第6話 緊急家族会議

 中庭に戻ったものの、ターニャの姿はなかった。彼女の行方は気になったけど、このあとゼロードの兄上とカイラスの兄上が来るとのことなので、俺は剣の訓練を一旦やめて部屋へと戻ることにした。このままここにいたら、またゼロードの兄上に会って剣の稽古と称して痛めつけられかねない。


 自室に戻っても、ターニャの姿はなかった。ただ書置きはあって、この館の給仕を手伝うと書いてあった。ターニャは侍女だけど今は客人なんだからゆっくりとすればいいのにと思うけど、性分なのかもしれない。


 自室を物色しながら懐かしいものを見つけたりして時間を潰す。中には今は亡き母との思い出の品もあって、しんみりとした気持ちになったりもした。


 リーゼロッテ母様は俺の実の母ではない。彼女はゼロードの兄上とカイラスの兄上の母親で、俺の義母だ。俺の実の母上、セリア・フォルスは、俺が小さい頃に病死している。いつもベッドで横になっていたけど、優しい母だった。


 この屋敷でターニャと母しか、俺の味方はいなかった。母は出来損ないの俺に、それでいいと言ってくれた。いつかきっと俺の覇気じゃなくて、俺自身を見てくれる人が現れるからって。


 俺はその言葉がどれだけありがたいものなのか納得できなくて、今以上に自分を蔑んだこともあった。覇気が使えない俺なんていなくなればいいって言って、その時には母上に厳しく怒られた。母は誰の事も否定しなかったけど、戦争に関してだけはよく無くなれば良いって言っていた。それが無くなれば、俺が苦しむこともなくなるからって。


「……ノヴァ様、旦那様がお呼びです」


 そんな風に亡き母との思い出を回想していると、館のメイドに扉の外から声をかけられる。俺は返事をして部屋を出て、目も合わせない彼女に連れられて大広間へと向かう。


 これから向かう大広間は食事の用途以外にも、こういった話し合いの場にも使われる。けど俺がここにいたときは食事の時に行くだけで、話し合いの場には呼ばれたことがなかった。

 大広間にはすでに父上とリーゼロッテ母様が着席していて、俺も空いている自分の席に向かった。席の後には先ほどまで屋敷の給仕を手伝っていた筈のターニャが控えていて、俺と目が合うなりにこりと微笑んだ。


 椅子に着席してしばらく待つ。するとやや大きな足音を響かせた後に、扉が開いた。


「父上、昨日の今日で呼び出しとは。用事があるなら昨日の内に言って頂ければよかったものを」


「すまない、急用だったのでな」


 父上に対してそう言うのはゼロードの兄上だ。昨日もこの屋敷に来ていたので、二日連続で足を運んだことを恨めしく思っているらしい。俺は父上に対してそんなことは決して言えないが、兄上は次期当主の座を約束されたようなもの。多少の言葉遣いはお咎めなしだし、家では父上の次に偉い。その証拠に彼は席に座るなりに、メイドに「水」と冷たく要求していた。


「あん? ノヴァじゃねえか。居たのかよ」


「昨日ぶりです、ゼロードの兄上」


 鼻で笑うゼロードの兄上に対して、俺は静かに頭を下げる。彼の乱暴な言葉遣いに対しても、父上もリーゼロッテ母様も何も言わない。


 メイドが運んできた水がテーブルに置かれる。それに対して「おせえよ」と傍若無人に文句を言ったゼロードの兄上は水を呷る。


 同時、耳が足音を聞いた。ゼロード兄上のものとは違う静かな足音。やがて扉が開き、男性が中へと入ってきた。


「遅れて申し訳ありません、父上」


「カイラス、久しぶりだな。さあ、座るがいい」


 ミディアムの金髪を後ろでまとめた美しい顔立ちの美青年。俺のもう一人の兄、カイラスの兄上だ。細身ながらも佇まいは凛としていて、ただ者ではない風格を漂わせている。彼もまた、フォルス家直伝の覇気を使いこなせる武人の一人だ。


 カイラスの兄上は席に向かい、途中で俺と目が合った。彼は少しだけ目を見開いたので、頭を下げる。


「お久しぶりです、カイラスの兄上」


「ああ」


 ゼロードの兄上と違い、簡潔な一言。返事を返してくれるだけまだましだが、言葉には冷たさがあるし、視線は絶対零度のようだ。

 彼もまた、出来損ないの俺を嫌う人物の一人。ゼロードの兄上のように大きく行動に移さないのでまだ助かっているが。


「てめぇ、兄よりも遅く来るとはどういうわけだ?」


「私の領地は遠いのです。申し訳なく思いますが、ご容赦願いたい」


 バチバチと俺の目の前で火花を散らす二人の兄上達。まさに暴君という言葉が似合うゼロードの兄上と、冷たいナイフのようなカイラスの兄上の仲は最悪だ。ただ二人でいがみ合っているときは俺に被害が出ないので、少し助かったりするのだけど。


「……全員揃ったな。今回話したいのはノヴァの婚約についてだ」


 喧嘩する二人を横目に、父上は本題を話し始めた。


「わざわざ全員を呼ばなくても、書面で通知すれば良かったのでは?」


 間髪を入れずにカイラスの兄上が聞き返した。ゼロードの兄上は婚約者がいるし、カイラスの兄上は結婚している。けれど、このように家族全員を呼び出すのは初めてなのかもしれない。


「同感ですね」


 やや苛ついた様子でゼロードの兄上も返答する。けど父上は、首をはっきりと横に振った。


「そういうわけにはいかない。ノヴァの婚約者はアークゲート家の当主だからだ」


「……は?」


「まさか……」


 父上の言葉に目を見開く二人の兄上達。しかし、すぐにカイラスの兄上は思うところがあるのか、納得したように頷いた。


「なるほど、流石は父上。今や飛ぶ鳥を落とす勢いのアークゲート家にノヴァを婿養子に出すことで、関係がこじれるのを少しでも防ごうということですか」


「なんだ? じゃあこいつは生贄としてアークゲートの家に行くってことかよ」


 ニヤニヤといやらしく微笑むゼロードの兄上。俺はそれに対して何も言うことなく黙っているだけだ。それに気を良くしたのか、ゼロードの兄上は続けて口を開く。


「良かったなぁ、ノヴァ。お前、フォルス家の役に立てるってよ。お前みたいな出来――」


「いや、向こうの当主様はこちらに嫁入りすると言っている」


「「は?」」


 ゼロードの兄上の言葉にかぶせるように、父上が言った。というか、シアが嫁入りするってなに? 俺聞いてないんだけど? そう思って父上を見るが、彼は一瞬だけ俺に目を向けただけで、答えるつもりはないらしい。


「どういうことだよ……意味わかんねえぞ」


 顔を歪めるゼロードの兄上。一方で、カイラスの兄上は訝しげな顔をする。


「お待ちください。アークゲート家はどうするのですか? 当主なのですよね? 代理でも立てるのですか?」


「いや、必要ないそうだ。当主様は決まった二点間を瞬間的に移動できる魔法を行使できる。

 その力を用いれば問題ないとのことだ」


「「…………」」


 父上の説明に、二人の兄上は驚いて黙ってしまった。改めて考えると、シアの力というのはとても凄い。シア以外にそうした移動が出来る人を、俺は知らなかった。内心で誇らしく思っていると、カイラスの兄上がポツリと呟く。


「敵の侵入地点をあっさりと作られているではないですか……」


 その言葉を頭の中で反芻し、すごい力だと再認識する。例え籠城をしていても、シアが魔法を使えば城の中に兵士を送り込めるということか。シア、すごいな。


「別に俺はこの屋敷にはいないからいいですけど、父上はいいんですか? 相手はあのアークゲート家でしょう?」


 父上に声をかけたのは、ゼロードの兄上だった。


「しかも今のアークゲートの当主は化け物だと聞きます。残虐で、冷徹、人の心が無いと思われていると――」


「ゼロード! 口を慎め!」


 シアを非難するゼロードの兄上の言葉に少しだけイライラしていると、思わぬところから声が飛んだ。これまで黙って説明していた父上が声を張り上げたのだ。ここまで声を荒げた父上は初めて見た。言われたゼロードの兄上も、カイラスの兄上も目を見開いている。


「外ではもちろんの事、家の中でも二度とそのようなことを言うな!」


 ゼロードの兄上は父上の跡を継ぐことが実質決まっているようなもの。だからこそ、これまでも彼は自由が与えられていたし、ある程度ならば父上に歯向かうことだって許されていた。けど、父上はそんなゼロードの兄上を一蹴した。


 驚いていたゼロードの兄上は、しかし父上が怒っていることを理解して頭を下げる。


「申し訳……ありませんでした」


「すまない、俺も言い過ぎた。だが、十分に気を付けるのだ」


「……はい」


 覇気を使っての親子喧嘩にはならなかったようで、とりあえずは一安心だ。ゼロードの兄上は俺の方を睨みつけるように見ていたが。どうやら、今日もなるべく兄上を避けた方が良さそうだ。


「ノヴァ、お前はそれでいいのか?」


 カイラスの兄上に珍しく声をかけられる。シアを婚約者にするということに関しては個人的には問題ないを通り越して、むしろ俺でいいのかという気持ちだし、家として考えても良いことだろう。


「はい、一度お会いしましたが、素敵な方だと思いました」


「……呪いが怖くないのか?」


「呪い?」


 聞き慣れない言葉に聞き返すと、今度はゼロードの兄上が鼻で笑った。


「こいつに覇気がないから大丈夫なんだろ。感じ取れる力すらねえのさ」


「…………」


 一体何の話をしているのか分からなくて顔を顰めていると、父上が説明してくれた。


「ノヴァには話していなかったが、アークゲート家と我らフォルス家の長年の禍根は、過去の出来事だけではないのだ。

 フォルス家の扱う覇気とアークゲート家の魔力は相性が悪く、反発しあう。

 ……先ほども、当主様が屋敷にいるだけで私も気分が悪くなったくらいだ。そのことを、先祖代々呪いと呼んでいる」


「お前には覇気がないから、アークゲート家の魔力と反発しねえんだよ」


「そ、そうだったのですね……」


 父上とゼロードの兄上の説明で納得する。アークゲート家とは宿敵のような間柄だとは聞いていたが、まさかそんな理由もあったとは知らなかった。けど、お陰でシアと婚約関係になることが出来る。生まれて初めて覇気を使えなくて感謝した。


「なんにせよ向こうの思惑はよく分からないが、到底無下にすることはできない。

 ノヴァにもくれぐれも失礼がないように、と言い聞かせているからな。

 直接会う機会は少ないと思うが、お前達も気を付けてくれ。下手をすれば家が滅ぶと心得よ」


「……そうですね。我がフォルス家を潰すつもりなのか、それとも何か別の目的があるのか分かりませんが、下手は打たない方が良いでしょう」


「呪いが発動する一族に関わるなんざ、こっちからごめんだけどな」


 父上、カイラスの兄上、ゼロードの兄上が口々に今後の対応を決めていく。シアはフォルス家を潰すつもりななんてなくて、単に幼い頃の恩を返しに来てくれているだけなんだけど、俺から何かを話すつもりはなかった。聞かれてもないし。


「よし、では話も終わったところで夕食にしよう」


 父上の一言で、夕食が次々と運ばれてくる。実家にいる時は兄上達や父上との夕食が苦痛で仕方がなかったけど、今日はそこまで苦でもなかった。

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