第3話
ラムダを待つ間、つい大きくため息をついてしまう。
理由は簡単だ。先程の馬車の中のことだ。
『好きな人』
あぁ、ジャックドアの事だ。決して自分の事ではない。つけあがるな。
そもそも、ラムダが好きな物を詰めに詰め込んだキャラクターなのだから、嫌いなわけがない。
僕はただ、それを演じているだけ。
演じて、その仮の姿を好きになってもらっているだけ。
仮面を外してしまえば、ただの幼い時から一緒にいる、他より少し勝手の良い使用人。
「はぁ……」
風に攫われ、足に絡みつく新聞紙を拾い上げれば、そこに書かれていたのはジャックドアの悪口の記事。
”窃盗” ”強盗” ”殺人”
どう取り繕っても、それらが犯罪であることに変わりはない。
悪党に正義の鉄槌を下すため、情報提供を呼び掛けるもののようだ。
「ウェルカム家も気を付けた方が良いですよ。ジャックドアは、貴族ばかりを狙う悪党ですからね」
店に来ている貴族の付き人が、自分の手にしている記事が見えたのか、声をかけてきた。
「近頃、下級貴族のお嬢様方に、本気で熱を上げる方がいらっしゃるらしく、旦那様方も困っているようでして……ウェルカム家の方々は、そのような賊に熱を上げられることはないでしょうが、お気を付けください」
「忠告感謝します」
既に、十分お熱です。
「あの仮面を剥いでしまえば、出てくるのは、
「全くもってその通りです。本当の姿を見てしまえば、100年の恋も冷める。というものですね」
「ははは、詩的な表現だ」
向こうの主人が戻ってきたのか、その付き人は小さく礼をして、主人の迎えに向かった。
「おかえりなさい。ラ、ムダ」
しばらくして、戻ってきたラムダは、何故か妙に不機嫌だった。
この店は、ウェルカム家の経営している会社の子会社だ。粗相など、本家の機嫌を損ねるようなことをするはずがない。
というか、したらその瞬間、一家丸ごと路頭に纏うことになる。
だが、ラムダは何も言わず、馬車に乗り込んだ。
外では、話すことができない会話ということだろう。俺も、足早に馬車へ乗り込んだ。
「ジャックドアの偽物が出た」
なるほど。そういうことか。
「でも、わかってたことじゃない? ジャックドアは、表に出る存在だから、模倣犯が必ず出ることは想定されていたじゃない」
そう。それは最初から想定されていた。
傍から見れば、模倣犯か、本物かはわからない。
だから、ただの噂になっている義賊の真似をして悦に浸りたいだけの愉快犯と、ジャックドアの名声を地に落としたい敵対勢力、そのどちらからも狙われることは想定されていた。
加えて、ラムダが模倣犯たちを、”解釈違い”だと罵るであろうことも、想定済みだ。
「そうね。解像度の低いジャックドアが出てくる可能性は想定済み。シャックドアとでも言っておくわ」
「うん。別物ね。わかった」
「……でも、今回はそういうことじゃない」
静かに、こちらに目をやると、ラムダは言葉を続けた。
「今回の偽物、どうやら貴族が噛んでるみたい」
ジャックドアは、貴族から奪った金を、民衆に分ける義賊だ。貴族たちからの好感度は低く、民衆からは称えられる存在。故に、民衆からの信頼を無くすために、貴族が手を回してくる可能性はある。
「シャックドアは、貧しい民をなぶり殺しにする。とか?」
ジャックドアの根幹を揺るがす内容だ。
「違う」
だが、ラムダは低い声で否定した。
「シャックドアは、貴族の若くて美しい女を、犯して、辱めて、殺す」
「……はい?」
ラムダの口から発された言葉を、理解できなかったわけではない。
むしろ、相手の目的が、全く理解できない。貴族の若くて美しい女を襲うという事実に何の意味があるというのか。
「だーかーらー!! 紳士キャラもクソもへったくれもない設定なの! 読解力あんのかしら!? 貴族とは思えない教養の無さよ!!」
「えっと、その、怒る理由、それでいいの……?」
馬車を揺らすほど暴れるラムダを落ち着かせると、不機嫌そうに腕を組んで、こちらを睨むように見つめる。
「腹が立つから、私が囮をするわ。本物の
「あ、はい」
もう、なにも、言うまい。
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