10.邪な動機

 午前0時43分。部屋には私一人だけ。隣の寝室では母が寝ています。ノーメイクです。寝間着姿です。

 さて、呼吸を整えます。

 ところで、なんの用でしょう。感想を口頭で伝えてくれるのでしょうか。まさか。


 考えたってしかたないし、そもそも電話の誘いが嬉しいしでパニックになって、私は思考を放棄して答えました。


「こちらからもお願いします」

 

 すると、すぐに電話がかかってきます。聞き馴染があるようでない着信音が流れます。画面には「ようすけ」と表示されていました。

 午前0時47分。壁はあまり厚くないです。


 私は、おそるおそる電話を取りました。


『もし、もし……』

『あ! もしもし?』 

『はい、もしもし。立花です。こっちの声、入ってますか』

『うん。入ってるよ。僕の声は届いてる?』

『もちろん入ってます』


 宮里くんと電話をするのは初めてでした。新鮮な感覚です。

 まだ少しだけ声変わり前の子どもらしさを残した声。けれど、親しみ深い穏やかさも持ち合わせていて。学校で顔を合わせているときとはまた違って、より近くに存在を感じます。


『それよりさ、こんな時間にごめんね。感想言いたくなっちゃって』

『もう読んでくれたの?』

『もちろん。早く読みたくて楽しみにしてたんだから』


 これが電話でよかったです。こんな顔、見せられない。


『ありがとう、ございます』


 精一杯、振り絞って出した返事でした。

 

『それを言うのはこっち。ありがとうね、今回も面白かったよ』


 無邪気な喜びが込み上げてくるのと同時に、こんな無垢な言葉を疑ってしまうやましい心もありました。ネット小説を書いていると思うことがあるんです。この方は、本当に私の書いたものを良いと思ってくれているのか、と。


 自分に自信はないというのが全てです。だって、本当に面白いものなら、もっと色々な人から評価されているでしょう?

 投稿するたびに増えていく閲覧数に反比例して、私は自信を失っていくんです。


 葵くんや宮里くんが良かったと言ってくれるのは――。


『例えばここの場面、台詞選びが秀逸でこうなんというか、気持ちが高まっていくんだよ。からのこの展開。その高まった気持ちが一気に解放される感じ。僕はこの瞬間のために読んできたんだってなる。最高だったよ』


 撤回しようかなと思います。


『あと最後のここね。これが伏線回収ってやつかー! ってベッドの上で唸ったよ』


 ああ、電話なのが惜しい。その顔を見たかった。


 その後も、宮里くんの熱弁は続きました。

 午前1時52分。夜更かしってやつです。いい時間になりました。


『あ、ごめん。こんな時間まで付き合わせちゃって。明日も学校で早いのにね』

『だいじょうぶ。ありがとう』


 眠気なんて吹っ飛んで、布団の中はかなり暑いです。


『僕も負けないで頑張るよ』

『え』

『立花さんはいつかきっと小説家になると思う。だから僕も負けじと努力してプロのバレーボールチームに入る。一緒に頑張ろう』


 いつか、宮里くんはクラスメイトの前でこう宣言したそうです。


 僕はいつか必ずバレーボールでプロになって、僕を笑った皆を見返してやるんだって。

 私が努力を続けられるのは宮里くんのおかげです。彼が毎朝町内をランニングしている姿を見ていたからです。朝起きて、私も頑張ろうって、彼の言葉を信じて夢を追うことにしました。

 

『うん。一緒にがんばりたい。だから』

『だから?』

『だから……』


 この気持ちは邪魔になってしまうのかな。

 文章を作っているときに雑音が流れると集中力が削がれてしまうように、彼にこのエゴを押し付けるのは間違っている気がする。

 

 そう思うと、なにも言えませんでした。


『ごめん、なんでもないです。それなら早く寝てゆっくり休んだほうがいいかもと思って』

『確かに、明日も学校で朝早いからね』


 でもたまに、こんなふうに二人きりでお話ができたらなとも思ってしまいます。

 そのためにこれからも小説を書き続けるのは、邪な動機になってしまうでしょうか。


「おやすみなさい」とお互いに告げて、この日は就寝しました。


 いつかちゃんとお礼が言えたらいいなって思います。

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いつまで初恋引きずってんだバーカ 貧乏神の右手 @raosu52

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