気になるあの子はエイリアン

Yuki@召喚獣

気になるあの子はエイリアン

「エイリアン。私、エイリアンなの。あなたはどう――?」


 じりじりと肌を刺すような日差しも傾いて、この寂れた街をオレンジに染め上げる。


 彼女の長く綺麗な白い髪は、その西日を受けて宝石のようにキラキラ輝いていて。


 到底人の物とは思えない『赤色の瞳』は、僕の心の中を射抜いているようで、僕はそこから一歩も動くことができなかった。


 遠くの空には黒く色づいた雨雲が顔をのぞかせている。


 僕が密かに気になっていたクラスメイトの、星野あかりの秘密を知ってしまったのは、ある夏の日のことだった。







 その日は夏休みにも関わらず全員参加の補修の授業があって、高校二年生の僕は血反吐を吐くような思いでこのクソ暑い中学校で授業を受けていた。


 教室のクーラーはつい先日故障していて、急遽担任と僕らクラスの男子とで学校中探しまわって扇風機を何台か確保して、教室のいたるところに配置してぶん回していた。


 そんなことをするくらいなら補修を中止して家でのんびりさせてくれ、なんていうのが皆の本音だろう。なんなら教壇に立っていた先生だってそう思っていたに違いな。


 いつもは元気な英語の先生も、その日はあまりの暑さに耐えかねていたのか声に張りがなく、授業中に何度も汗をぬぐうその瞳はうんざりしているように細められていた。


 扇風機から送られてくるのは生暖かい風だけで、到底そんな風では涼しくなったりはしない。


 教室の誰もが暑さにやられてぐったりとしている中で、彼女だけはいつもと同じように涼しげな表情を崩さず、綺麗な姿勢で英語の先生の力のない解説を聞いていた。


 星野あかり。


 今年の初めに僕のクラスに転校してきた女子だ。


 長くて綺麗なに、そこそこの高さの背。人形を作る職人が心血を注いで作ったような整った容貌に、音楽家が一つのミスも許さず演奏しているような人を引き付ける声。


 こんな神様に愛されまくったような完璧な美少女がこの世に存在するのかと、誰しもが思った、そんな女の子。


 性格は物静かで、誰かに自分から積極的に話しかけに行っている姿を見たことは無い。でも人と話すのが苦手なわけじゃなくて、話しかけられればしっかりとした受け答えで、物腰柔らかに対応する。


 成績も悪くなくて運動だってできる。テレビに映るような女優とかアイドルとか、ネットで有名なインフルエンサーとか目じゃないくらいの容貌の彼女は、当然ながら瞬く間に人気者に成り上がった。


 女子からの人気もすごいけど、当然男子からの人気は天井知らずだった。


 よく漫画とかライトノベルのような創作物で、毎日のように告白されるような美少女が登場したりするけど、まさか自分の身近にそんな存在が現れるとは思ってもみなかった。それくらい彼女の人気はすごくて、本当に毎日のように男子から呼び出しを受けている。


 少し創作の中と違うのは、彼女はその呼び出しに一切応じていないということだ。


 彼女の下駄箱や机の中に呼び出しの手紙なんかが入っているのは日常茶飯事で、クラスの皆が見ていることだからたいていの人は彼女が呼び出しを受けていることを知っている。


 ただ、彼女がその呼び出しに応じているところを見たという人は誰もいない。当然僕だって見たことない。


 だから、彼女は恋愛にこれっぽっちも興味のない『鉄壁の姫』なんて陰で呼ばれたりする。


 この日も彼女の下駄箱には手紙が一枚入っていて、僕はたまたまそれを後ろから目撃していた。だからと言って別に彼女に何かを言うわけではないけど、そういうのを見てしまうのは少しだけ気まずい気持ちもあって、簡単に挨拶だけして彼女とは別々に教室に入ったのだ。


 このクーラーの壊れた、サウナのように蒸し暑い教室の中で、誰もが汗と一緒に元気と体力を垂れ流してしまっているこの空間で、彼女だけがいつもと変わらない涼し気な様子で授業を受けていて。


 僕は、そんな彼女の様子がとても気になったのだった。






「星野さん、お疲れ様。後は僕がやっとくから先に帰ってていいよ」


 僕と星野さんは同じ美化委員会に所属していた。


 美化委員会は普段特に仕事があるわけじゃないけど、ひと月に一度校内の清掃を全員でするという決まりがあった。


 普通は夏休み期間中やるものでもないだろ、とは思うんだけど、僕が通うこの学校は夏休み期間中も補修という名の全員参加の授業が普通に行われていて、夏休みの五分の三くらいはみんな学校にいるのでこういった委員会活動も普段と変わりなく行われたりする。


「ありがとう。でも、こういった委員会の活動はちゃんと最後まで責任を持ってやるべきだと思うから、私も最後まで残るわ」


 いくつかある口の開いたごみ袋の一つに手をかけながら、星野さんはそう言って帰ろうとはしなかった。


 星野さんと同じ美化委員になったのはただの偶然で、担任がただくじ引きで決めただけだ。クラスの男子からは相当やっかみを受けたけど、別に僕が狙ってやったわけじゃないし、星野さんは『鉄壁の姫』だからしばらくすると何も言われなくなった。


「じゃあ二人でパパっと終わらせてさっさと帰ろっか。今日は夕方から雨が降るらしいし、その前には帰りたいしね」

「そうね。雨は少し――そう、少し困るもの」


 そう言った星野さんの顔を、僕は思わず横から眺める。


 なんだか不思議な物言いで、それはまるで自分に言い聞かせているように聞こえて、僕はそれが少し気になったのだ。


「雨、嫌いなの?」

「嫌いなわけじゃないわ。ただ少し……都合が悪いだけ」


 何か引っかかるような言い方をした星野さんは、それ以降口を閉ざしてごみ袋の口を縛る作業に戻った。


 それから大した時間もかからずにごみ袋をまとめ終わった僕たちは、それを焼却炉に入れると教室に戻った。


 教室は相変わらず茹るような暑さで、放課後になって扇風機も止めてしまっているから風もなく、一秒でも早く家に帰りたくなるような状況を演出してくれていた。


 僕と星野さんは特に会話をすることもなく荷物をまとめ終えると、二人で教室を出た。


 僕も委員会で一緒になって始めの方は星野さんと一緒になったことに舞い上がっていろいろ話しかけたりもしたものだけど、あまり会話が盛り上がることもなかった。そのうち星野さんは僕との会話がつまらないんだな、と遅まきながらに悟って、あまり星野さんに話しかけるようなことはしなくなった。


 僕はこれでも思春期ど真ん中の男子高校生で、星野さんは誰もが振り返る超絶美少女だ。星野さんと仲良くなりたくないなんてことはあるわけないし、もしかしたらチャンスがあるかも? なんて浮かれたこともあったけど、結果は御覧の通りだ。


 好かれようというよりは、せめてこれ以上嫌われないようにしようと口を閉ざす。思春期男子の心はガラスのハートなのだ。星野さんみたいな超絶美少女に嫌われたらしばらく立ち直れない。


 二人で靴を履き替えて校門まで歩く。さっきも言った通りここまでで特に会話はない。星野さんは相変わらず涼しげな顔で僕の隣を歩いていて、僕はそんな星野さんに「汗臭くないだろうか」なんて、自分の体臭のことを気にしてちょっと距離を置いて歩いていた。


「それじゃ、また明日」

「ええ、また明日」


 校門を出たところで、僕は星野さんに挨拶をする。星野さんの家の場所は知らないけど、いつも校門のところで反対側に歩いて行くので、僕の家とは反対側のところに住んでいるのだろう。自転車やバスを使っているところは見たことないから、たぶん歩いて通えるような近い場所だ。それは僕も一緒なんだけど。


 放課後に委員会の仕事で校内の清掃活動をしたから、もう時刻は六時頃になっていた。いくら日の長い八月といえど、夏至はとっくに過ぎていてこの時間にもなれば日は傾いてくる。


 僕は白からオレンジに変わった日の光を浴びながら帰路を歩いていった。






 僕が学校に引き返したのはたまたまだった。


 教室の机の中に今日出た課題のプリントを入れ忘れたままだったのを思い出して、それを取りに学校へと引き返した。


 たぶん家にたどり着いていたらめんどくさがって取りに帰っていなかっただろう。僕はそういう怠惰な性格で、一度家に帰るともう外に出たくないと思うタイプの人間だった。


 だから、本当に引き返したのはたまたまで、それ以上の目的があったわけじゃない。


 っていうのは、僕が学校に引き返したのとは全く無関係だった。


 無関係だったはずなのだ。


「ねぇ、あなた」


 学校までの道は見慣れた道で、今更何か新しい発見のあるような場所じゃなかった。


 子供の頃からある駄菓子屋とか、つい最近できたコンビニとか、夏の今では夜にカエルが大合唱する田んぼとか。


「私のこと、認識してるでしょう?」


 そこには『点灯と消灯を繰り返している街灯』とか『空から降り注ぐサーチライト』、『同じ向きを向いて隣り合った信号機』だとかいうものは存在しなかったはずで。


「ふふ……嬉しいわ。あなたが私を認識してくれている、その事実が」


 そして、その意味不明な通学路の中心に立っていた彼女もまた、僕が普段知っている彼女とは違っていて。


 よくある円盤型のUFOみたいなものから降り注ぐライトの真下。


 まるで日本人形のように艶やかで綺麗な長い黒髪は、今は西日の光を受けてキラキラとオレンジに輝く白髪で。


 深い深い海の底のような青みのかかった黒い瞳は、まるで危険を知らせる赤色灯のような赤色に変わっていて。


 彼女が僕の顔に伸ばしてきた指先で、爪が急に鋭く伸びて僕の首に一筋の傷を作り出した。


「星野、さん……?」

「その傷は一生消えないわ。ええ、一生。私が付けた傷をあなたは体に刻み付けるの」


 茹るような夏の日のことだった。


 クーラーのない教室で授業を受け、放課後に委員会の仕事で清掃活動をしただけの、普通の日だったはずだった。


 綺麗なオレンジの日差しがこの寂れた街を染め上げて、遠くには薄暗く染まった雨雲が顔をのぞかせていた。


 日中嫌というほど暑さで流したはずの汗が、今はまったく別の理由で背筋を冷たく流れていく。


「エイリアン。私、エイリアンなの。あなたはどう――?」


 人間では到底体現できないを纏った彼女は、僕にそう言って微笑みかけた。


 激しく揺れる僕の感情に、何故か理解できてしまう


 クラスの気になる女の子がエイリアンだということを知ってしまった、夏の日の夕方だった。











短編なので次の話で終わりです。

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