クリスとクリスの突撃!大迷宮!! ~マフィアの大ボスをうっかりブッ〇したら地下迷宮の冒険をするはめになった話~

八葉

第1話 事故だと主張したいです

月の綺麗な夜のことである。

惨劇があった。

ある生命いのちの終焉があった。


亡骸と化した男が空を見上げて横たわっている。

破壊された顔面の……それでも残った眼が虚空を睨みつけるかのように爛々と輝きを放っている。

それはまるで己の運命を呪う憎悪と憤怒の炎を宿したかのような眼光であった。

だが実際にはもうその眼は何も見てはいない。

その男が呼吸をしていたのはほんの数分前までである。


そしてその遺骸の傍らに立つ1人の女性がいる。


クリスティン・イクサ・マギウス……彼女は女神エリスを信奉するシスターである。

女性としては身長がかなり高い。180台前半だ。

高身長は彼女にとっては若干のコンプレックスである。

せめて人並みの背丈で生まれていればと考えた事てため息をついた回数は数知れず。

瞳が大きく愛嬌があり整った顔立ちをしている。髪の毛は銀色。

性格は明朗でありよく笑い、よく泣く。


……そんな彼女は今。


「まっ……ま、またやってしまいました!!!」


自らがたった今殺めた男の亡骸を前に愕然としているのだった。


立ち尽くす彼女にゆっくり近付いてくる1人の男。

まず人目を引くのは真っ赤な髪の毛。襟足に短い編み込みがある。

鋭い怜悧なツリ目で顔立ちはどこか女性的であり口はへの字の仏頂面だ。

紺色の拳法着に身を包んだ彼の身長は160前後。

彼の名はクリストファー・リュー


元暗殺者であり現在は修行中のラーメン屋である。


「いつもの事だろう。一々騒ぐな」

「いつもの事でこうなっちゃうから騒いでるんですよ!!」


静かに言う赤い髪の男に悲鳴を上げているクリスティン。

リューは倒れている男の脇にかがみ込む。


……男の顔面は生前の面相がわからないほど破壊されていた。

既に息はしていない。

ブロンドで浅黒く日焼けした初老の男。

体格が良く高級そうなスーツに身を包んでいる。


この男の名はザグレス・ミューラー。

数千人規模の巨大な闇組織の首魁ボス……男。

……そう、ほんの数分前までは。


今はただの物言わぬ骸。

その亡骸の脇に跪き、半泣きで女神に祈りを捧げるクリスティン。


それは、月の綺麗なある夜のことであった。


────────────────────────


時は半日前に遡る。


空に向かって聳え立つ無数の煙突が黒煙を吐いている工場が立ち並ぶ都。


「……凄いですねえ。もくもくですよ」


大きな荷物と革製の覆いを付けた大剣を背負った旅装のクリスティンが煙突を見上げている。

煙突自体が珍しいわけではないがここまで並んでいると壮観だ。


「『鋼鉄はがねの都』というくらいだからな」


答えるリューの声はいつものように淡々としている。


フィロネシス王国、王都ロンダン。

旅するラーメン屋とシスター……リューとクリスティンの2人は今そのロンダンの都へとやってきていた。

フィロネシス王国は大陸の西側に位置し豊富な金属資源による工業の発展で急速に近代化の進んだ大国である。


そして、2人の旅の目的は……。


「帆立の貝柱だ」

「はい?」


露店市を回るリューの言葉に思わず気の抜けた返答をしてしまったクリスティン。

そこかしこで景気の良い呼び込みの声が掛かる市には沢山の海産物が売られている。

フィロネシスは海に面した国だ。

漁や船を用いた交易も盛んである。


「後は昆布と……片口鰯の吟味もしたい」

「ああ、スープのお出汁にするんですね」


納得のいったクリスティンがそう言うとリューは無言でうなずいた。

より美味く、より商売に適したラーメンを探求する旅人リュー。

市に並ぶ海産物を見る彼の目は真剣そのものであった。


市での買い物を終えた2人の前を蒸気式の自動車がエンジン音を響かせて通り過ぎていく。


「はぇっ!? り、リュー! 何やらお馬さんのいない馬車が走っていったのですが!?」

「あれは自動車だ。蒸気式の原動機エンジンで動いている」


走り去る自動車を見送って1人でわちゃわちゃしているクリス。

そんな彼女にリューは冷静に説明する。


「あ、あれが自動車……ですか。話には聞いていましたが見るのは初めてです」


まだ半ば呆然とした様子のクリス。


「不思議なものを見ました……。なんだか物語の世界に迷い込んだみたいですよ」


うーん、と唸ってクリスは目を閉じて腕を組んでいる。

彼女のいた国ではまだ自動車は走っていない。

というより自動車を実用化させた国は世界中でもまだ片手の指で数えられるほどしかないのだ。


「いずれ世界に広がるだろう。徐々に馬車の時代は終わる」


そう静かに告げて赤い髪の男は目を閉じた。


────────────────────────


初日の散策を終え、2人は宿を決める。

選ぶ基準は厨房を借りられるかどうかだ。

幸いにして首尾よく追加料金で厨房を貸してくれる宿が見つかり2人はそこに滞在することに決めた。


夕食時のこと。

宿は1階がレストランになっているタイプであり2人はそこで夕食をとっている。


「……………………」


口数が少なくムスッとしているリュー。

それはいつもの事なのだが、慣れているクリスティンは彼の様子が普段とは若干異なっていることに気付いていた。


「ご機嫌斜めです……?」

「ああ、少しな」


否定せずにリューが頷く。


「……まさか、ラーメン屋がないとはな」


そう言って彼は短く嘆息した。

……そうなのだ。

このロンダンの都にはラーメン屋が1軒もなかったのである。

この事実は少なからずリューを失望させ打ちのめしてもいた。


「ラーメンは東から来た料理ですからね。西側のこの国ではまだ一般的じゃないんですね」

「怠慢だ」


誰に対する怒りなのかはよくわからないが、とにかくリューは怒っているようだ。

そもそも住民はラーメンという料理そのものを知らない者も多かった。

店の場所を訪ねてもその料理の存在すら知らないのだからどうしようもない。


「そのつもりはなかったが、この有様ではある程度納得のいくスープが出来上がったら屋台を引かなければならないか」

「……ラーメンの伝道師さんですね」


ラーメンの啓蒙活動を行う気のようだ。

真剣な顔で呟いているリューに苦笑するクリスティンであった。


食事をしながら言葉を交わしているリューたちのテーブルに1人のホールスタッフがやってくる。


「……あれ?」


小声で呟き小首を傾げるクリスティン。

2人の前に注文した覚えのないワイングラスが置かれる。


「あちらのお客様からでございます」


スタッフはそう言うとリューに一通の封筒を手渡し、ワインをグラスに注ぎ始めた。

示された方を見る2人。

1人のロングコートに鍔のある帽子の男が会計を終えて店を出る所だった。

慌ててクリスティンが男に頭を下げる。


「………………」


2人の視線に気付くと男は帽子に手を掛け、軽く持ち上げて会釈して店を出て行く。

襟を立てていて人相はよくわからなかった。


「ど、どちら様なのでしょうか?」

「……知らない男だ」


リューはそっけなく言うと封筒から出した二つ折りの紙にさっと視線を走らせる。


「『良い旅を』だそうだ。外国人観光客に対するちょっとした心配りのつもりだろう」

「そうでしたか。そういう事でしたら……遠慮なく」


上機嫌にクリスはグラスを傾ける。


「あ、美味しいです。いいお酒ですね」

「そうか」


短く答えてリューもグラスを手に取った。


────────────────────────


その夜のこと。

夜半近くになり宿を出る人影が1つ。

クリストファー・緑が静かに夜の街へと歩き出す。


「……………」


時刻は深夜に差し掛かり周囲に他に人影はなかった。

月明かりの下で散策に出ようというのではない。

赤い髪の男には目的地がある。


『良い旅を』


リューが口にした手紙の文面だ。

……嘘は言っていない。

あの手紙には確かにその一言はあった。

だが、悪意の込められた皮肉としてだ。

手紙は宛先を『赤い髪の死神』……リューの暗殺者時代の通り名として呼び出しをかけるものであった。

時刻を0時とし、場所は埠頭を指定してあった。


『因縁に決着を付けたく思う』


……自身への報復を示唆する言葉も記されていた。


赤い髪の男は無言で埠頭へ向かう。

差出人の名は無かったが心当たりなど掃いて捨てるほどある。

今までも何度もあったし、これからもきっとあるだろう。

できれば……彼女は巻き込みたくない。

だが、ままならない。


リューが生まれ付いて持つ得意な能力。

自身の周辺に張り巡らせた感知のオーラが告げている。

宿から自分をこっそり尾行する長身の女性の存在を……。


こうなればもう止むを得まい。

饒舌とはお世辞にも言えない自分の説得で彼女を帰らせるのは無理だろう。

このまま……行くしかない。


そして一定の距離を保って彼の後を追うクリスティン。


(やっぱりこういう事になりましたね)


リューの様子がおかしい事は気付いていた。

こういう事になるのではないかと彼の部屋の様子を窺っていたら案の定だ。

ちなみにうとうとしていたのでもう少しリューが宿を出る時間が遅くなっていたら見過ごしてしまっていただろう。


(なんだかな~……何かあるなら相談して欲しいんですけどね。やっぱり私じゃ頼りにならないのでしょうか)


口の中でため息を漏らすクリスティン。

パートナーを自負する彼女であるがリューとは潜ってきた修羅場の数が違いすぎるのも厳粛な事実。

荒事から自分を遠ざけようとするのは彼の優しさでもあるとはわかってはいてもお荷物になっているのではないかとクリスが悩んでしまうのも無理からぬ所であった。


────────────────────────


約束の時刻数分前にリューは埠頭へ到着した。


……いる。


姿を視認せずとも感じ取れる。

そこかしこに敵意と殺意が渦巻いている。


不意にカッと照明に照らされ眩しさにリューが顔を顰めた。


「よく来たな、クリストファー・リュー


野太い男の声が夜の埠頭に響く。

そして現れた男たちが遠巻きにリューを取り囲んだ。

いずれも武装した見るからに堅気ではない者たちだ。

そしてリューから見て真正面に立つ彼らの首魁らしき男は濃い灰色のスーツに身を包んだ体格のいい日焼けした初老の男であった。


「会えて嬉しいぜ。リュー」

「用件があるのなら手短に済ませろ」


冷たく言い放ったリューに灰色のスーツの男は肩をすくめた。


「ハッ! 自己紹介くらいさせろよ。オレはザグレス・ミュラー。……この名に聞き覚えはあるか?」


ザグレスと名乗った男にリューが無言で肯く。

ザグレス・ミュラー……初対面ではあるが知識としてその男の名前は知っている。

漆黒ブラック血盟団ブラッド』と呼ばれる巨大犯罪結社の首領ボス


「オレはツイてるなぁ、リューよ。会いたくて会いたくて仕方がなかったお前が自分からこの国にやってきてくれるとはな。手下からお前の入国を聞かされた時は思わず小躍りしそうになっちまったぜ」


ニヤリと獰猛な笑みを見せてザグレスは懐から拳銃を取り出しその銃口をリューへと向ける。


「息子の仇だ。ここで死んでもらうぜ」


僅かに目を細めたリュー。


「人違いではないのか。俺はこの国に来た事はない」


口には出さなかったがリューは過去に殺めた名のある裏社会の大物は全て記憶している。

漆黒の血盟団はこのフィロネシス王国を裏から支配している組織でありその首領は影の国王とも呼ばれている。

そんな男の息子を殺したのなら自分の記憶に残っていないはずがない。


「フン、お前が自覚がないのも無理はねえ……」


鼻を鳴らしたザグレス。


「当時オレは息子を手元に置いてなかったからな。我が家のしきたりでよ。子供は若え内に友好団体に数年間修行に出されるんだよ。オレも義兄弟がボスをやってる東の組織に息子を出向させてた。オレの子だって事はそこのボス以外には伏せてな」


ボスの顔の影が濃くなる。

引き金に掛けた指が一瞬揺れた。


「その組織がお前の組織と抗争状態になった。……もう話の概要は見えたか? 組織の上層部は乗り込んできたお前らに皆殺しにされた。オレの子を殺したお前はボスの側にいた若い衆の1人としか思わなかっただろうぜ」

「そういう事か」


淡々とリューが言う。

敵対組織に乗り込んで幹部とその取り巻きを始末した事なら何度かある。

その中に紛れていたのなら自分がやっているかもしれない。


「その日からオレはお前への復讐を忘れたことはねえよ。何度も刺客を送ったがお前を殺せるヤツはいなかった。そのお前がわざわざオレの本拠地へやってくるとはなぁ」

「ご苦労なことだ。道理で捕捉されるのが早いわけだ」


銃口を突きつけられていてもリューは平然としている。

軽く首を横に振ってから赤い髪の男は言葉を続ける。


「意趣返しならやめておく事だ。お前の望みは叶わない」

「ほざきやがれリューッッ!!! ここがてめえの墓場だ!!!」


怒号と共に銃声が鳴り響く。

リューはその銃弾をサイドステップで回避するとそのまま自分を取り囲んだ男たちの中へ飛び込んだ。

錯綜する怒号。

場は混戦状態に陥った。

こうなるともう銃器は使えない。

リューは徒手空拳、男たちは刃物や鈍器で武装している。


ザグレスが連れて来た組織の構成員たちはいずれも腕利きばかりであったが、それでもリューの驚異となれる者はいなかった。

赤い髪の死神の拳術が容赦なく襲い掛かる男たちの命を掻き消す。

1人、また1人と眼前で仲間を失っても怯む者はいなかった。

いくら屍を重ねても躊躇なく男たちは次々に襲い掛かってくる。


……そしてその乱戦の様子を離れた場所からクリスティンが見守っていた。


(あわわわわわ……結局こういう事になってしまいました! どうしてこう皆さん血気盛んなんでしょうかね……)


息を飲んで状況を見守っているクリス。

リューはまったく表情を変える事無く襲ってくる男たちを次々に地に這わせている。

素人目にも援軍の不要がわかるほどにその体術の切れは卓絶していた。


(……あ)


そしてクリスは気が付いた。


密かにリューの死角の物陰から銃で彼を狙うザグレス。

酷薄な笑みを浮かべ狙いを定める男。

銃口が向けられている先はリューの後頭部だ。


「こらーッッッ!!!!」


叫んだクリスティン。

同時に彼女は咄嗟に手に触れた何かをザグレスに向かって投げ付けた。


それは……重量が50kg以上にもなる廃棄される予定の大型船の金属部品。


クリスティン・イクサ・マギウスは先祖に竜を持つ血族の末裔。

竜の血が濃く出ている彼女は腕力が常人を凌駕している。

そして更に危急の際には瞬間的に普段の数倍の腕力を発揮するのである。

そんな彼女が投げ付けた鉄塊は高速で虚空を駆けザグレスの顔面に見事に命中した。


「……ブがッッッ!!!????」


絶叫を上げて血飛沫をまき散らしながら倒れるザグレス。


「ああああああああああああああああ!!!!???」


悲鳴を上げるクリスティン。

牽制のつもりで当てる気はない投擲だった。

だが投げた側と投げられた側、両者にとって無情にもそれは命中してしまった。


仰向けに倒れているザグレスに駆け寄るクリスティン。

祈るような心地で男の生死を確かめる。


無残に顔面を砕かれた男は既に息をしていなかった。


「まっ……ま、またやってしまいました!!!」


天を仰いで半ば悲鳴となった声を上げるクリス。

その彼女にリューが近付いてくる。

彼が相手をしていた20人近くの男たちは全員打ち倒されている。


「いつもの事だろう。一々騒ぐな」

「いつもの事でこうなっちゃうから騒いでるんですよ!!」


裏返った声で言うクリスティン。

リューがザグレスの亡骸の傍らに屈み込む。


「顔面が砕かれて頚椎もへし折れている。一撃必殺……いい腕だな」

「褒めないで下さいってば……」


グッタリして彼女は両肩を力なく落としている。


「俺を庇ったんだろう」

「……………………」


リューには感知のオーラで背後から自分を狙っているザグレスの存在は察知できていた。

つまりクリスティンのした事は彼にとってはまったく不要な救援だったのだが……。

彼はそれを口にしようとはしない。


リューの言葉にクリスがゆっくりと伏せていた視線を上げた。


「どうせ他は全員俺が殺しているんだ。この男も俺が殺したことにしておけばいい」

「……いえ、別に私は責任の所在から逃れたいわけではなくてですね……」


虚ろな目をしているクリスティンであった。


「とにかく、これでもうこの国にはいられなくなった。急いで出国するぞ」

「あ、あのこの人は一体どういう……」


恐る恐る尋ねるクリスを立ち上がって無感情に見つめるリュー。


「裏社会の大組織のボスだ。この国の影の支配者と言われている」

「ぐぇ」


クリスティン、首を絞められたようなヘンな声を出す。


「……お前はよく権力者を殺すな」

「否定はできませんけど、事故だと主張はしたいです」


投げたものが狙った箇所には行かないノーコンなのは元々なのだが、それにしてもこう致命的なずれ方をするものなのか。

運命の悪戯に陰鬱にため息をつくしかないクリスである。


「……これは酷いな。お嬢さん、見かけによらず残酷な事をする」


『!!!!』


リューとクリスティンの、そのどちらのものでもないその声は唐突に2人の耳に入った。


いつその場に現れたのか……。

襟元を開けた白いシャツに黒の上下を着た大柄な男がザグレスの遺体の傍にしゃがんで様子を確かめている。


(気付けなかった! こんなに接近されているのに)


かばう様にクリスティンの前に立ちリューが構えを取った。


「そう殺気立つ必要はない、クリストファー君。こちらに戦闘の意思はない。今のところはな」


そう言って男が立ち上がる。

巨体だ……ゆうに2mは超えているだろう。


(獣人……)


リューが眉間に皺を寄せて目を細めた。

立ち上がった男の頭部は人のものではなく漆黒の体毛に覆われた豹のものだ。

黒豹の獣人である。


警戒を解かないリュー。

目の前の獣人の言葉を額面通りに受け取るわけにはいかない。

この巨体で完璧に気配を殺していた。

奇襲を受けていたら深手を負わされていた可能性も高い。

……かなりの使い手だ。


「紳士的にいこうじゃないか。流石にシェイクハンドという状況でもないだろうが……」

「お前もブラックブラッドのメンバーか」


どうにも獣人らしくない獣人だ。

その奇妙さがこの場で交戦するべきかどうか……リューの判断を迷わせる。

いずれにせよ戦えば死闘になる。それだけは確実だ。


リューの問いに獣人は軽く首を傾ける。


「どうかな……そうでもあるし、ないとも言える。少なくともこの場には二代目ジュニアの要請を請けてやってきた」


胸に右手を当て優雅に一礼する獣人。

これもまた、総じて粗野な者の多い獣人らしくない仕草である。


「自己紹介が遅れたな、私の名はメギド」


メギドと名乗った黒豹の獣人。


「さて、不躾だがご同行願おう。二代目ジュニアにはと言われているのでな」

「……!?」


あまりに奇異な申し出にクリスティンは思わず言葉に詰まって目を白黒させる。

ボスの殺害を見届けた後で……?

まるで父親が殺されることが想定のうちであるとでもいうような物言いではないか。


「うーむ、とは言ってみたもののこの時刻ではまだ二代目もお休み中だな」


ポケットから取り出した懐中時計で時刻を確認するメギド。


「よし、では明朝改めて迎えに出向くとしよう。今夜は宿に戻って休んでくれたまえ」


それがいい、とでもいうように満足げに頷くと黒豹の獣人はポケットに懐中時計を戻したのだった。

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