地下深部溶融岩石曼荼羅

武良嶺峰

第1話 マグマ溜まり研究所

 四十六億年という長い地球史のなかで、私達の生きている時代が特異な期間とならぬことを切に願っている。ただ、見知らぬ隣人からそれは大仰すぎると手厳しい言葉を投げかけられるかもしれないが、直面している状況は“特異”なものと言っても大げさではないと私は思っている。

長く囁かれてきた地球上の化石燃料の枯渇は確実に進み、太陽光や風力などの消極的な発電だけでは地球上で必要な量のエネルギーを賄えないことが判明してから、ゆうに半世紀が過ぎてしまった。そのことは小さな地方都市の零細新聞社の科学部に勤める記者である私ですら知っているような公然の事実だった。


          *

新聞社の科学部における第一命題は科学啓蒙雑誌や自然科学の専門書から広範囲に情報を収集し、読者が興味を持って読んでくれるような内容をわかりやすく書くことだった。それを目指し、私は日々原稿用紙の升目を埋めている。ただ今世間の耳目を集めているのはこの国に数多く分布する火山の行方であり、この国に存在する百十余りの火山の挙動である。エネルギーの枯渇が叫ばれてから十数年が経過したが、近年においては火山の地下深部にあるマグマ溜りの重要性が再認識されている。それは私の所属する新聞社でも他メディアと変わらず火山に関する記事を書くことが増えてきたと思っていたところだったが、さっそく上司から、火山特に地下深部に存在するマグマ溜まりのエネルギー源としての重要性についての連載を上司より拝命したわけである。

地球上の火山はすべて発電所になりうる。二十年以上前にそう主張したのは国立マグマ溜まり研究開発機構(Japan Magma chamber Exploration Agency)の暁烏博士だった。彼のこの主張は私が確認した限り、世界で最初に公表されたマグマの電力活用についての論文だった。初期に公表された彼の論文にはマグマ溜り活用のための基本設計の哲学が語られている。フィリピン海プレート、太平洋プレート、北米プレート、ユーラシアプレートの四つのプレート境界に存在する日本はこれらの沈み込み帯で発生するマグマを地表に噴出させる火山大国であると同時に、それは巨大な複数の火力発電所を所有する唯一無二の国であった。日本は地球内部の膨大な熱エネルギーの発散源として極めて有用な地域である。地球内部の熱エネルギーが電力や他のエネルギーに変換されるわけである。十数年前に書かれた暁烏博士の論文では化石燃料の枯渇以外にも、今後人々が地表に住むことの困難さに直面するであろうと予想されていた。将来的に地球表層環境は人類だけでなく、他のいかなる生物も生存できないような過酷な環境になると想定されていた。その変化は、劇的なものではなく、漸移的であり、第一に黒点減少による太陽光度増大と地球を覆う複数の大気層の破壊であり、それにより人類は岐路に立たされるだろうと暁烏博士の論文の中に記載されている。上記影響による地球表層の生存可能範囲の縮小について、数百年前からすでに広く言及され、理論的にありうる話であったが、変化の速度について、定量的に把握されていなかった。そんな時代において、暁烏博士が提案したマグマ溜りの発電所としての有効利用については、論文が公表された当時、地球科学界での他研究者の反応は冷たく、この論文は黙殺され、主張を認めることも否定することも拒んでいた。

ただ、暁烏博士の論文の公表後、黒点減少による太陽光度増大は、単なる光度上昇だけでなく、太陽光線波長の短小化が判明した。それはエネルギー不足の問題を再燃させ、地球科学の研究者達は、二十年以上前に発表された暁烏博士の論文に再び着目し始めた。化石燃料の完全な枯渇、太陽光エネルギーの使用不可という事実は論文が発表された後、約二十年間後に、白日の下にさらされることとなった。地球科学者達は地球深部のマグマ溜りの有効活用を思い、そこに人類存続の希望を見出そうとした。

エネルギー枯渇の解決策を暁烏博士の論文に見出した理学系と工学系の研究者は共に手を取り、地下深部マグマ溜りを発電所として有効利用する計画が立案された。地球科学者と工学者の行動は、後の地球科学に対し、大きな進歩を生みだした。

『これは私達にとっては小さな一歩であるが、人類としては大きな一歩なのである。』という月面への人類到達にも負けず劣らずの一歩だった。

過去に戦争、災害、疫病など人類にとって決して避けられない困難な状況は地球科学を飛躍的に進歩させてきた。それと同じ状況が、今ここで起きようとしていた。

エネルギーの枯渇という困難な状況が『活火山深部、マグマ溜りの有効活用』を促進させたのである。この潮流が増している時期に、暁烏博士はさらにもう一遍の論文を公表した。プレート沈み込み帯の賜物である島弧日本に焦点を絞り、そこで人類が生き残るためにあらゆる技術を集結すべきであるとの内容だった。この危機的状況を日本人は他国人に比べやや楽観的にとらえているように見えた。それは、日本がプレート境界に存在するということに由来していたのだろう。プレート境界地域ではマグマが生じ、数多くの火山を所有するから。ただ、それはプレート境界を持たない大陸内部の国々のエネルギーも含めてプレート境界の国々がそのエネルギー需要を賄うという自負の念を日本人に与えていたのかもしれない。アジア、ユーラシアのエネルギー需要を極東縁のプレート境界地域で賄うということは日本人にとっても誇らしい気持ちになるとともに、国家はしたたかにも外交上の手段として使用することをもくろんでいるのかもしれない。かつて黄金の国ジパングと言われた日本はその地域的な恩恵を再び受けるだろう。暁烏博士の論文にはそんなことが書いてあった。

日本の火山研究者、およびその他の地球科学者達は政府からの要請により定常的にマグマ溜りが存在すると推定される火山、いわゆる《安定した活火山》の分布調査へと借り出されていた。世界の発電所として最適なマグマ溜りの選出である。あらゆる分野の研究者達がその研究へと駆り出された。国を挙げての一大事業である。「発電所」の選出と並行して、千百℃以上の溶岩の熱に耐えうる新材料開発のため材料科学の研究者が招集された。また、火山山頂での構造体の建築という困難な作業に対して工学からのあらゆる知識が総動員された。私達のような科学部の記者はリリースされた情報や研究者達への質問という形でしか、現在の進捗を知ることはできなかった。

マグマ温度は成分にもよるが九百℃~千二百℃程度で、ケイ素含有量によりその溶融温度は大きく変化する。ケイ素が多い方が融点は低く、粘性が高いため、発電に適した最適成分の火山を選出する必要があった。

最適なマグマ溜まりの条件として、現在活動中の火山であることと、山頂に溶岩湖があること、大規模な噴火を起こさないが挙げられた。火山選出のために、火山研究者を筆頭に多くの民営コンサルティング会社のフォローを得て、選定が行われた。選定された火山は溶岩湖が直接地下のマグマ溜りへとつながっている火山であり、マグマ溜りへのアプローチが他の火山に比べてやや容易なものであった。二年間でマグマ溜りへの突入計画へと開発のステージは移った。それは驚く程早い開発計画であった。その中心に暁烏博士がいたことは言うまでもない。

一方、材料科学研究者達はマグマの高温に耐えうる新素材の開発を進め、新素材の耐火物は主にチタン系の材質に決まった。材料系の研究者達が作ったマグマ溜りへ突入するための構造物は五つのモジュールを組み合わせた物であり、1st-mod、2nd-modおよび6th-modは掘削のためのドリリングモジュールで、先端の鋭利なドリルでマグマ溜りを掘り進むことを想定していた。2nd-modは1st-mod破損時の予備であった。1st,2nd,5th-modは長さ二メートル、直径五メートルで、3rd,4th,5th-modは長さ十メートルの居住のためのモジュールだった。3rd,4th,5th-modは搭乗者達の居住空間と研究区域であり、複数名の搭乗が可能な居住空間となっていた。

全体としては六つのモジュールを組み合わせた円筒状の構造物で、それはまさに巨大なボーリングマシンの‘怪物’だった。この巨大なボーリングマシンは、巷ではMCLR(Magma Chamber Livinng Room)と呼称された。溶岩湖上に設置された巨大な円筒状のボーリングマシンは規模は水道管とトンネルぐらいの差であったが、設備としては井戸掘りのために組み立てられたやぐらとボーリングマシンそのものであった。ただ、やぐらの高さはその十数倍で、太さは二十倍であった。最大高で五十メートルであり、ボーリングマシンの全長を吊り上げて、さらには引き上げられるような強度を持った構造物だった。今回、建造されたMCLRはマグマ溜りに突入する初めての構造物であり、この内部には研究者達の居住区画と合わせて様々な研究設備が設けられ、数人の研究者と共に地下へともぐっていくこととなった。

過去に人類は宇宙空間へ活路を見出そうとしていた時期がある。日本を含め主にアメリカ合衆国、ロシア連邦、欧州宇宙機関はISS(International Space Station)と呼ばれる構造物を建造し軌道上に据え置いた。ISSは地球及び宇宙の観測、宇宙環境を利用した研究、実験のための地球を周回する巨大な有人施設だった。ISSは地上から約四百㎞上空を秒速約八㎞で地球の赤道に対して約50度の角度で落下し続けている。永遠に落下する構造物である。そしてそれは地球を約九十分で一周する。ただ、ISSの運用は五年前に終了してしまっている。ISSの運用終了から数十年を経て、人類は地下に自分達の生存のための道筋とエネルギーの糸口を求めたのは先の通りである。アメリカ合衆国とロシア連邦から始まった宇宙計画で成功を最初に遂げたのはロシア連邦であり、アメリカ合衆国がそれに追随し、さらに中国がその数十年後に宇宙開発に追随した。日本はとうの昔に宇宙開発という分野からは取り残されていたわけであるが、今回計画されすでに実行に映り始めたこの地球内部探索では、日本はこの島弧域という特別な地域性を追い風にして、独自の生き残りのための筋道を立てていた。それは日本が先頭に立つことのできる数少ない分野だったのである。その先頭に立っていたのが暁烏博士であった。

人類最初の地球深部への有人掘削計画は日本で行われた。この巨大なボーリングマシン、マグマ溜り掘削の巨大構造物は、『マグマ溜り研究所 the magma chamber laboratory(MCL)』と呼称された。

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