第56話 ゼロードは画策する
「ちっ」
イライラしながら自室の扉を勢いよく閉め、椅子に座る。事前にメイドには声をかけていたからか、すぐにノックの音が響いた。
「お呼びでしょうか? ゼロード様」
「おせえ! 早くしろ!」
「は、はい!」
鈍間なメイドが慌てて中に入ってくる。本当にトロい奴らだ。あのクソガキを思い出す。
「酒もってこい。あとセシリアには別室を用意しろ」
「は、はい! 失礼します!」
頭を下げて部屋を出て行くメイド。背もたれにもたれかかって力を抜くが、ムカムカした気持ちが余計に出てきやがる。
「クソが……」
どいつもこいつも腹が立つ。あの女も、そのせいで調子に乗ってるノヴァも、腑抜けになった父上も、気に入らねえ婚約者も、全部が全部ムカつく。
今まで思い通りにならないものはほとんどなかった。なのに最近になってから、次から次に気に食わねえ奴らがどんどん出てきやがる。
「し、失礼します」
「あん?」
やけに早いメイドの帰還に、俺は眉をひそめた。
「随分早えじゃねえか」
「じ、事前に用意していましたので」
「はんっ……いい心がけだ」
悪くねえ。こいつは中々に見ごたえのあるメイド……。
「…………」
「あの……ゼロード様?」
「おい、この屋敷にいる小さな灰色の髪したメイドを知っているか?」
「そ、ソニアの事でしょうか? それなら知っています……」
ビクビクしながらもしっかりと盃に酒を入れるメイドからあのクソガキの名前を聞く。
「家名は?」
「が、ガーディだったかと?」
「知らねえな、どこの家だ? 平民か?」
「おそらくは……」
小さいからもしかしたらと思ったが、流石に貴族の出身なわけねえか。だが、それなら少しは面白いことが出来そうか?
「おい、もう少しそのソニアってメイドについて教えろ」
「え、えっと……そこまで詳しくはないのですが……気づいたら彼女は働いていて、ということしか……」
「使えねえな」
「す、すみません!」
「……まあ、仕事できなさそうだったからな」
「あの……その……」
忌々しいクソガキの姿を思い出して呟けば、メイドは何かをおずおずと話し始めた。
「その……ソニアについてですが、一時期その鈍くささや性格から、仕事を押し付けられていたことがあります。あまりにも小さかったので、旦那様の隠し子なんじゃないかと疑う人もいまして」
バカが、あの厳格な父上が隠し子を作った挙句にメイドにするわけがねえだろ。そもそも、俺達とあのクソガキじゃ身なりから違うじゃねえか。身体的特徴も何一つ一致しねえしな。
呆れながら聞いていると、メイドはさらに言葉を続けた。
「ただ、ローエンさんに注意されて今はそのようなことはなっていません」
「は? だったらなんだってんだ?」
たかだかメイド同士の間でのいざこざ、しかももう終わったことに何の意味があんのか分からなくて聞き返せば、メイドは言いずらそうにしながら返した。
「あの出来損ないが……ノヴァがローエンさんに言ったらしいです。それでローエンさんが動いたとか」
「……あぁ?」
ノヴァ? あの出来損ないが……だと? じゃあなんだ? あいつはソニアとかいうメイドと関係があるってのか?
「あのクソガキと出来損ないの関係は?」
「最近会っただけですので、知り合いとかではないかと……」
「…………」
よく分からねえが、出来損ないはあのチビを気にかけてるってか? はは、こりゃ傑作だ。
「……なるほどなぁ」
面白え。面白くなってきた。
「あ、あの……ゼロード様?」
「なあお前……他の使用人共とは仲が良かったよな?」
「え? そ、それなりには……」
「なら可能な限り多くの奴らに伝えろ。以前やってたソニアに対するいじめを再開しろってな」
「……で、ですが」
言い淀むメイドは、どうせローエンのことでも考えているんだろう。けど、そこは心配ない。
「大丈夫だ。ローエンに対しては俺が言ってやる。もしあいつに何か言われたら、手紙かなんかで俺に知らせろ」
「…………」
「あぁ、悪い悪い、言い方が悪かったなぁ。いじめだなんて言葉、使っちゃいけねえな。俺としたことが、言い間違えちまった」
椅子から立ち上がり、メイドの肩に手を置く。
「厳しく指導してやれ。それが、やさしーい先輩の務めってもんだろ?」
「……ふ、ふふっ……いいんですか?」
少し甘い言葉をかけてやれば、メイドからはビクビクとした様子は消えて、良い笑顔で笑っていた。いいねぇ、俺の好きな笑顔だ。
「あぁ……ただそういう先輩の心遣いとか優しさとか、ソニアの頑張りとかっていうのは表に出すもんじゃねえよなぁ? 父上や母上に隠れて、こっそり……でもじっくり教えてやれよ? 先輩さん?」
「かしこまりました。ゼロード様」
頭を深く下げて、メイドは足早に俺の部屋を去っていく。現金な女だ。入ってくるときはビクビクして足取りが重かったのに、今出て行くときは上機嫌でスキップでもしているみてえだった。
「抑圧していたぶん、やりすぎちまうかもなぁ……くくっ……指導熱心な先輩だなぁ」
これから起こることを考えるだけで、笑いが止まらない。近くで見れないことが少し不満ではあるが、あの様子ならクソガキを徹底的に扱くだろ。
「じゃあ、俺も最後の仕事と行くかぁ」
俺もこの部屋に来た時とは違う清々しい気持ちで、最後の仕上げへと向かった。
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