死にたがり薬剤師の調剤日誌

廿楽 亜久

自殺装置

 ”自殺”といえば、どこから出てきたのか大量の睡眠薬を瓶丸ごとひっくり返すってイメージがある。

 ドラマでよく見かけるおかげか、現実にもわりと多いらしい。


 正直、よくやるなぁ……という感想。


 ”薬”だけではなく世の中の物質には、致死量が存在する。

 身近で言えば、水にも致死量は存在する。


 ここで重要なのは、世の中に発売されているほとんどの薬は、”効果が出る量”から”中毒や死に至る量”の差が、大きなものが採用される。

 でないと、効果ないだの、副作用だの、使いにくくてしょうがないからだ。


 最近の眠剤は、本当に致死量までの量がとんでもない。

 有名どころのゾルピデム。

 販売されている最も大きな規格である10㎎を3000~5000錠、服用しないと致死量ではない。

 もちろん ”一度に” だ。

 血中濃度上げないといけないし。


 過去には、大量の錠剤を一度に飲むために、練って食べやすくして食べたという事例もあるらしい。

 その量が溶かしきれないのなら、固形の体積としては、減っているかもしれない。


 ちょっと想像したくない。

 というか、本当にそんな量どこで仕入れてくるんだか。


 なまじ、ゾルピデムの成分だけを抽出できたとする。それでも30g服用する必要がある。だいたい、コーヒーとかについてくるシュガースティック10本一気飲み。


 ギリギリ、がんばれそう……?


「だからさ、睡眠薬はメインじゃなくて、あくまで補助。バイプレーヤー的立ち位置が、最もQOLを向上させると思うんだよ」

「そこだけ切り取ると、まともなことのように聞こえるのが、一番の問題だと思う。てか、自殺するのにQOLっておかしくない?」


 ”QOL” -クオリティ・オブ・ライフー

 生活の質のこと。

 治療により、患者の普段の生活に、どのような影響を与えるかなどを検討する際に使用される。

 場合によっては、治療を行わず、今までの自分通りに、余生を過ごすという選択もある。


「飲むのが苦痛。悪心、嘔吐とか消化器症状出たら辛いし、死ねなかった時も苦痛。自分で決めた最後人生がそれじゃあ、それこそQOL低下でしょ」

「微妙に納得してしまったのが、悲しい……まぁ、睡眠導入剤の超短期型がオススメなのは、わかる」

「でしょ」

「個人的オススメは練炭だけど、白野の希望は?」

「興味があるのは、カリウムかな」

「カリウム……マジで?」


 カリウムというのは、筋肉を動かすのに、重要な電解質である。

 多くても少なくても、筋肉の塊である心臓が不具合を起こし、止まる。


 そんな大切な電解質のため、普通に生きている分には安定して下がらない。

 だが、増やすことは簡単。外から入れればいいだけ。


 世の中、それで事故がよく起きている。

 あまりに事故が多すぎて、製薬会社がわざわざ色を付けた上に、人体の直接刺さらないプラスチック製針が付いたものを販売するほど。


「でも、全自動自殺装置に使われたのもカリウムだし。エビデンスは高いよ」

「そんなエビデンスいらないよ……」


 かつて、全自動自殺装置を作った医者がいた。

 正確には、余命短く、生きていることが苦痛である人に対して、安楽死を選べるようにと作られた装置である。

 点滴のため、ルートの確保は必要だが、最初に睡眠導入剤を投与することで意識はなくなり、その後、自動的にカリウム投与が始まり、意識のない中で心停止を起こすというもの。

 静かに、痛みなく、きれいに死ぬことができる。


 ちなみに、その行為は、殺人ではないかと言われていたが、あくまでスイッチを押すのは患者本人であり、自殺とされた。


「ま、その製作者の医者は、スイッチも押せない人の代わりに、スイッチ押して、殺人罪で捕まったわけですが」


 医者が、慈愛の心をもって、馬や犬などの動物と同じように、人間にも安楽死を与えようとしたのに、どうしてか、人間には許されないというのが、今の現実。

 なんて悲しい現実なのでしょう。


「……ルート取ってるなら、過量投与容易じゃね?」

「過量投与するより、カリウムの方がコスト面でよいんですが」

「なら、カリウムで」


 ま、あまりに危険って有名だから、カリウムの在庫、毎日数えられてるんだけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る