第43話 カフェ With オーロラちゃん

 オーロラちゃんの紹介してくれたカフェは王都の中でもなかなか値の張る店だった。ただ、この王都でもアークゲート家の名は響き渡っているみたいで、オーロラちゃんが本名を告げると、ガチガチに緊張した店員さんによって最上階のテラス席に案内された。


 王都の大通りを見下ろせる景色が良い場所。太陽の光と風が気持ちよくて、そんな場所でコーヒーを飲めるんだからオーロラちゃんがこの店を好きになるのも分かる気がした。

 食べ物や飲み物の質が良いことだけじゃなくて、ゆったりとリラックスできる場所も彼女の高評価ポイントなんだろう。


「んー! 久しぶりに食べたけど、やっぱりここのケーキは美味しいわね」


 チーズのケーキを美味しそうに食べるオーロラちゃん。彼女にケーキは要らないか? と言われたけど、今回は遠慮した。


「この店は、予約してたの?」


 やけに店に入ってからここまでがスムーズだったし、店員の反応もオーロラちゃんを待っていたみたいだった。

 オーロラちゃんはフォークを置くと、しっかりと頷く。


「ええ、ノヴァお兄様を誘うときにね。お姉様が王城に用があるのは知ってたから、その間お兄様をもてなすのは私の仕事でしょ?」


「……なんか、悪いね」


「っていうのは理由の半分で、本当はノヴァお兄様と一緒に行きたかったってだけよ。だから気にしないで」


 俺を気遣って、というのもあると思うけど、彼女の言う通り、オーロラちゃんはここを楽しみにしていたのは見ていれば分かることだ。

 コーヒーを口にすれば、濃厚な味が広がった。アークゲート家でのコーヒーやターニャの淹れてくれたものも美味しいけど、ここのも美味しい。


 景色も良いし、と思ったところで、遠くにある王城に目がいった。


「シアは王城で何をしているんだろう?」


「さあ……当主の仕事だとは思うけど詳しくは分からないわ。戦争の後処理とか、王族との関りとか色々あるみたいだけど」


「……大変だな」


 彼女の抱えているものの大きさに俺は何とも言えない気持ちになる。北の大貴族であるアークゲート家の当主。それだけで対処しなければならない問題は多い筈だ。それに加えて、シアは戦争を終わらせた英雄でもあるわけで。


「……ノヴァお兄様、お姉様と同じになるつもりはない?」


「同じ?」


 なにを言われているのか分からなかったけど、少ししてから思い至った。


「フォルス家の当主に……ってこと?」


 聞き返せばオーロラちゃんは、はっきりと頷いた。


「うーん」


 当主……当主か。


「考えたことないよ。そりゃあすごく小さい頃は父上に憧れたこともあったけど、そもそも絶対になれないものだったし。ほら俺、覇気が使えないからさ」


 フォルス家において要求されるのは、有事の際に必要となる強さだ。今でこそ南側は南の国ナインロッドとは友好な関係を築けているけど、昔は北と同じように戦争をしていたらしい。当然、その時に先陣を切り、同時に南側の総司令官にもなったのがフォルス家。

 以来、フォルス家の当主は覇気が強い人がなるのが鉄則になっている。


「……なるほどね。じゃあ、お姉様の補佐?」


「それも考えてたから結婚してすぐにシアに言ったんだけど、まだやって欲しいことがあるわけではないので、ちょっと待ってくださいって言われちゃってさ」


 少しでもシアの助けになろうと思っているけど、当のシア本人の準備が出来ていないらしい。最初は俺に関わって欲しくないのかな?なんて思ったけど、「まだ」という言葉を多く使うから、本当に準備が整っていないみたいだ。

 その準備が一体何なのかは、俺には分からないけど。


「あー」


 オーロラちゃんは遠くを見るような目をして、力なく呟いた。その様子をじっと見ていると、我に戻った彼女と目が合い、逸らされる。


「ま、まあ今回だってお姉様の手助けの一環よ。ナタさんが腐らせてた機器が使えるようになるかもしれないんだし」


「確かにそうだね」


 ポケットから研究所で受け取った機器を取り出す。青いガラス管が太陽の光で輝いた。


「……この後、アークゲート家の屋敷に行ってみようか。俺とオーロラちゃんで」


「いいわね。きっと屋敷の皆やユティお姉様も喜ぶわ」


 そう言ったオーロラちゃんは残りわずかだったケーキを完食して、ミルクと砂糖の入ったコーヒーを一口。


「それにしても、ノヴァお兄様と来れて良かったわ。ずっと来たいと思っていたから」


「そんなにここが楽しみだったの?」


「別にここじゃなくてもいいんだけどね。ノヴァお兄様みたいな人と、こうやってカフェでゆったりと話をしたかったってだけよ。基本、屋敷にしかいないから友達もいないし、お兄様みたいな人と会うこともないから」


 オーロラちゃんの言葉に納得する。俺もそうだったけど、貴族の子は屋敷の中で成長していく。貴族じゃない人たちは学校に通うこともあるらしいけど。


 周りの人を思い浮かべる。オーロラちゃんと年が近くて仲良くなれそうな子がいないかと思ったけど、残念ながら思い当たる人物はいなかった。まあ俺も関りがある人達なんて今の屋敷の人達くらいだし。


「あぁ、そうだわ。ユティお姉様にお土産でも買っていきましょうか」


「え? あ、うん。この店のでいいの?」


「それがユティお姉様、お土産にはこだわりがあって、王都のお土産は別の場所のって決まってるの」


「……なんか、ユティさんらしいというか」


「ここからそんなに離れていないから、すぐよ」


 空になったコーヒーカップを置いて、オーロラちゃんは大きく息を吐く。風になびかれた金の髪がふわふわと揺れていた。

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