お嬢様@底辺学校

すらなりとな

れんちゃんどこいった

 ご飯できたから、れんちゃん呼んできてー?


 お母さんからそう言われたのは、ちょどお昼。

 正月休みをいいことに、こたつの中でスマホをいじりながら、だらけていた時だ。


 れんちゃん、というのは私の姉である。

 世間一般から素行不良とされる私と違い、品行方正で通っている優等生である。


 実際はお勉強が得意なだけのコミュ障オタクなのだが。

 成績がいいだけで、世間の評価はいろいろと誤魔化せるのだから、世の中理不尽である。きっと、学校の男どもからも、清楚系で高嶺の花に見えていることだろう。


 そんな姉が、お昼ご飯の時間になっても、部屋にこもったままとは珍しい。

 オタクといいつつ、引きこもりなわけでもなく、寝食を忘れてゲームやアニメにのめりこむわけでもない。規則正しい生活を送る、健康系オタクなのである。


 オタクとは?


 哲学を抱えながら、私は姉の部屋の扉を開いた。

 ノックも遠慮もなしにドアを開けられるくらいには、私たちは仲がいいんだ。


 おーい、オタク、ご飯だぞ?

 かわいい妹ちゃんが呼びに来てあげたぞ?


 返事がない、ただの空室のようだ。


 いや、マジでいないんですけど?

 どこいったオタク?

 パソコンもつけっぱなしだし、トイレか?

 まだペットボトルに手を出してないのは誉めてやろう。

 もしペットボトルに黄色いお茶を注いでたら泣いてやる。お母さんが。


 しかし、待てどもオタクは戻ってこない。

 れんちゃんまだー? という、お母さんの声が聞こえてくる。


 仕方ない、トイレの扉を叩きまくる嫌がらせをやってやろう。

 私は優しいんだ。

 それで勘弁してやる。

 そう思って部屋を出ようとしたら、視界の隅に光るものが引っかかった。


 つけっぱなしの無駄に高スペックなパソコンの前に、きれいな赤いジュエリーが転がっている。

 ルビーだろうか?

 オタクはこういうのに興味がないと思っていたが。

 ついにおしゃれに目覚めたのか?

 いや、まさかな。

 きっと、ゲームかアニメのグッズか何かだろう。

 だいたい、アクセサリーならストーン単体で転がっているのはおかしい。

 せめてチェーンでもあれば見直したのだが。

 それにしても、よくできている。

 ハンドメイドの素材を足してあげれば、デートはともかく日常には使えそうだ。

 手に取ってみる。


 ――その直後。


 急に、意識が、遠くなった。



 # # # #



 たんちゃんの様子がおかしい。


 そう思ったのは、お正月休みが明けてからだ。


 たんちゃん、というのは私の親友である。

 ただの友達ではなく、親友である。子どものころからの幼馴染であり、学校でも同じギャルのグループに入っている、一番仲のいい友達なのだ。

 ギャルといっても、別に化粧が派手だったり、肌を焼いていたり、頭が悪かったりするわけじゃない。

 今や多様正の時代。マインドがギャルならみんなギャルなのである。


 ギャルとは?


 いや、そんな哲学はどうでもいい。

 たんちゃんの話だ。

 私と同じギャル――いわゆる優等生グループではないが、陽キャリア充の集まりとみられるスクールカーストに所属しているたんちゃんは、なんと正月休みが明けてから大胆にイメチェンを果たした。


 黒い髪にスカートも折らず着ただけの制服!

 しかし、まったく飾りっけがないわけではなく、ルビーのネックレスが光る!

 それが、腹立たしいくらいに似合っている!

 何より、ギャルには絶対にない、絶妙な陰キャオーラが混じっている!

 どこからどう見ても、完璧な清楚系で高嶺の花!

 いくら多様性が進んだからといって、これはギャルに分類ではない!

 哺乳類と爬虫類くらいは違う!


 こんな伝統の底辺校に、どこのお嬢さんが紛れ込んで来たん!?


 初めはそう思ったくらいである。

 そんな謎のお嬢さんが、当たり前のようにたんちゃんの席――つまりは私の隣の席に座り、ちょっと冷ための平坦な声で、「おはよう」などと声をかけてきたのだから、それはもうヤバイという単語が出てこないくらいヤバかった。

 あまりにもヤバすぎて、陰キャになってしまったくらいである。

 いつもの「え? ヤバい! イメチェン? マジかわじゃん!」が、「お、おう」である。

 ちなみに、陰キャになったのは私だけじゃない。

 クラス全体だ。

 正月休み明けで盛り上がっていた教室は静まり返り、出席を取りに来た先生もたんちゃんの名前をどもりながら二回呼び、恐るべきことに授業もスムーズに進んだ。

 誰も化粧をしないし、いびきも聞こえない。スマホもゲーム機もいじらない。ただ先生が教えるべきことを教え、生徒がノートを取る、恐るべき授業だった。

 それどころか、帰りのホームルームには、みんなで「起立、礼、ありがとうございました」が綺麗にそろってしまう始末。

 いつもの教室に戻ったのは、たんちゃんが静かに教室を出て行ってから。


 ええちょっと、まじヤバいんだけど!

 うん、ヤバい!

 ヤバい! ヤバい!


 ギャルはヤバいだけで会話が成立する。

 もちろん、そんな会話の向かう先は、たんちゃんと一番仲が良かった私。

 同じギャルのグループから、「ねえちょっと、ヤバいんだけど」と聞かれる。

 当然、返事は、「うん、ヤバいね!」である。

 ここでいうヤバいとは「知らない」「心当たりはない」、という意味である。

 そのままヤバいヤバいで盛り上がり、ヤバいまま、つまりは特に進展もないまま、翌日を迎えた。


 たんちゃんは、やっぱり清楚系で高嶺の花のままやってきた。


 どうやら昨日の一件は幻ではなかったらしい。

 が、二日目ともなると教室は落ち着いたもの。

 誰もヤバいなどと言い出さない。

 ギャルはすぐ飽きる生態なのである。


 といって、たんちゃんにいつも通り接したかというと、そうはならない。


 みんなでヤバいヤバいと言いながら、何回か話しかけてみたし、メッセージも送ってみたのだが、反応は薄く、すぐに途切れる。

 何より、ヤバいという単語が返ってこない。

  コミュ障か。

  コミュ障になったのか。

  コミュ障キャラになったのなら仕方ない。

 そんな感想が「あの子ヤバい」の一言で共有され、みんな距離を置き、SNSのグループからも外されてしまった。

 ギャルは陰キャオーラに敏感なのである。


 が、代わりに男子は次々と距離を詰めていった。そして玉砕していった。

 早い話が、強引に告白し断られたのである。

 どうやら、たんちゃんは本格的に清楚系で高嶺の花になったらしい。

 せめて、ふつうのギャルから清楚系ギャルに転向しただけだったら、わが伝統ある底辺校のチャラ男どもにも、ちょっとは可能性はあった、かもしれない。

 そして何より、


 最近、たんちゃん、調子に乗ってない?


 そんなメッセージがSNSに流れてくることもなかったかもしれない。

 どうやら同じギャル仲間のひとり、しーちゃんが彼氏を取られたらしい。

 取られた、というのはしーちゃん視点であり、実際のところは、しーちゃんの彼氏がたんちゃんに告白して振られただけ。

 どう考えてもしーちゃんの彼氏が二股をかけたのが悪いわけだが、八つ当たりをしたくなる気持ちもわからなくはない。


 ねー、ちょっとたんちゃん変わりすぎだよねー!

 でもしーちゃんと二股かけようとした彼氏は絶ゆる!

 気にすることないって!


 みんなで微妙に話をそらしながら、しーちゃんを慰める。

 ギャルは結束力なのだ。

 授業中、みんなしてメッセージを送りまくった甲斐あって、しーちゃんも初めは当たり散らしてたが、徐々に落ち着いてきたのか、


 ちょっと彼氏と話してみるわ


 とのメッセージで終わって、


 ヤバい、助けて!

 彼氏がたんちゃん襲おうとしてる!


 お昼休み、ヘルプコールが来た。

 慌ててしーちゃんに会いに行くと、泣きながら、彼氏に別れ話を切り出された、しかも、たんちゃんとの仲を取り持つよう言われた、断ったら、もういい、頼まない、俺たちであの女襲うわ、とのことだ。


 なにそれホントに彼氏?


 思わず突っ込んだ私は悪くない。

 ギャン泣きし始めたしーちゃんを他のギャル仲間に任せて、私はたんちゃんにメッセージを入れた。幼馴染の私は、普段ギャル仲間で使っているSNS以外にも、たんちゃんと個人でアドレスを交換しているのだ。


 気が付けば数か月も使ってなかったアドレスから、たんちゃんに連絡を入れる。

 返事はすぐに来た。


 いま襲われてる

            は?

     ヤバいんですけど?


 思わず、いつもの調子で返信してしまったが、今のたんちゃんには、これじゃ通じないかもしれない。

 私はメッセージを続けた。


      どこにいんの?

 校舎裏

    すぐ行く、待ってて


 またもすぐ帰ってきた返信に答えてから、校舎裏へ走り出す。

 途中、わざと職員室近くを走った。

 案の定、体育教師から、校舎を走るな、と怒鳴られる。


 先生! たんちゃんが襲われてるんです! 校舎裏!

 それを早く言え!


 さすが、体育教師。

 私なんかあっという間に抜かして、校舎裏へと消えていく。

 慣れてるっぽいのが、実に底辺校である。

 私も、少し遅れて、校舎裏へ駆け込んだ。


 目の前には、チャラ男の手をひねり上げる体育教師!


 しかし、その奥には、たんちゃんに金属バットを振り下ろそうとする、ヤバ男!


 私は、たんちゃんとヤバ男の間に身体を滑り込ませた!

 金属バットは、私の頭のすぐ横、コンクリートに金属音を響かせた!

 しかし、恐怖も安心も感じる前に、たんちゃんが私を押しのける!


 反転する視界!


 ヤバ男の手に、たんちゃんがネックレスを巻き付けたのが、はっきりと分かった。


 危ない、危機一髪。


 ギャルだった頃のたんちゃんからはかけ離れた、平坦な声を響かせたたんちゃんは、ヤバ男の手に巻き付いたネックレスから手を離したと同時、力尽きたように倒れこんだ。


 慌てて助け起こそうとすると、後ろから、鈍い音が、聞こえた。

 ヤバ男が、金属バットで、自らの頭を強打し、崩れ落ちたのだ。


 訳が分からない。


 混乱している私の元に、


 音を立てて、ネックレスが、転がった。


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