ポツンと一軒家へのお届け物 2

森 三治郎

第1話 新人研修


 所長と大村先輩が、話しをしていた。


「大村くん、柏田さんとこ、例の一軒家へのお届け物があるんだが、行ってくれないかな」


「え~」


「少し大きな荷物なんだ。山下くんの研修を兼ねて、一緒に行ってくれ。おーい、山下く~ん」


「は~い」


 こうして、私、山下 陽菜ひなは大村 益美先輩とポツンと一軒家へのお届け物を配達することになった。

車は1.2トントラック、荷台には1.5×0.6×0.5mの大きな木箱があった。

その脇に、台車ではなくリアカー。そして何故かサスマタ。

運転手は私、大村先輩は助手席。先輩が乗り込んで車がかしいだような、おそろしく片荷かたにになってるような。

さすが西郷せごどん、関取、大局おおつぼねさまとのあだ名がある人だ。身長180㎝、体重100㎏ぐらいあるのかな。

私の約2倍、トラックも傾ぐわけだ。



 トラックは、栗原村銀座と呼ばれるまばらな商店兼住宅地を抜け山道に突入。

私と先輩は、所長や仕事仲間の悪口や噂話をしながら山道を進んだ。話は弾んだ。

だが、当の先輩こそエピソードに事欠かない人だ。



こんな話もあった。


先輩が歩いていると、「よう、○○」と肩を叩く二人組があった。先輩が振り向くと「あっ、ごめん。人違いだった」と、謝った。

そして、すれ違いざま「○○と思ったら、オカマだった」と、ささやいた声が先輩の耳に入ってしまった。

「待て、こら」

二人組が先輩に呼び止められ振り返ると、「誰がオカマじゃー!」と怒声を浴びせられ、「どすこいー!」と強烈な突っ張りを食らったという。

二人組は、ほうほうの程で逃げ出したということだった。



また、こんな話も。


先輩は、過剰防衛で警察に呼び出されていた。

被害者か加害者か分からない対象者と先輩と仲裁の警察との話し合いの際、先輩が物凄く怒り、物凄い怒声を張り上げたという。警察、対象者を震撼しんかんさせおおのかせ、対象者はイスから転げ落ちたという。

ワラワラと警官が集まって来たといわれている。そのくせ、次の瞬間大声で泣き出し、警官を大いに戸惑わせ、悩ませたらしい。

そして、すぐにケロリと澄ましていたという。どうやら、演技だったみたいで一筋縄では行かない人のようだ。



 そんな事を考えていたら、顔が緩んでいたみたいだ。

「何かいい事を思い出しているのかな。彼氏のことを、思い出しているのかな」

「はっ、ああ、まあ」

「ふ~ん、うらやましいなあ」

うん、そういう事にしておこう。


「あっ、止まって」


突然、先輩が叫んだ。見ると、道端で老女と若そうな女が言い争っている。


「どうしました。坂本さん」


「あっ、大村さん。あのね~、私が保護した犬、イチタローと言うんだけど。イチタローを、私の犬だから返せというの。もう、飼って半年も経つのに、今さらね~」


「だって、それは、私の飼ってた犬よ」


「だから、それは半年前のことでしょう。もう、遅い」


「そんな事ない。返してよ」


「あの~」


「何よ。相撲取りは黙ってて」


”ピキッ!”っと、空気が振動した音が聞こえた気がした。あ~あ、あの女、言ってはならない事を言ってしまったようだ。西郷どん、関取、大局さまは禁句だ。女は、げきりんに触れたみたいだ。


「誰が相撲取りだ」


 先輩は、恐ろしく低いドスの効いた声で女の前に仁王立ちとなった。上背があり、女の背は先輩のチチ付近しかない。横幅があって、体重は倍くらいだろう。恐ろしく、威圧感がある。


「誰が、相撲取りじゃー!」


空気を震撼させて、先輩が吠えた。


「ヒッ!」


女は慄き、尻もちをついた。

恐れ慄いたのは、女だけではなかった。


「イチタロー!、何処へゆくのー」


柴犬のイチタローは、尻尾を巻いて逃げ出してしまった。

坂本さんが、イチタローを追う。私も追う。先輩もイチタローを追った。

途中で止まったイチタローだが、先輩が追って来るのを見て、又逃げ出した。


 大分時間がかかって、ようやく、イチタローが坂本さんのところに返った。


「まずいな~、大分時間がかかってしまった。急ごう」


「え~、今の時期、日が長いし大丈夫じゃないですか」


「山の中なんだ、何があるか分からない」

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