いつもそそっかしいから

惣山沙樹

いつもそそっかしいから

 弟の弘明ひろあきはいつもそそっかしい奴だった。

 赤信号で飛び出すから、俺が慌てて襟首を掴んで目の前をトラックが通って行ったこともあったし、食事の時はすぐコップを落とすから俺がキャッチしたし、高校生になってもよそ見をしながら歩くので、電柱にぶつかりそうになって俺が間に挟まったし、本当にろくなことがない。

 そして、弘明の大学共通入学テストの日だ。もう大学生になっていた俺は、朝食をしっかり食べさせ送り出したのだが、ふと悪い予感がして弘明の部屋を見たら、机の上に受験票が置きっぱなしになっていた。


「あいつ……!」


 最悪、本人確認ができれば受けられるとは聞いていたのだが、あった方が余計な動揺がなくていいだろう。慌てて駅に着いたが次の電車は十五分後。弘明に電話をしてみたが出なかった。とりあえず今俺が向かっているという状況を伝えた。

 会場は近所の国立大学だった。今から追い付けば時間はたっぷりあると思い呼吸を整えた。長い間あいつの兄をやっている俺だ。さらに不吉な考えが頭をよぎり、弘明からの返信を待った。

 呑気なスタンプと一緒にありがとう、校門で待ってるとの返事がきた。確かめるのがこわかったが、どこに向かっているのか聞くと、弘明が志望している私大だった。やっぱり。

 そんなわけで、俺が先に受験会場に着いた。タバコを吸いたいのを我慢しながら、イライラと待った。弘明は金髪で背も高いし探すのが楽だ。来ない、まだ来ない、とスマホで時計を見ながらやきもきした。


「あっ、兄ちゃん。ありがとね」


 まるで緊張感のないのんびりした態度で弘明が歩いてきた。


「もう十分前だぞ! これ持って早く行け!」

「はぁい」


 朝からぐったりだ。俺は駅前に戻って喫煙所で一服し、帰宅して二度寝した。

 夕方になり、のっそりと身を起こすと、ちょうど弘明が帰ってきた。


「弘明、ちゃんと解けたか、名前書いたか、裏面ないか見たか」

「もう、大丈夫だってば。お昼持っていくの忘れてたからもうお腹ぺこぺこ」

「そこは忘れたのかよ」


 母が作り置きしてくれていたカレーを温めて二人で食べることにした。


「あっ、僕目玉焼き乗せたい。作ろうっと」

「待て待て、兄ちゃんが作る。お前いつもそそっかしいから」

「卵くらい僕が取るよ」


 そうして冷蔵庫から卵を掴んだのだが、手を滑らせたので俺が受け止めた。


「ほら……もう……」

「ごめんごめん」


 こんなので本番大丈夫だろうか……。私大の一般入試を翌週に控えていた。今度は受験票じゃなくて文房具とか忘れそうだし、当日の朝はカバンの中身から何からキッチリ確認してからでないと外に出せないな、と思う俺だった。

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いつもそそっかしいから 惣山沙樹 @saki-souyama

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