構えを取り幾度となく戦争を繰り広げた。
しかし魔王軍の戦力は人間のそれを遥に上回っており、まともに戦える人間はほんの僅かだった。
魔王誕生から一年程既に七割が魔王の手に落ち、土地を奪われた人間は抗いながらも後退を余儀なくされた。
誰かが言った。
「勇者様はいつになったら現れるんだ?」
勇者とは古来より伝わる魔王を討ち滅ぼす者。
魔王が現れた時代には必ず勇者も現れる。
そして世界を救い闇を晴らすと、そう伝えられている。
勇者が居れば、あるいは魔王軍の侵攻も止められたのかもしれない。
次第に人々は自らの知恵と能力を捨て、勇者という偶像に縋るようになった。
三ヶ月後、そんな願いが神に届いたのかある地域の魔王軍が壊滅したという噂が流れた。
そしてそれを皮切りに、侵略され奪われた領土を次々と取り返す凄腕のパーティが居るという噂は人々の希望になった。
やがて、人々は彼らを《勇者パーティ》と呼んだ。
王はそんな彼らを呼び出し、魔王を討伐するように命じた。国軍は動かさずたった4名からなるパーティに、そういう命令を下したのだ。
それでも勇者はそれを承諾し、次々と戦果を上げ今ようやく魔王城に辿り着いた。
「遂に魔王城か……皆、ここまで支えてくれて本当にありがとう」
勇者が染み染みと言った。
サラサラの黒髪と整った目鼻立ち。少し茶色がかった瞳は、強い意志を感じさせる。
線は細いがそれは無駄な筋肉がないだけであり、鍛えられよく締まった肉体だ。
刀傷のついた胸当てと、少し欠けた黄金に輝く額当て。真紅の宝石が柄に埋め込まれた勇者の剣。
多少の傷はあれど、勇者と呼ぶに相応しい格好だ。
「礼を言うのは魔王を倒してからにしろよ、勇者」
彼の言うとおり、確かに礼を言うには少しばかり早い。
そう言って勇者の方に手を置いた戦士は、服の上からでもわかるほど身体は鍛えられ、引き締まっている。
ツンツンした短い赤髪、整った顔立ちでザ・戦士といったような外見だ。
「そうですよ勇者さん。これからが大変なんですから」
白い修道服を着た僧侶は眼前の扉を睨んでそう言った。長い黒髪と大きな瞳、華奢な体付きで美人と呼ぶにふさわしい外見だ。
「魔王の力は絶大じゃ。心してかからねばならぬのぅ」
と、老人のような口調の魔法使い。しかし、外見はとんがり帽子を被った幼い少女だ。よく手入れされているピンク色のサラサラな髪を肩まで伸ばした少女だが、よく見ると耳がとんがっている。エルフ族だ。
長寿で有名なエルフは人と比べると肉体的な成長が遅い。人間で言うと12、3歳の彼女も実年齢は三桁を超えているとかいないとか。
ただ、年齢の話をしすぎると火の玉が飛んでくるので誰も深くは聞けていない。
勇者、戦士、僧侶、魔法使い。勇者パーティはこの4人だ。たった4人で多くの魔王軍を退け、敵の本丸に辿り着き今、その扉を開けようとしていた。
「よし、皆行くぞ! 魔王を倒して平和を取り戻そう!」
そう意気込み扉に手をかけると、ギィィィと嫌な音を立て重厚な扉はその口を開いた。
◇◇◇◇◇
勇者は今、魔王城最奥部に辿り着いた。
しかし、とても万全とは言い難い。多くの裂傷と打撲、そして魔力もあまり残っていない。
それだけならばまだ何とかなったかもしれない。だがパーティはもう壊滅していて勇者一人しかいないのだ。
ここに来るまでに戦った敵は二人。炎龍ボルカニカと首無しの騎士デュラハン。どちらも魔王軍最高幹部であり、その名に恥じぬ実力の持ち主だった。
ある意味では魔王討伐の要、支援職である僧侶はボルカニカ戦で灰となり早々に退場。
命には変えられないと、唯一の
続くデュラハン戦では、ボルカニカ戦でかなり消耗していた戦士がすぐに死んだ。回復する術を失くしたパーティはあまりにも脆かった。
戦士を慕っていた魔法使いは激昂し、絶望した。そして自爆魔法を使いデュラハンと共にその命を散らした。
こうして勇者はたった一人で魔王に立ち向かう事になってしまったのた。
頼みの綱であった超回復薬も使ってしまい、仲間も亡くした。最早勝機を探す事すら難しい。
玉座に腰掛けたままこちらをじっと見ている魔王は、思っていた姿とは随分違っていた。
ボルカニカやデュラハン、旅の途中で倒した幹部達は皆一様に人間離れした姿だった。
だが魔王は違った。肌こそ青白く、額から漆黒の双角を伸ばしてはいるがその他は人間と大差ない。
目鼻立ちのハッキリとした端正な顔立ちに長い銀髪。
眼は赤く、見るものを圧倒する眼力があり彼が尋常でない事を示している。
それでも勇者はひるむことなく剣を抜き、切っ先を向けた。
命知らずだとか無謀だとかそう言うのはどうでも良かった。志半ばで倒れた仲間達の無念を晴らす為にも、必ず平和を取り戻す必要があったからだ。
「魔王、お前を倒してこの戦いを終わらせる」
勇者の言葉に魔王は憤るでも笑うでもなく、ただため息をついた。
そして退屈そうな表情で、
「是非とも終わらせたいものだな。この
玉座に立て掛けてあった光をも吸い込みそうな黒剣を手に取り重い腰を上げた。
勇者がハッキリと出来事を認識出来たのはそこまでだった。
「がッ」
気が付けば勇者は見えない力によりふっ飛ばされ、壁にめり込んでいた。
(な、なんだよこれ、動けない……!)
まるで全身を無数の手に押さえつけられているような感覚だ。抗いようもない絶対的な力。
動かせる部位と言えば、口と目と辛うじて指先位か。
これは何も魔王の渾身の一撃という訳ではない。
数ある技の内の一つというだけであり、それも恐らく大して力を使わない類のものだ。
消耗している事を差し引いたとしても、彼我の戦力差は絶望的だ。
「どうした勇者。その程度か? 違うだろう? これまで幾多の魔族を殺し、余の前に立つ貴様は断じてこの程度ではない。……貴様の事は誰よりもよく、
「訳の分からないことを!」
魔王はカツカツと歩み寄りながら初対面であるはずの勇者へと意味深な発言をした。
もしかすると何らかの術を使い、ここに来るまでの行動を観ていたのかもしれない。
彼の力をもってすればそんな事は造作もないだろう。
となれば手の内はほとんどバレている。
戦力差にプラスして情報も持っているとなると最早、詰みに近い。
すると身体を抑え付けていた力がパッと消えるのを感じた。
その瞬間、勇者は近付く魔王へと駆け、裂帛の気合いと共に刃を振るう。
「おおおぉぉぉッ!!」
が、届かない。
魔王は軽く右腕で払うと、勇者は面白いくらい勢いを付けて吹っ飛んでいった。
「同じだ、何をしようとも」
パチンと指を鳴らすと室内を埋め尽くす程の大規模な竜巻が現れた。
床を壁を破壊し粉々に切り刻みながら勇者へと迫る。逃げ用にも内側に向かって渦巻いているせいで身体が吸い寄せられていく。
「くッ……そォォぉァァッ!!」
最初に切れたのは衣服の先端だ。刃物出来られたかのようにスッパリと切断されている。
次に右手だ。痛みを感じる前に肘を、更には肩を刻まれた。
痛いだとか、終わっただとか、悔しいだとかそういう思考を確立させる前に勇者の四肢と首は宙を舞った。
「勇者よ、余はここで再び貴様を待とう」
魔王は勝利を喜ぶ事もせずに、ぐちゃぐちゃになった勇者の首を一瞥すると再び玉座へと腰をかけた。
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