第13話晩酌と新たな友人と

「よかった。まだ開いてるぞ」


勇者が指さしたのは小さな村市場。窓から漏れる電灯の光が目立っている。

数人が出入りしているが人数は多くなく、それぞれが手に持っているのは少量の野菜などだ。


「何かしら売ってると良いけどな」


「そうですね…」


集会所の壁面に設置された時計が指す時刻は午後八時。もう食品はあまり売ってないかもしれない。


「とりあえず入ってみましょうか」


「だな」


勇者は頷き、私達は村市場に向かった。



「いらっしゃいませ!」


若い女性の明るい声が店内に響く。レジに立つ制服姿のショートカットの女性がこちらに笑みを浮かべていた。


「――前食べたやつにするか…」


「え!?ドラゴン肉ですか!?」


ま、前食べたやつ?数分前の私の言葉は??


「あぁ、違う違う。前っていうのはヨドンナが側近になる前の話だよ」


声を荒げる私に笑い混じりに言う勇者。じんわりと羞恥心がこみ上げる。


「ちくわの青のりマヨってやつ。依頼先の町で教えてもらったやつなんだけど結構美味しくてさ。また作ろうかな」


「名前からして美味しそうですね…」


「だろ?ちくわと生青のりが必要だから、ササッと買おう」


返事をしようしたその時、私たちの背後で声が響く。


「話は聞かせてもらいました!どうぞ!ちくわと生青のりです!」


突然の大声に驚き振り返る。目の前には右手にちくわ、左手に生青のりを持った店員さんが立っていた。


「あ、あぁ…ありがとうございます…」


勇者は動揺しながらもそれを受け取り、袋に貼られた値札ピッタリのお金を渡した。


「ありがとうございまぁす!勇者さん達が話していることはよく聞こえますね!この時間帯お客さん少ないので!あっはは!」


後頭部に手を置き高らかに笑う店員さん。この人絶対晴れ女なんだろうなぁ…


「一応自己紹介を…ボクはナージャ。この村市場の店長!従業員不足に悩む可哀想な店長さっ!」


彼女改めナージャさんは右手でビシッとピースを決める。う~ん…私と知り合いの女性はみんなハイテンションなんだな…


『うるさい女だな』


一人を除いて。


「出張販売も度々してるんで!今度会った時はまたなんか買っていってください!」


「……」


沈黙が流れる。見ると、勇者が明後日の方向をぼうっと眺めていた。


「わかりました。これからよろしくお願いします」


私がすかさず口を開くと、ナージャさんは眩しい笑顔で口を開いた。


「お!これは友達認定ってやつだ!会えてよかったよぉよろしくねぇ!ご来店ありがとうございましたぁ!」


ナージャさんがブンっと深く礼をする。最後までフルスロットルな人だったな…


退店後、私は異変に気づいた。

なんか勇者がげんなりしてる……


「ど、どうしたんですか?」


訊いてみると、勇者はさも苦しそうに口を開いた。


「ああいう女の人苦手……」


「……なんかごめんなさい…」


思ってたより勇者って陰キャなのかな…?


『へっ』


おい鼻で笑うな。


「ま、友達になったからには仲良くするよ!よし、ササッと帰るぞ!」


そう言ってくれるとありがたい…


「わ、わかりました!」


◇◇◇


ドアを開け、暗い玄関に足を踏み入れる。

靴に付着した砂がジャリ、と音を立てた。そろそろ玄関掃除しないとな、なんて考えてるうちに勇者が電気をつけてくれた。


「ありがとうございます…よいしょ」


靴を脱いで散乱した靴の上を跨ぐ。掃除のついでにここもスッキリさせないとだ。


「すまん。掃除しておくべきだった」


「いえ、私がしておきますので…」


「本当か?助かる。ありがとう」


優しく嬉しそうに言う勇者。人からお礼を言われれば動けるんだよなぁ…私。お礼を言われれば、ね。


キッチンとリビングの電気を点け、食材をカウンターに並べる勇者。次に冷蔵庫を開けマヨネーズと中濃ソースを取り出し同じように並べた。


「手伝いお願いしていいか?」


「あっ、はい!」


椅子から立ち上がり勇者の隣に立つ。勇者は引き出しからザルと茶こしを取り出し、生青のりの袋を開けた。


「ビニール手袋そこにおいてあるから、青のりを大さじ一杯取って、洗って水気切った後にそこのキッチンペーパー使ってしっかり絞ってくれ」


「はい!」


おぉ…何か緊張してきた。他人と料理をするなんていつぶりだろうか。


ビニール手袋をつけ、計量スプーンで一杯掬う。


ザルの隙間から青のりが流れ出ないようにキッチンペーパーを内側に敷き、指先で青のりに触れる。

青々しい香りを放つそれはドロドロしていて、ビニール越しに感じるひんやりとした感触は、私の好奇心を刺激した。


蛇口をひねって水を出す。水を受け止めた青のりは電灯の光を反射して艶めいていた。

目の細かいザルに移し、水を切る。纏っていた水を失くしても尚艶めく青のりを乾いたキッチンペーパーを使いぎゅっと握りしめた。キッチンペーパーは溢れ出した水を吸い、輝いていた青のりは濃い深緑色になる。


「できました!」


「よし、じゃあこのボウルに入れて」


一口サイズにちぎられたちくわが入っているボウルに青のりを入れる。勇者はそこにマヨネーズを大さじ一杯加え、菜箸とヘラで和えていった。


用意していた小皿に盛り付け、テーブルに運ばれる料理たち。ついに晩酌タイムだ。


「今日はハイボールとビールがあるんだけど、どっちにする?」


「ビールでお願いします」


「は~い」


グラスに長方形の氷が2つずつ投入されると、カランコロンと快音を奏でた。

次第に増していく飲酒欲に息を巻いていると開缶の音と炭酸が弾ける音が鼓膜に届く。

毎度毎度この音を聞くとテンションが上がる…


ビールが注がれていくグラスに目を向けると、勇者はグラスを傾けて注いでくれていた。

しっかり覚えていてくれたようで、なんだか嬉しかった。


「んじゃ飲むか」


「はいっ!」


「「いただきます」」


まずはグラスに手を伸ばす。白い泡を口につけ、グビッと喉に流し込む。

ホップの苦み、麦芽の甘さと酵母による酸味が味覚を刺激し、疲れがすっと抜けていくような気がした。


「ビールも悪くないですね…」


「だな…」


幸せを噛みしめるように言う勇者。どうやら勇者もビールの味に溺れているようだ。


ビールの後味が残っているうちにおつまみを口に運ぶ。

マヨネーズの酸味と青のりの風味が口に広がり、ビールとの相性はピッタリだった。


「明日も任務があるかもしれないし、ビールとおつまみ食べきったらササッと寝るけど、OKか?」


「はい。今日は疲れましたし、そうしましょう」


楽しい晩酌タイムは、思っていたより早く終わりそうだ。

残り半分ほどになったビールとおつまみを口に運び、幸せを噛みしめる。

…酔えないな。度数がそこまで高くないのだろう。まだ爽快期にも入っていない。


「今度はナージャさんと一緒に飲んだりしてみます?」


お酒仲間を増やしたい、という身勝手な欲望から冗談交じりに言ってみた。


「あの人に慣れればな…」


ん。予想外。きっぱり断られるかと思ったのに。

どうやらお酒仲間を増やすことには前向きなようだ。


「んじゃ――」


勇者が言う。お互いのグラスと小皿は空になっており、サッと手を合わせる勇者を見て私も手を合わせた。


「「ごちそうさまでした」」


晩酌の時間はこれにて終了。私は食器をシンクに運び、寝る準備を始めた。


やっぱりもう少し酔いたかったな…

少し雑念が残るが、まぁ仕方ない。いつかしっかり飲みまくれる日が来るだろう。その時はタガが外れないようにしないとな。


今日は良い日だった。友達もできたし、お酒も飲めた。

んじゃ、歯磨きしよっと。



――――――――――――

参考 引用

https://beergirl.net/bjrecipe_1078/















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