第91話 狂気の果ての凶行

 危なかった、結構ギリギリだった。

 ゼロードの振り下ろされた剣を受け止めながら、内心で安堵のため息を吐く。


『親睦会の会場についたら、しばらくは姿を隠して中の様子を見ましょう。私達の時間だけずらしたという事は、到着したタイミングでなにか事を起こすつもりかもしれません』


 馬車の中でシアにそう言われていたから予定よりも早く到着した後は、隠れて会場の様子を観察していた。本当に俺達が到着するよりも親睦会が早く始まったことにも驚きだったけど、もっと驚いたのは俺達が到着したと思わせたときのゼロードの行動だ。

 途中で第三者と交代していることをシアから言われるまで、そうだと気づかなかった。


 会場を抜け出したゼロードが向かったのは俺達が本来いる筈の裏口、ではあるのだが、実際に用があったのは父上の方だったらしい。こともあろうに別邸の中で剣を抜いて父上に斬りかかったときは、正気なのかと疑ったくらいだ。


 突然の事態に父上は驚いていたけど、そこはフォルス家の現当主。ゼロードの凶行に対して、的確に反応して防いでいた。

 あまりの出来事に焦って二人の間に割って入ろうとしたところを止めてくれたシアには感謝している。もしも二人が斬り合っている中に割って入ったら、いくらシアから魔法を受けていても無傷では済まないだろう。


 最終的には儀礼用の剣ではとても防ぎきれないために父上が剣を手放してから、ようやく割って入れたって感じだった。


「っ!? ゼロード! お前、何をしている!?」


「あぁ!? なんで出来損ないがここに居やがる!? どうなってやがる!?」


 叫び声に対して、焦ったように吠えるゼロード。後ろに飛んで距離を置いたゼロードは忌々しいという気持ちを隠すこともなく舌打ちし、俺を睨みつける。しかしすぐに視線が俺から外れ、別の誰かを見て激昂した。


「またてめぇか! 女ぁ!!」


 シアに対して怒号を発したゼロード。それに対して、正反対に静かな返答が廊下に響いた。


「……まさかこのようなことを企てるとは。なるほど、トラヴィス・フォルスを今ここで暗殺して、次期当主の件をうやむやにしようとしたんですね。その罪をノヴァさんになすりつけるために親睦会の時間をずらした……と」


「……嘘……だろ?」


 シアの言葉を聞いて、信じられない気持ちになる。今ここでゼロードが殺そうとしているのは奴にとっても実の父親だ。それを、殺す? いったい何を考えているのかよく分からなくてゼロードを見るけど、怒りに染まった表情に血走った目はとても正気には見えなかった。


「そうだ! 俺は全てを元に戻す! だからそこをどけ、出来損ないがぁ!」


「っ、退くわけがないだろ!」


 なぜゼロードがこんなことをしているのかは理解した。全く共感は出来ないけど、今この場において止めなければならないというのはよく分かった。だから。


 一歩。地面を蹴って前に出る。シアから事前に強化は貰っている。だからこの前と同じように。


 ゼロードを斬れる範囲に来て、剣をほんの少し回転させて刃ではなく腹で撃ちつける。実家の中庭での次期当主を決める戦いの時と同じように、直撃するのを感じたが。


 直後に、全身の毛が逆立った。


 その場からすぐに退けたのはシアの力のお陰に違いない。もし彼女の力がなければ、俺は今頃大けがを負っていただろう。なぜなら、ついさっきまで俺がいた位置をゼロードの剣が薙いだから。


「うそ……だろっ!?」


 木刀よりも強度がある真剣での一撃。戦闘不能にするには十分だったはずだ。けど今のゼロードからはあの時とは比べ物にならないほどの覇気が出ているし、怒りで痛覚が麻痺しているようにも見えた。

 なにがゼロードをここまで怒らせているのかは分からない。けどその怒りはゼロードに新たな段階を踏ませている。


「っ……」


 マズイ。シアの力を貰っている今なら、ゼロードに勝つことは出来る。けど今持っているのは木刀ではなく、刃のある本物の剣だ。これで力任せに戦ったら、ゼロードを斬ることになる。

 いや、ゼロードはここまでの事をした。父上の事も殺そうとした。なら、俺が殺される前に例え……例えゼロードが死ぬことになっても斬るべきだ。


 それは分かっている筈なのに、体がどことなく重い。思ったように動くし、調子も悪くない。けれどどこか歯車の一つがかみ合わないような、そんな違和感が体の中に確かにある。


「くくくっ……はははははっ!」


 不意にゼロードは剣から左手を放して顔を覆い、大きく笑い始めた。あまり良い思い出はないけど、ゼロードが嗤っているところは見たことがある。

 けど今の笑いはそのどれとも違う、まるで別人のような笑い声だった。


「……もうどうにもならないことを悟って、狂いましたか」


 冷静にそうシアが呟いた瞬間。ゼロードの大笑いが不気味なほどにピタリと止んだ。

 手を離し、狂ったような笑みをシアに向けるゼロードに少しの恐怖すら感じた。


「あぁ、そうだなぁ……こうなった以上もう終わりだ……だがなぁ!? てめぇだけは絶対に許さねえ! 調子に乗ってる出来損ないも! その出来損ないを次期当主にするとかいうふざけたことを抜かすトラヴィスもムカつくが、てめえには劣る! 女ぁ! てめぇが来てから、全ては狂った! 狂わせやがったなぁ! その罪、死を持って償えぇ!!」


 笑い声と荒い呼吸を織り交ぜた狂ったゼロードは左手を即座に動かして、ポケットから何かを取り出した。遠くて良く見えなかったけど、銀色の箱のようなもの。

 一体何をするつもりなのか、そう思ったとき。


「本当は後で使うつもりだったが、てめぇが死ぬならそれでいい! 今ここで、殺してやるよ女ぁ!!」


 何かよく分からないことを言って、ゼロードはその箱を事もあろうにシアに向かって投げた。

 宙を舞う箱を見て、俺の中で酷く嫌な予感がした。だからその銀の箱がシアの頭上に行く前に、剣で斬り落とそうとした。


 普段の俺なら突然の事に対処できなかったと思うけど、今の俺なら多少遅れた今でも対処できる。宙を舞う銀の箱をシアの頭上に到達する前に叩き落とせる。そうして軌道を読んで素早く剣を振るった。


 空を、斬った。


「なっ!?」


 読みは完璧だったけど剣は何も弾かなかった。銀の箱は俺の剣が届くより前に制止して、黒い光を斜め下方向に射出。

 シアの全身を飲み込んだ。

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