新生活初めての危険

とりあえず 鳴

クビの危機

 私は今、社長の目の前に居る。


 何故かって?


 心当たりはあるけどわからない。


「……」


「……」


 ずっとこの調子で無言の時が流れている。


 呼んだのは社長なのだからせめて話し出して欲しい。


 ちなみに私の心当たりは、今日の遅刻。


 入社して半年が経った今日初めて遅刻をした。


 だからきっと「最近の奴はたるんでる」的なことを言われるに決まっている。


 社長も暇ではないだろうから、そういうのは私の直属の上司がやるのだろうけど、見せしめの意味もあるのかもしれない。


 正直社長は顔が怖いからこうして面と向かってるだけで精神が削られる。


「えっとだな、なんでここに呼ばれたか聞いてるか?」


「あ、いえ何も」


 やっと話してくれたと思う自分と、始まってしまったと思う自分がいる。


 でもどうせ終わるのなら早い方がいい。


「そうか、仕事に不満なんかはあるか?」


 やっぱり遅刻のことだ。


 最初に仕事への不満からの遅刻だと思ってくれるあたり優しいのか不安なのか。


「い、いえ。今はまだ覚えることがいっぱいでとにかく頑張りたい所存です」


 とりあえずはこれからも頑張りたいことを伝えておく。


 今回の遅刻は私のせいであって仕事へのストレスとかではない。


 少しでも印象をよくしないとクビになる。


「そうか……。入社してから半年になると仕事に慣れ始めて手を抜いたり、たるんだりするのもいるから頑張ってくれ」


 どうやらあまり印象が良くないようだ。


 遠回しに「お前みたいな奴が増えるんだよ」と言われてしまった。


(また就活か……。やだなぁ)


 私が全て悪いのはわかってる。


 だけど新入社員が簡単に切られるのも知っている。


 前がそうだったから。


「一応決まりだからな。これを書いてくれ」


(直接退職届を渡す為に私を……)


 社長自らそんなことをしてくれるなんて、とてもいい会社だ。


 そんなところをクビになるなんて、私は私を恨む。


「半年でしたけど大変お世話になりました」


「……なんのことだ?」


「え?」


 社長のポカンとした顔が少し可愛いと思ってしまった。


 それはいいとして、私は出された紙を見る。


「アンケートですか?」


「ああ、新入社員には半年経った辺りで会社に対するアンケートを取るようにしてるんだよ。最近は部下からのパワハラとかある時代だし」


「あ、そういう」


 どうやら私の勘違いだったようだ。


 社長が怖かったのは、アンケートの結果が酷いのを恐れていたから。


 そう考えると、社長を可愛く思えてしまう。


「ちなみに何と勘違いしたんだ?」


「実は、今日遅刻してしまいまして」


「ああ、君か今日遅刻したってのは」


 やはり社長の耳にも届いていた。


 つまりそれだけのことをしたのだ。


「確かに酷いところでは遅刻でクビとかあるだろうけどな、一分で頭を下げるような人材をクビにはしないよ。君の上司も『楽しい子ですよね』って言ってたから」


「でも前のところは一秒でクビでしたよ」


 社会に出たら五分前行動は当たり前。


 新入社員なら先輩よりも先に仕事を始めるのが当たり前。


 前のところではそう教えられた。


「それは極端だけど、君は普段からちゃんと仕事をしていて、頑張っていることを聞いているから、一回だけしかも一分の遅刻でクビにするなんて言い方は失礼かもだけど、そんなもったいないことはしないから」


 社長の言葉を聞いて涙が出そうになる。


 私は昔から何をしても空回りしていた。


 というか周りと合わなかった。


 みんなが掃除をサボっている中一人でも掃除をしていて、周りから奇異の目で見られた。


 私としては当たり前のことをやっていただけなのに、私がおかしいことにされる。


 前野職場でも、わからないなりにコミュ障だけど頑張って話しかけて聞いてみたりしたけど「そんなのもわからないの?」「自分で考えたら?」と返されるだけ。


 だから自分なりに理解して進めていたら「なんで人に聞かないんだ」と聞いた相手に怒られもした。


 それでも頑張って仕事を続けていたけど、私は何も聞かないで自分勝手に仕事をする無能扱いされた。


 そして最後は一秒の遅刻(先輩からのパシリ)でクビという名の自主退職をした。


「やばいよ、新入社員泣かしたって責められる。昇進とかで許してください」


 社長が冗談を言って慰めてくれた。


「失礼ですけど、社長って面白い人ですね」


「ただの小心者だよ。君と同じで頑張ってただけ。だから君も頑張っていけば社長にだってなれるよ。だから辞めないでくれる?」


 社長が捨てられた子犬のような寂しそうな顔で言う。


「それパワハラですよ。でも、そんなパワハラなら受けたいです」


 こんな優しい社長のいる優しい会社を辞めるなんてありえない。


 私はこれからも頑張っていけると確信した。


「いつか社長の座を奪いますね」


「出来るだけ早く頼む。社長って辛いんだよ……」


 状態のつもりだったのに社長が縋るような目をする。


 そんなことを言われたら私もなりたくない。


 だけどこの会社で頑張ることには嘘は無い。

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