8.きっかけ②

 世界が広がっていく感覚がありました。

 小説って、とてもハードルが高いものだと感じていたんです。国語の教科書で読んできたものは、どれも言葉一つ一つに意味を持っていました。書き出しの一行目から物語が終わるに至るまで、作者の込めた想いが幾重にも積み重ねられます。授業を通して、先生やクラスメイトと一緒にその想いを読み解いていくのです。

 

 そんな経験があったし、自分一人で読んでいても巧みな文章捌きに惚れ惚れすることがありました。驚きの展開にはっとさせられたことは数えきれないほどあります。


 小説を読むのは難しい。どれだけの本を手に取ってもその考えは変わりません。そして当然、書くことは読むこと以上に困難だと思っていました。私なんかじゃ到底書けっこない。

 ただ、ある意味で、ネット小説は私のその概念を覆してくれました。



 スマートフォンで小説を読めるサイトがないか検索して、それからネット小説に出会いました。


 そこで思ったのは、世の中には意外にも小説好きが居るということ。

 

 学校では誰もそんな様子を見せないのに、一度インターネットの世界に飛び込んでみたら、溢れるくらい読み手も書き手もいたんです。


 私は感動しました。サイトの特性も知らないまま、ただ新着で上がってきたものの中から適当に選んでみて読んでみました。

 

 これは……とさすがに唸りました。ああ、素人の方もたくさんいるんだ。

 誤字脱字が目立っていたり、展開に無理があったり、言葉遣いにこだわりがなかったり。正直、人並み以上に文学に触れてきてはいたので、読むのに苦労する作品は多かったです。

 

「さすがに、もういいかな……って、あれ」


 ネット小説に見切りをつけ、サイトを離れようとしたそのとき。わたしの目にあるものが留まりました。

 

「この作品ってたしか」


 広くメディア展開されている作品がおすすめの欄に出てきました。アニメ化もされたらしく、世間的にも知名度がある作品とのことで。わたしも聞き馴染みのある作品です。


 わたしは、このサイトは素人が趣味程度に作品を投稿する場だと思っていましたが、それだけではないと知りました。


 本気で作家さんになりたい人もここにいる。そして、その夢を現実にさせられる場所だということ。


 実際、サイト内の人気作は、わたしが今まで読んできた書籍化されたものに負けずとも劣らない出来栄えでした。本音を言ってしまうと、面白くてつい読み進めてしまったほどです。


 それを知ってからというもの。わたしは、小説を読むだけではなく、書いてみたいとも思うようになりました。良くも悪くも、ネット小説の敷居の低さに惹かれたんだと思います。


 幼稚園児がまっさらな紙に絵を描くように、わたしも物語を創り始めました。

 

 えっと、どこから書けばいいんだろう。プロットを作るんだっけ。題名が大事なんだっけ。とりあえず、書いてみるのがいいんだっけ。


 やってみるとやっぱり難しい。考えることが多くて、それを一つの物語として完成させるまでかなりの労力が必要でした。

 ただ黙々と文字を追いかけるだけとは違う。文字通り、一からの創作なんです。それは、絵描きや工作となにも相違ないと感じました。


 こんなお話が面白そうかな、なんて妄想をノートにまとめてみて、一話目の構想を練ってみて、こうしたら、あんなふうにしたら、あの作品のあれがいいな。と、わたしが面白いと思うものを次々に書き足していきました。

 

 家にパソコンがなかったのでスマホに打ち込んでいくしかなかったのですが、文章を作るのにもかなり時間がかかったので、打ち込む速度はなにも関係ありません。

 

 結構楽しいかも。

 けれど、かなりの量を書けたと思って保存したその文章は、文字数で言うと1000字程度で、呆気に取られちゃいました。え、こんなに書いたのに、まだ1000字なの?


 でも、とにかく楽しい。その気持ちがあったので、わたしはどんどん書き進めていきました。

 

 作品を投稿したのは、わたしがそのサイトを訪れてから一週間ほど経ったときでした。


「だいじょうぶかな」


 何事も、初めては緊張します。色々と心配事はありました。


 でも、せっかく完成したのだから誰かに見てもらいたい。

 タイトルを作り、あらすじをまとめ、いくつかのタグを付け、詳細を決定。準備はおーけーです。あとは投稿するだけ。


 画面端の『作品を公開する』。そこにひとさし指を持っていく。スマホを持つ手は汗で濡れていました。

 そうして、私は作品をサイトに投稿しました。それが、私の書き手としての第一歩だったと記憶しています。


 クラスメイトにばれてしまったのは、それから何か月も後のことです。


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