第41話 俺の力で発明品が化ける?
「あぁ、そうですよね。ナターシャはセシリアさんの妹ですから、ノヴァさんも会ったことがありますか」
納得したように頷くシアだけど、俺は首を横に振る。
「いや、実際に会うのは初めてだよ。お姉さんのセシリアさんとも数えるほどしか顔を合わせたことがないし。ただ雰囲気が似てたし、名前を聞いて思い至ったんだ」
妹がいるということはどこかで聞いたけど、王都の研究所で研究員が出来る程優秀な人だったのは知らなかったな。
「えっと……その……ゼロードの兄上がお世話になっています?」
こういう時になんて言えばいいのか分からなくて、ちょっと的外れの事を言ってしまった。だからか、ナターシャさんは思いっきり顔を顰めた。
「やめて。あんな奴の名前なんて、聞きたくもない」
「す、すみません……」
どうやら俺の言葉ではなく、ゼロードの兄上の名前が不快だったみたいだ。それにしてもゼロードの兄上、一体何をしたのだろうか。ここまで嫌われているなんて……いや、あの人ならそんなことをしていても不思議ではないか。
「ま、まあお二人の家の事は一旦置いておきましょう。今回はアークゲート家が協力してもらっているナターシャと、私の夫であるノヴァさんということで、どうかお願いします」
「……当主様がそう言うなら」
「よ、よろしくお願いします……」
どうやらナターシャさんは俺の事もあまり良くは思っていないようだ。あの兄上の弟ってことだから、それも仕方ないことかもしれないな。
「ノヴァさん、ナターシャは色々なものを作ってくれた発明家でもあるんです。
私達が良く使っている魔法の便箋も、彼女の作品なんです」
「そうだったのか……ナターシャさん、ありがとうございます!」
感謝の気持ちが溢れて、俺はナターシャさんに頭を下げた。シアが目の前でゲートから消えてしまったとき、あの便箋がなければオーロラちゃんとユティさんに助けを求めることも出来なかった。シアの元に向かうのだって、ずっと遅れていたかもしれない。
「……き、気にしないで……でも役に立ったようなら良かった」
「はい、とっても便利で重宝しています」
「そ、そう」
実際、あの便箋は俺が今まで見た中であまりにも画期的なものの一つだ。
あ、シアのゲートの魔法もあるから、それと同じくらいと言ったところか。
「ノヴァお兄様とやり取りが出来る便箋は本当に便利だし、ナタさんには私も感謝してる」
「……ありがとう。でもまだアークゲート家の人ほど魔力がないと使えないのが課題だけど」
「今回ノヴァさんを呼んだのは他でもなく、ナターシャの発明に対して、何か新しいきっかけになるかと思ったんです」
「……きっかけ? でも俺、発明の事とか魔法の事とか、全然分からないよ?」
間違いなくこの場の誰よりも分からない自信がある。それこそオーロラちゃんの足元にも及ばないだろう。そんな俺がきっかけになるのかと思ったのだが、シアは微笑んでいる。
「君に協力して欲しいのは、作ることではなくて使うこと」
そう言ったのは椅子に座ったナターシャさんで、彼女は引き出しから何かを取り出すと、それをシアに差し出した。青いフレームがついたガラス管のようだった。見た目としては砂時計のようにも見えるかもしれない。砂はないけど。
シアはそれを受け取ると、手のひらを開く。みるみるうちに、ガラス管の色が透明から青に変わっていった。
「これ……魔力を注入出来るんですか!?」
「そう」
ナターシャさんの言うことが本当なら、これはすごいことだ。この国で一番のシアの魔力を、溜めておくことが出来るんだから。
「魔力を注入できるだけの……失敗作」
「え……失敗作?」
むしろこれ以上ない傑作だと思うんだけど、ナターシャさんはため息を吐いている。
「注入できるだけで、誰も取り出せないんです。……オーラ」
そう言ったシアは、オーロラちゃんに機器を差し出した。オーロラちゃんがそれを手に取るけど、機器のガラス管は青く染まったままなにも変わりがない。
「一応、当主様は取り出すことが出来る。でもそれ以外は誰でも無理だった。オーロラ嬢も、ユースティティア嬢でさえも」
「自分で注入して自分で取り出すだけなら、あまり意味はないんです」
「だから、失敗作」
苦笑いするシアと、光のない目で乾いた笑みを浮かべるちょっと怖いナターシャさん。自分の力を溜めておけるだけでもすごいと思えたけど、二人はそうじゃないみたいだ。
「でも、ノヴァさんなら違うかもしれません」
「あ、シアの魔力か」
シアが言うには、あの雪の日にシアの中の魔力は俺に服従? しているらしい。シアに取り出せるなら、俺にも取り出せるかもしれないってことか。
「ノヴァお兄様、はい」
「ああ、ありがとうオーロラちゃん」
オーロラちゃんから機器を受け取る。手のひらサイズの機器からは不思議と温かさを感じた。
「えっと……これはどうすれば?」
「握ってみて。砕けない程度に握れば、取り出せるはず」
ナターシャさんの言葉を聞いて、機器を強く握りしめる。
その瞬間、視界が眩く光り輝いたと思ったら、体の奥底から力が溢れてくるのを感じた。以前シアの魔法を受けたときと同じだ。
ゆっくりと掌を開けば、ガラス管の中は再び透明に戻っていた。つまり、これは。
「やった! できた! できた!!」
甲高い声を聞いて思わず目を向ければ、ナターシャさんは目を輝かせて俺を見ていた。まるでおもちゃを買ってもらった子供みたいだったけど、大きすぎる喜びが彼女の全身から伝わってきた。
「つ、次……オーロラ嬢……ノヴァさんに触れてみて。魔力を……移せるかも……」
「ノヴァお兄様、左手失礼するわね」
空いている手を取られると同時に、体からほんの少し力が抜けるような感じがした。体の奥底から力が溢れてくるのは変わらないけど、一番外側を掬われたような、そんな感じだった。
そしてオーロラちゃんを見てみれば、彼女は得意気に笑っていた。
「ナタさん、すごいわ。これ、お姉様から力を貰ったときと同じよ」
「~~っ!!」
嬉しすぎるのか、言葉に出来ない叫び声をあげてガッツポーズをするナターシャさん。最初に会ったときの静かな印象が消えるくらい、彼女ははしゃいでいた。
「機器から出すことは出来ませんでしたが、出せればオーラにも力を分け与えられるということですね。ということはユティにも同じことが出来るでしょう。これでナターシャの考えているいくつかの発明が進みそうです」
「いくつかの発明?」
「はい、私の方からの依頼で便箋のやりとりを即時に反映できるものと、私無しでもゲートが発動できるものですね。特に後者に関しては、ノヴァさん一人でも使えるものを依頼しています」
「すごいな……」
今でさえ便利な便箋がさらに便利になるということだろう。それはすごいことだ。
けどもう一つの方はどうなんだろう? 疑問に思って、首を傾げた。
「でもゲートも出来るの? 俺……魔法なんて全然分からないけど……」
シアが使うゲートの魔法。オーロラちゃんとユティさんの二人がかりでギリギリ使えるようなそれを、何の知識もない俺が使えるとは思えないんだけど。
「仕組みは確立できてるから、それを代わりに行う機器を作ればいいだけ」
でもそんな不安を、ナターシャさんは一蹴した。
「そもそもゲートの魔法自体は難しくない。ただ膨大な魔力を必要とするだけ」
「もっと言うなら、それをたった一人で用意できるのがお姉様ってだけだね」
苦笑いをするオーロラちゃんの言葉に、そんなものなのかと、とりあえず納得した。
「……意外と魔法って、仕組みそのものは簡単なんだな」
「ん、アークゲート家の魔法だけ。他はそうでもない」
「……そうなのか」
「そう」
また新しい事を知った。シアやオーロラちゃんの魔法は普通のとは違う特別らしい。アークゲート家固有の魔法ってことかな?
「色々と……難しいんだね」
「例えが難しいんだけど……例えば絵の具のようなものだよ。赤い絵の具なら夕日が描けるでしょ? アークゲート家の魔力は全ての色があるの。だから簡単に夕日が描けるってわけ。でも赤い絵の具だけじゃ、アークゲート家の絵の具で描いた虹は描けないからね」
「なる……ほど?」
オーロラちゃんが例えを出してくれたけど、分かるような分からないような? 内容を理解するよりも先に、オーロラちゃんが賢くてびっくりする。
オーロラちゃんは賢いなぁ。
「人によっては色が多い方が夕日を描くのに苦戦しそうですが……どちらにせよ、私達の魔法は同じ魔力を持っていれば、ゲート程度の魔法なら再現がしやすいってことです」
「……なるほど」
「ふふっ、難しい話はここら辺にしておきましょうか」
なんとなく言いたいことは分かったけど、細かくは分からなかったから助かった。
悪戯っぽく微笑んだシアは、手を後ろに組む。
「さて、私はちょっと他の部屋と王城に用事があるので、一旦自由行動としましょう。オーラもノヴァさんも王都に来るのは久しぶりだと思うので、観光を楽しんでください」
そう言って、彼女はナターシャさんの机にあった機器を鷲掴みにして、俺に差し出してきた。小さな手のひらの上には、さっきの一瞬で魔力を注入したのか、ガラス管を青くした機器が4つ載っていた。
「帰りはこちらを帰るのに役立ててください。これだけあれば、アークゲートの屋敷にもノヴァさんの屋敷にも行きたい放題でしょう」
「えっと……ナターシャさん、いいの?」
「構わない」
一応ナターシャさんに話を聞いたけど、持っていって構わないようだ。複雑そうな造りに見えるけど、作るのは意外と簡単なのかもしれない。
機器を大事にポケットに仕舞い、オーロラちゃんの方を見る。
「じゃあオーロラちゃん、王都に遊びに行こうか。といっても、あんまり来たことないから詳しくないんだけどね」
「あら? それなら任せて。私、良いお店を知っているわ」
どうやら20歳の俺ではなく、14歳のオーロラちゃんがエスコートしてくれるらしい。6歳も年下の子に案内されるのは微妙な気持ちだけど、ここは甘えるとしよう。
「じゃあシア、行ってくるよ。ナターシャさんも、ありがとうございました」
「はい、楽しんで来てください」
「楽しんでくるといい……あと、ナタでいい」
「え? 良いんですか?」
最初の態度を見るに嫌われているかと思ったけど。
「親しい人はみんなそう呼ぶ。構わない。それに、あいつはろくでなしだけど、君は違うみたいだから」
「……あ、ありがとうございます?」
なにがナターシャさんの雰囲気を和らげるきっかけになったのか分からないけど、とりあえずは良かったらしい。少なくとも、ゼロードの兄上のせいで嫌悪されていた最初よりは全然良い。
「じゃあノヴァお兄様、行こう?」
「ああ、行ってくるね、二人とも」
「はい、いってらっしゃい」
「楽しんで」
部屋に戻る二人に手を振り、急ぐ気持ちを抑えきれないオーロラちゃんに引っ張られながら、俺は研究室を後にした。
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