姉
カップ麺を片付けたシュンは、寝室に引っ込んだ。これ以上健少年と一緒にいるのが、なんだか怖かったのだ。
寝室でシュンは、宿主になってくれそうな女や男に電話をかけようとした。ベッドにうつ伏せになり、スマホを掴む。そして、その姿勢のままでぼんやりした。気力がわかなかったのだ。顔もよく覚えていない男や女に電話をかけて、耳触りのいい言葉を喋り散らかすための気力が。
だめだな、と思った。
自分はもうすっかりだめになっている。
だって、10年以上ヒモで食いつないできた男が、スマホを手に放心しているのだ。これはもう、生きていく意思の放棄に他ならない。
疲れた。
独り言を、唇だけで呟いてみる。
少年との会話や、少年の涙がシュンを疲れさせたわけではない。そうではなくて、少年との会話や少年の涙が、シュンに疲労を思い出させたというのが正解だろう。
本当は、ずっと疲れていた。
ずっとずっと疲れていて、ちょっとした記憶がいつでもシュンを追いかけてきて、逃がしてくれない。
誰に電話をしても、誰の家に転がり込んでも、同じことだ。シュンがシュンである限り、記憶からは逃げ出せない。
ごろりと寝返りを打って仰向けになり、天井を眺めた。何の変哲もない、白い天井。
そこに浮かびかける母の顔を、なんとか頭の中から追い払う。しかし、追い払えたとしても、胸のざわめきは消せない。
眠りたい。
祈るように思った。
もうなにも思い出したくない。
そして、その自分の願望が、眠りたい、と、死にたい、とでどう違うのか分からなくなり、ぞっとする。
死ぬのは怖かった。いつでも。髪も歯も生え揃わない、黒い目をした妹たちがいるところ。そう思うと、とてつもなく怖かった。
がたがたと、肩が震える。
寒い。
あのとき、あの死に一番近かったとき、とても寒かった。電気が止まっていたので暖房がつけられなかったし、ガスが止まっていたので、火をつけることすらできなかった。一緒に毛布にくるまって暖を取っていた妹たちは、どんどん冷たくなっていった。
ここを出ていこう、と思う。
健少年は、彼の健康と無邪気さは、シュンに妹たちをどうしようもなく思い出させる。
そのとき、右手に握ったままだったスマホが震えた。
電話だ。
相手を確かめる気力もなかったし、もちろん電話に出る気もなかった。
それでもシュンが通話ボタンを押したのは、相手が美沙子だろうと察したからだ。
誰かに許しを請いたい気分だった。相手は、誰でも良かった。
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