【危機一髪】慎重過ぎるおっさん重戦士がなぜか命拾いした件

倉名まさ

前編

 ブルーノは中級の冒険者だ。


 慎重な男と冒険者のあいだでは評判で、堅実で安全性の高いクエストばかりを受注し、決して無理はしない。


 そのため、同期の冒険者たちよりも昇格が遅れていたが、彼がそれを気にするそぶりを見せることはなかった。


 クラスは重戦士で、腰には片手で扱える戦斧を差し、全身の急所を覆うなめし革の部分鎧を見にまとっている。

 攻撃力・防御力と動きやすさのバランスを考えての装備だ。

 一見どこにでもいる冒険者ふうの装いだが、装備には一部の隙もほころびもなく、丁寧に扱っていることが、見る人が見れば分かる。


 ただ一点、胸に下げた銀のペンダントだけが、戦闘とは関係のないよそおいだった。


 風の妖精シルフをかたどった華奢で繊細な銀細工で、どちらかというと女性向けに見えるアクセサリーだ。

 筋骨隆々でいかにも戦士然としたいかつい顔立ち、三十過ぎのブルーノが身につけると、いささか浮いて見えた。


 ブルーノは胸元からペンダントを取り出し、祈るように両手で握りしめる。

 一瞬目を閉じてから、大事そうに胸元へとしまいこんだ。


 そして、冒険者ギルドのテーブル席で、彼を待つ者たちの元へと向かう。


「よし、聞けお前ら」


 ブルーノは椅子には座らず、彼らを見下ろすようにテーブルに身を乗り出しながら呼びかけた。


「クエストのあいだ、俺の指示は絶対だ。特に退却の命令は必ず聞け。声が聞こえない状況も想定して、ハンドサインにも即座に反応できるように頭に叩き込め」


 ブルーノに対するのは、彼よりもだいぶ若い冒険者たちだった。

 少年と若者の中間にあるような年齢層だ。

 それに、彼らの装備もどこかまだ板についていない感があった。


「だるっ……」


 彼らのうちのひとりが、ぼそりとつぶやく。

 若い冒険者たちは、軽薄なにやにや笑いを浮かべながらブルーノを見返していた。


 そのあざけるような視線にかまわず、ブルーノは続ける。


「まずは武器、防具の点検からだ。剣に異常がないか刀身、鍔、留め金、すべてたしかめろ。鞘から違和感なく抜けるか、実際に何度も試せ。刀身が錆びていたら、どこかに引っかかりが生まれる。矢筒の中の矢数は十分か。弓の張りも確かめておけ。矢じりの点検も同様、一本一本確実にしろ。おいお前、胸鎧のベルトが緩んでるじゃないか。ギルドで修復サービスもやってるから、すぐ受けてこい。それと、おまえ――」

「軍隊かよ……」


 ブルーノの細々とした指摘に、若い冒険者たちは「は~っ」とあからさまにため息をつく。


「道具袋の中もいっしょに確認するぞ。入っているはず、ではなく必ず一つずつ指さし、声だしで確認しろ。薬草は人数分、余る程度に必要だ。できる限り取り出しやすい場所に――」

「あの~、うちら回復術士ヒーラーいるんですけど~。薬草とかムダじゃないっすか」


 質問、というより反論に近い調子でひとりが言った。

 ほかの者たちも、それに同調するようにクスクス忍び笑う。


「ヒーラーが回復できるのは一度にひとりずつだ。それも、いつでも頼れるとはかぎらん。魔法封じの特殊スキルを持つ魔物だっている」

牙鼠ファングラット退治だぜ? どんなオオゴトをおっさんは想定してんだよ」

「想定外の事態など、いくらでも起きうる」


 若者の言葉に、ブルーノはきっぱりと答えた。

 それまで以上に強い語調に、若者たちは「うっ」と一瞬言葉に詰まった。


 駆け出しの冒険者たちの初クエスト――ファングラット討伐のお目付け役。

 それが今回、ブルーノの引き受けた仕事だった。


 ファングラットはウサギほどの大きさの魔物だ。

 狂暴な性質で旅人に襲いかかるが、牙には毒もなく、足もあまり速くない。

 街道沿いに出没でもしなければ、大きな被害が出ることもない。


 かといって、あまり放置して増えすぎるのもよくない。

 害獣駆除という程度の、緊急性の低いクエストだ。


 新人の冒険者は必ず、ギルド指定の難易度の低いクエストを受けなければならない。

 そう、この冒険者ギルドは定めていた。


 それも、ベテランの冒険者の同伴、及び指導が義務付けられる。

 指導役の冒険者が合格を出すまで、新人冒険者は自由にクエストは受けられない。


 それが、新人たちには気に入らないようだった。


「はぁ~、なんで冒険者ギルドに基礎講座チュートリアルなんてあんだよ」

「なあ? 俺たち冒険者ギルドに登録する前からファングラットどころか、灰色熊グレイ・ベアくらい余裕で討伐してたっての」


 ぶつぶつ文句を言う新人たちに、ブルーノは根気よく装備の点検の重要性を説き続けた。

 だが、彼らの心にとどいている様子はなかった。


「なあ、おっさん。装備に関してなら、俺たちからもあんたに一つ指摘できるぜ」

「なんだ?」


 はじめて、ブルーノは若者の言葉に聞き返す。


「そのペンダント、似合わねえからやめとけよ」


 彼の言葉に、残りの者たちが爆笑する。


「おいおい、ソレ言ってやるなよ。俺ツッコむのガマンしてたのに」

「女にモテたくて付けてんだろ。逆効果だって」

「やめとけ~。おっさんかわいそ過ぎる~」


 ぎゃはぎゃはと笑って言い合う若者たちに、ブルーノは「はぁ~」と長いため息をついた。

 別に、この程度の戯言で怒りは湧かない。

 ただ、言葉で言ってもムダそうだと悟っただけだ。


 ブルーノは、ほとんど予備動作なしに若者のひとりの頬を張った。

 張り手などという、生ぬるい衝撃ではなかった。


「ぐぎゃっ!?」


 若者の身体は椅子から吹き飛び、テーブルを派手な音を立ててひっくり返しながら、床に転がった。


 ――ギルドの中で揉めたくはなかったんだがな。


 ブルーノは内心でもため息をつき、色めきたつ若者たちを睨みつけた。

 さすがに彼らとは年季が違う。

 ブルーノから発せられたホンモノの殺気に、若者たちは立ちすくみ、抗議の声も上げられなかった。


「黙って聞け、ルーキーども」


 ドスの聞いた低い声でブルーノは告げる。


「貴様らが準備を怠ってどこで野垂れ死のうが勝手だ。だが、今回限りは俺に従え。五体満足でお前らのクエストを終わらせるのが俺の仕事だ。俺の指示は絶対だ、とギルド職員からも言われたはずだな?」

「ぐっ……」


 まだ若者たちは何か反論したそうだったが、それをひと睨みで制す。


「さっき誰だったか、なんでこのギルドにチュートリアル制度があるのか聞いてたな。せっかくだから話してやる。この制度が設けられる、きっかけになった一つの事件だ。なに、くだらない話だ。聞いてどうするかは、お前らで判断しろ」


 そう前置きして、ブルーノは語り始めた。

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