第92話 彼女は全て上手くいくようにした

 ゼロードが投げた銀の箱。正式名称は対魔法士抑制装置。その効力は魔法を使える人物の魔力そのものを一定時間減衰させて、魔法を使えなくするというものです。しかもこの装置は特別製らしく、減衰させる魔力量は通常の魔法使い10~12人分程度でしょうか。間違いなく表には出回っていない特別製という物でしょう。

 いえ、正確には私用に一から制作した抑制装置でしょうか。ご丁寧にこれまで私が使った魔法から魔力パターンを計算して減衰させていますしね。


「はははははは! 終わりだぁ! 女ぁ!」


 勝ち誇ったように叫ぶゼロードを見て、私は驚いていました。

 まさかこんなことになるなんて思ってもいなかったからです。まさか。


「まさか本当に対魔法士抑制装置をそのまま使うだなんて」


「ははは――はぁ?」


 ようやく事態に気づいたゼロードが間抜けな声を上げました。さっきまで狂気の笑みを浮かべていた表情はこわばり、少しずつ青くなっていきます。

 当然でしょう。私が今少しずつ魔力を放出して、ゼロードとの反発を意図的に起こしているのですから。


「な、なぜだ!? きちんと確認した! まさか不良品を差し出しやがった――」


「ちょっと、いくらなんでも面白すぎるんだけど?」


 ゼロードの声を遮って、やや高い声が響きます。私の魔法でさっきまで隠れていたオーラが姿を表してゼロードに言い放ちました。その表情には心底楽しそうな色が浮かんでいます。


「あのさぁ? 私達アークゲートの魔力は特別製なの。それは一般的な魔力と違ってどんな魔法にも応用できるから。ただ魔法使いを封じるだけのその装置が通用するわけないでしょ?」


 クスクス笑うオーラに対して、ゼロードは信じられないモノを見るような目で彼女を見ます。

 まあ先ほどまでどこにもいなかったのに急に現れたら驚きますよね。


「だ、だが……こ、これはそこの女用に……一から作ったものだと……」


「だ、か、ら……それが間違ってるの。お姉様用の装置を作った? どうせあれでしょ? 戦争の時とか、王都の研究所の情報とかで作ったんじゃないの? 教えといてあげる、アークゲートの魔力全てを魔法から捉えるのは不可能よ。あぁ、一部なら捉えてるかもしれないけど、そんなのお姉様の魔力の内のほんの少しだから結局意味はないわ」


 あはは、と楽しそうな声を上げるオーラ。なにやらちょっと生意気な感じですけど、ノヴァさんには絶対にしない態度なので良しとしましょう。この子もこの子で、ゼロードに対して色々と溜まっているものがあると思いますからね。


 そんな事を思っていれば、ついにオーラはゼロードに決定的な一言を言い放ちました。


「そもそも……その装置は例えるなら網を投げるようなもの。確かに岩や石は包めるかもね」


「…………」


「でもこの大地を覆えるほどの網なんて、この世に存在するわけないでしょ?」


 オーラの言ったことが全てです。アークゲートの魔力を封じれないのもそうですが、そもそもこれでは減衰量がまるで足りていない。仮にあの箱が全ての効果を私の魔力に発揮したところで、減る魔力など大したものではありません。


 対応の方法も対応する量も、どちらも足りていない。


 本当に私の魔力に対応するのなら、魔法から計算するのではなくノヴァさんのように魔力そのものに直接しなくてはなりません。それも減衰させるのではなく、全てを完全に支配下に入れなくてはいけませんからね。


「……少し、失望しましたね」


「…………」


 どうやらゼロードは万策尽きて、私の呟きに返す元気もないようです。正直、色々と準備をしたのに全てが徒労に終わりました。ゼロードが対魔法士抑制装置をコールレイク帝国の裏組織から購入したことは知っていましたし、それを私に使うことも想定していました。


 そのまま使われれば問題ないのですが、念には念を入れました。ひょっとしたらゼロードは考え付きもしない方法で私の力を封じるかもしれない。そんな最悪の展開も考えて、魔法を封じられた私に代わって戦えるオーラという切り札まで用意してこの場に臨んだというのに。


 わざわざ手回しをした私が馬鹿みたいです。


「……まあ、仕方ないのかもしれませんが」


 ポツリと呟いて見てみれば、ゼロードは固まったまま私達を見ていました。

 彼はきっと追い詰められていた。それまでは全てを持っていたのに、それをいとも簡単に奪われた。

 きっかけはソニアちゃんですので彼自身で手放したのですが、彼はそうは思っていないでしょう。


 ノヴァさんに次期当主の座を狙われ、彼との戦いでは力の前に敗北。そして約束されていたに等しい次期当主の座は奪われた。この後自分に待っているのは、今まで散々乏して暴虐の限りを尽くしたノヴァさんの下に付くという耐えがたい現実。

 それらが一気に押し寄せてきて、焦った彼にはまともな思考力すら残っていなかったのですね。


 ゼロードについて理解はしました。共感は出来ませんし、憐憫の情すら抱きませんが。


「では、今度は私から行きましょう」


 彼の事などどうでもいいのです。今も昔も、私が考えるのはたった一人の事だけ。


 用意した力を解放し、屋敷全体に行きわたらせます。 ついこの前「開発」した、特定の覇気を無効化する魔法。 ただし代価として「どちらも」無力化されてしまう、失敗作でしたが。


「何しやがった!? 女ぁ!」


 ゼロードが身に纏っていた覇気をかき消すと同時に、ノヴァさんを強化していた私の魔法も消えます。覇気にアークゲートの魔力。今この場において、二つの大きすぎる力は消えました。

 私の魔力とゼロードの覇気に関しては、この魔法が発動している間は別邸内で使うことは叶いません。


「簡単なことです。あなたの覇気のパターンを解析して、それを打ち消す魔法を開発しました。代価としてそれを行う私も魔法が使えなくなりますが……今回だけは良しとしましょう」


「……覇気を……無効化……だと?」


 信じられないといった表情をするゼロード。これで私は力が使えなくなりましたが、ゼロードの力も激減。それにこの場には保険として連れてきたオーラが残っています。

 この魔法を使ったところで、ゼロードが追い詰められているという状況は変わりません。


「はい、そのとおりです」


「何が目的だ!?」


 まあ、そう思いますよね。絶対的に有利な状況でどうしてこんなことをするのか。

 おや、さっきのゼロードの覇気を感じたのか、会場からこちらに人が流れてきましたね。


 多くの人がこの場に集結しつつあります。誰もがゼロードが凶行に走ったことをおのずと理解するでしょう。


「……ゼロード? お前、何を……」


「なにを言っているの? ゼロードはここに居るじゃない?」


「……兄上が……二人?」


 フォルス家の指南役であるギリアム・ストアド。近くにいるゼロードに変身した人物を見るリーゼロッテ・フォルス。二人を何度も見て困惑するカイラス・フォルス。

 それ以外にもライラック・フォルスや南側の貴族の当主など、数はどんどん増えていきます。ゼロードはもう終わりですね。

 ですが彼には退場する前にやって貰わなくてはならないことがあります。


 あのフォルスの屋敷での再戦です。


 先の戦いはノヴァさんの勝利で幕を下ろしました。ですが彼は、私の力のみで勝ったと思ってしまっているようです。私の力もノヴァさんの物なのですが、そこはどうせなら自分の力で勝たないとなかなか納得できないという事でしょう。こういうところで私の最愛の人はどうしようもなく男の子なんですから、困ったものですね。


 ですが、納得できないならそれを解決するのは私の役目。流石に覇気を纏ったゼロードに何のフォローもしないノヴァさんが勝つのは難しいですが、純粋な剣技ならばどうでしょうか。

 覇気も私の魔力も介入しない、正真正銘剣技だけの1対1。これならばノヴァさんの気持ちも少しは晴れるでしょう。


 ゼロード対策として王都の研究所でナターシャから情報を貰ったものの、失敗作に終わった魔法。それがまさかこんな形で役立つとは思ってませんでしたが、ノヴァさんの心にかかった靄を少しでも解消できるなら、魔法を開発して良かったですね。


 私は隣に立つノヴァさんに準備が整ったと言おうとして、息を呑みました。


「……お前……俺の妻に何したか分かってるのか?」


 いつもは温厚なノヴァさんが言葉を失うほどの怒気を身に纏って、ゼロードを睨みつけていたから。思わず私も驚いて動きを止めてしまったくらいです。


「絶対に許さない」


 そう言い放って前に出るノヴァさん。その背中から視線を外せなくなります。

 嬉しいとか、愛しいとか、似た感情を表す言葉はたくさんありますが、どれも足りません。


 あのノヴァさんが私のためにここまで怒ってくれている。それに「俺の妻」という言葉。

 胸がうるさいほど高鳴って、苦しくて仕方がありません。


 頭に不意に浮かんだ言葉は、足りないながらも今の私を的確に表していたでしょう。


 ――あぁ、好きだなぁ

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