3
『もう、健のこと、抱いたの?』
電話の向こうで、美沙子は確かにそう言った。
シュンは、自分の聞き間違いかと思って聞き返した。
「え?」
しかし美沙子は、一語一句違わず、先程の台詞を繰り返した。
『もう、健のこと、抱いたの?』
シュンはその問いの意味が飲み込めず、しばらく黙った。美沙子がなにを言っているのか、本気で理解できなかったのだ。
しかし美沙子は、シュンの沈黙を、肯定の返事ととったらしかった。
『抱いたのね。』
美沙子の低い声。
その冷たさに、水でもかけられたように我に返ったシュンは、慌てて首を振った。
「まさか。男だし、第一子供じゃないか。」
『今更まともな大人みたいな口聞かないでよ。あんた、男抱けるでしょ。』
なんで知っているんだ、と思ったが、美沙子の声には確信があった。だからシュンは、しぶしぶその事実を認めた。
「抱いたことはあるけど、宿のためだよ。望んで抱いたことなんかない。」
美沙子が、勝ち誇ったように鼻を鳴らし、幾分声を高くする。
『それは、女だって同じことじゃない。』
女だって同じこと?
美沙子の言い分にどれくらい分があるか、シュンは考えたくなかった。考えたときが、自分の破滅するときだとさえ思った。
望んで抱いたことがない、それは、誰のことでも。
その考えを振り払うように、シュンは話題をそらした。
「……待ってよ。そもそもあの子、いくつなの?」
『15だったかしら。』
美沙子は、話題をそらされたことになど余裕で気がついている、と言いたげな不機嫌な声でそう答えた。
シュンは、美沙子の不機嫌に気が付かないふりをした。
「そんな子供に手を出したことなんかないよ。」
『じゃあ、これが初めてになるのね。』
「ならない。なに、美沙子、酔ってるの?」
美沙子が酔っていないことくらい、声でよく分かっている。それでもそう言うしか、シュンには逃げ場がなかった。
『酔ってないけど、正気でもないわよ。正気でこんなことしてると思う? ヒモ飼って、出稼ぎ行って、弟をあんたのところにおいてって。』
美沙子の声は、まだ不機嫌を引きずってはいたものの、さほど怒りや憎しみの感情は含まれていなかった。それは、不自然なくらいに。
「だったら……、」
『だったら、なんなの? 私が正気に返ったら、あんた、私から離れていくくせに。』
やはり、平然とした調子の美沙子の声。
シュンは、返す言葉が浮かばずに黙り込んだ。
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