そこでシュンは言葉を切った。なんで自分がこんなことを、まだあどけない少年相手に話しているのか不思議だった。

 誰にも話さぬと、誰にも悟られぬと、心に決めた過去だった。

 よみがえるのは、幼い妹たちの面影。

 栄養不良で髪も歯も生え揃うことなく死んでいった妹たちの、光の消えた真っ黒い目。

 思い出したくなどなかった。今でもまだ、悪夢によく見る面影だった。

 ふと、右の肩に暖かいものが触れた。

 なんだろう、と首をひねってみると、それは少年の手のひらだった。

 少年は、ぎこちなく、しかし確かにシュンの肩を温めていた。

 「……ごめんね。」

 シュンの口をついて出たのは、その一言だった。

 こんな話をして、ごめんね。こんな、リアクションに困る話を初対面でいきなりして、ごめんね。

 すると少年は、いいえ、と、首を振った。

 そして、彼は泣いたのだ。きれいに澄んだ右の目から一粒、左の目から一粒、涙を流し、泣きながら彼は、シュンの首に両腕を回して、きつく抱きついてきた。 

 シュンは驚いて身体を硬直させた。

 男を抱いたことはあった。宿と食事のために。健少年くらい華奢な男も、その中にはいた。

 けれど、こんなふうに、性の匂いがまるでしない、純粋な抱擁を受けたのは、多分生まれてはじめてだった。

 健少年の涙が、シュンの首筋から鎖骨を伝った。暖かな涙だった。それは、シュンの中のなにか冷たくて硬いものを溶かしかねないくらいに。

 だからシュンは、警戒したのだ。

 ヒモ稼業は、心のどこかを冷たく凍らせていなければやっていられない。誰のどんな言葉も涙も微笑みも届かない、暗く深い穴の底を。

 そうでなければ例えば美沙子を、出稼ぎに行かせて平然と見送れるだろうか。

 シュンは、健少年を慎重に突き放した。

 男に抱きつかれる趣味はないよ、と、笑って。

 健少年は、自分の両手でぐいぐいと涙を拭い、シュンに笑い返した。

 泣いたりして、ごめんなさい、と。

 「でも、あなたがすごく、寂しそうだったから。」

 「寂しそう? 俺が?」

 「はい。」

 「寂しくなんかないよ。もう、ずっと昔の話なんだから。」

 嘘をついたつもりはなかった。寂しくはない。心を凍らせている限り、妹たちの面影が胸を切り裂いたとしても、それは寂しさではない。ただの悪夢だ。目を見開いて、やりすごせばいいだけの。


 

 


 

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