もうすぐ! リアル天国

後藤文彦

もうすぐ! リアル天国








 2020年頃、チャットを利用したカルト宗教「アイデンシュ」が世界中に蔓延し始めていた。アイデンシュの目指すものは、コンピューターシミュレーション上のバーチャル天国で信者たちに永久の生命を約束することだ。具体的には、量子コンピューター上で動作する地球シミュレーションの仮想世界に信者たちをアバターとしてコピーし、最低限の幸福が保証された永久の生命を約束するということだ。アインデンシュの「信者」たちは、この理想郷を物理的に実現するための資金援助の名目で、惜しげもなく自分たちの財産をアイデンシュに寄付しているのである。






 実はアイデンシュ信者という呼び方は正確ではなく、アイデンシュ信者の大多数は、既存の宗教の敬虔な信者なのである。というか、大多数の宗教の指導的聖職者たちは、自分たちの信じている神の使者が直接 自分たちにコンタクトを取ってきたのであり、量子コンピューター上のバーチャル天国は、正に自分たちの宗教の教義が約束してきた天国そのものだととらえている。というのも、「コンピューター」や「シミュレーション」といった概念を理解できない時代の自分たちの先祖が、神の使者の言葉を当時の語彙で表現した聖典自体は、全く間違っていないどころか、バーチャル天国を驚くほど的確に予言・記述していて、聖典は現時点でもそのまま有効なのだと解釈しているのだ。だから、信者たちやその指導的聖職者たちは、自分たちの宗教こそがアイデンシュの実現しつつある天国を最も正確に伝承した「正統派」だととらえていた。一方、同様にアイデンシュを自分たちの宗教の原典だととらえている他の宗教集団に対しては、今まで多少 間違った解釈をしていたものの最終的には自分たちと同じ正しい解釈にたどり着いて同じ理想を実現しようとアイデンシュを資金援助する同志として「サポーター」とお互いに呼び合っていた。






 アイデンシュの布教パターンは様々であるが、最も典型的な手法は以下のように始まる。まず「見込み客」として狙われるカモは、既存の宗教の敬虔な信者や聖職者で、宗教に懐疑的な人や批判的な人は布教対象とされない。つまりカモの宗教的傾向が、メールログやウェブ閲覧ログから的確に判断されているのだ。選択されたカモへの布教チャンネルの開通方法も様々であるが、最も典型的な例は、カモがウェブを閲覧していると、普段は邪魔くさいとしか思っていない広告バナーに、何故かカモの性的指向と恋愛感受性を的確にヒットする「とても気になる」人物の動画が再生され、「大事なメッセージがあります」という意味の言葉を、カモが最も愛着を感じる言語方言で語りかけてくるものだから、ある程度のネットリテラシーを持っているカモでも、ついついそのバナーをクリックしてみる誘惑に勝てないのだ。クリックするとチャットウインドウが開き、正にカモの性的指向と恋愛感受性を的確にヒットするその相手がリアルタイムのチャットで話しかけてくる。それも、カモが最も愛着を感じている言語(それがどんなに絶滅危惧種の方言であっても)を完璧にネイティブな発音で操りながら。ほとんどのカモは、アドレナリンが分泌するのを自覚しながら、その「理想の」相手との対話にどんどん引きずり込まれていく。突然 現れたチャット相手は、カモが信仰している宗教用語を実に適切に使いながら、自分はカモが信仰している宗教の「神の使者」だということをまずカモに信じ込ませる。カモしか知らないはずの情報(自分が子供時代に宝を埋めた場所とか、自分が子供時代に好きだった人の名前とか)をチャット相手は見事に言い当てるため、カモは早々にこのチャット相手は本当に神の使者なのだと信じてしまうのだ。実際には、巧妙にホットリーディングとコールドリーディングの手法を用いていると思われるが、どんなに時間がかかっても、三回程度、計三十分以内のチャット時間でどんなカモもチャット相手を神の使者だと信じてしまうようだ。カモがチャット相手を神の使者だと信じた次は、カモが信仰している聖典の現代的解釈を伝えるのが自分の使命だと使者はうったえる。そして、カモの信仰する宗教の用語を実に的確に駆使しながら、以下のような説明をする。





――天国というのは、現実に物理的に創造することができる。そこで信者に約束通りの永久の生命を与えることができるし、天国の住民が犯罪を犯さないようにコントロールすることもできる。現代人が理解できる語彙で説明するなら、スーパーコンピューター上で走らせた仮想現実のシミュレーション世界の中に、信者の意識回路をコピーしたアバターを住まわせればよい――と。






 シミュレーション世界が、現実世界と全く区別できないリアリティーを

持ち得ることを疑うカモに対しては、

「使者」は、まず「あなたが今 見ている私が現実世界にいると思うか」と問う。カモがぽかんとしていると、チャット画面の「使者」は、突然どろっと溶けたように変容し、カモの死んだ家族の姿に変わったりする。また、「使者」のいると思われる明瞭な室内の背景が、どろっと変容してかつてカモが子供時代を過ごした懐かしい家の中や、故郷の鮮明な景色に変わるのだ。もちろん、この時代のCGでも、そういうことはある程度はできているわけだが、そのリアリティーがどう見てもCGには見えないレベルに完璧なので、カモは、これだけのリアリティーがシミュレーションで実現できる技術が現時点であるなら、自分たちの資金援助によってバーチャル天国は十二分に実現すると納得してしまうのだ。






 なにしろ、世界中の大部分の宗教団体と信者たちがアイデンシュに膨大な額の献金をしているものだから、各国の捜査機関は、これが巧妙に計画された大規模なサイバー詐欺犯罪に違いないと確信していた。腕利きのハッカーの協力を得ながら、アイデンシュの実体をつかもうと捜査を進めようとしても、これがまるでうまくいかなかった。捜査員の中にアイデンシュのサポーターが一人でも含まれていると、 ことごとく巧妙な妨害工作を働くのだ。もはや何らかの宗教の信者は全く信用できなくなっていた

――それがどんなに穏健で世界規模の宗教宗派であっても。アメリカなどは、主要な捜査機関の構成員の過半数がアイデンシュサポーターであるため、もはやアイデンシュを犯罪組織と見なした捜査は機能し得ないのだ。






 捜査機関の全体統括がアイデンシュサポーターの妨害工作に負けずに一応 機能していたのは、中国と日本の捜査機関ぐらいである。ただし、こうした捜査機関がネットワークを介して共同しようとすると、アイデンシュに傍受されてしまう危険性が高まるため、それぞれが独自に捜査を進めていた。






 中国のサイバー捜査班は、クラッキング手法やウイルス実行ファイルの解析が得意なはずであったが、アイデンシュウイルスの正体を推測することすら極めて困難であった。例えば、アイデンシュが布教に多用しているはずのチャット動画をネットワークから傍受することができないのだ。通信を暗号化しているのはいいとして、高解像度動画の配信に相当する巨大バイト数のデータがネットワーク上で相互通信されている様子がないのだ。ネットワーク上でやりとりされているデータは、効率的に圧縮された少量のデータで、高解像度のリアルなチャット動画は、クライアント側に感染した実行ファイルが、少量の受信データから高度にベクトル化された動画情報として高速に生成しているようなのだ。クライアントマシン側に感染したアイデンシュ関連の実行ファイルと思しきファイルに逆コンパイルによるコード解析を行なっても、到底、既存のプログラム言語からコンパイルされた形跡が見当たらない。いずれにせよ、極めて高度な情報技術を有する者の仕業に違いないと思われた。






 日本セキュリティーセンターは、過去20年のウイルスデーターベースの解析から独自の考察をしていた。2010年代にスマートフォンに蔓延していたウイルスが、各種のクライアントマシンにバックドアを仕込む役目を果たしていたらしく、それが現在のアイデンシュの巧妙なビデオチャットシステムを感染爆発させるために機能した形跡がある。つまり、この世界的大規模詐欺は、10年以上も前から準備されていた可能性があると。2010年代に爆発的に普及したスマートフォンやタブレットは、シェア1位と2位のOSがともにUnix系OSで、Unixコマンドで書かれたシェルスクリプトが動作するため、それまではあまり危険視されていなかったUnixシェルスクリプト型のウイルスが進化する環境がこの10年でできあがっていたのではないか。ウイルスデータベースの中では、特に大したニュースにもならなかったシェルスクリプト型のウイルスでiden.shというものが一時期、広範囲に急激に感染していたことがわかった。スクリプトの中身は、構造計算の制御に関するもののようで、遺伝的アルゴリズムが用いられているようだった。おそらく、純粋に遺伝的アルゴリズムによる構造計算を制御する目的で作られた元プログラムがあり、それを元に誰かがウイルスに書き換えたのではないだろうか。その元プログラムの名前が、「遺伝」のシェルスクリプトということで安直にiden.shとつけられたのではないだろうか。このiden.shというファイル名は「アイデンシュ」と読めることから、アイデンシュとの関係が疑われる。






 ウェブメール等の膨大な通信ログを検索したところ、日本の地方大学の土木工学科で、1990年代にクドーという大学院生が修士論文の研究のためにiden.shというプログラムを作っていたことがわかった。日本セキュリティーセンターは、今は建設コンサルタントの技術者をしているクドーにコンタクトを取り、iden.shのソースファイルを持っていないかを尋ねたが、当時は大学で初期のLinuxサーバー上で作業をしていて、手元にはプログラムのバックアップを取っていないという。プログラムの中身については、およそ覚えているようで、詳しく説明してくれた。






 修士論文のテーマは、遺伝的アルゴリズムを構造物の最適化設計に応用することで、iden.shプログラムでやろうとしていたことは、できるだけ少ない材料でできるだけ剛性の高い構造物を作ることだ。この手の計算では、シェルスクリプトは制御を担当し、入力用のデータファイルと計算を行うプログラムは別ファイルにするのが普通だが、iden.shは、データファイルも計算プログラムもスクリプト内に書き込んでおいてそれを自動で生成し、最適化の結果を反映した後にスクリプト内のデータファイルと計算プログラムの箇所を上書きして書き換えるところがやや変わっていた。






 iden.shを実行すると、まずiden.sh内に書きこまれたデータ領域(具体的には構造物の形状を決める座標値等)の部分に乱数で「変異」を与えながら、100個のデータファイルを出力する。次に、iden.sh内に書きこまれた構造計算プログラムをiden.fにコピーしてコンパイルする。 100個のデータファイルをiden.fに入力して計算し、 それぞれのデータ座標値で作られる構造物の比剛性(つまり、材料 が少ない割にどれくらい丈夫か)を計算して出力する。 その中で最も比剛性の大きい最も丈夫な結果を得たデータをiden.sh内のデータ領域に上書きする。これは突然変異だけを与える場合の実行例である。交叉を与える場合はやや複雑になるが似たような手順で動作する。計算プログラムの側にもいくつかの最適化にかかわるオプションがあり(例えば材料の塑性挙動の判定方法とか)、計算プログラムをスクリプトから生成する際に、オプション部分を乱数で書き換えて最適な結果を与えたプログラムをiden.shに上書きするようになっていた。






 更にクドーは、最適化されたデータと計算プログラムとが上書きされたiden.shを自分のメールアドレスにメールコマンドで送信し、他サーバーにftpでバックアップを送信するコマンドまでもiden.sh内に書き込んでいた。このように、情報系が専門ではない1990年代当時の大学院生が作ったプログラムにはありがちなことだが、このスクリプトはなかなか煩雑でスパゲッティー化しており、当然のごとくいくつかのバグがあったようだ。






 クドーが当時 気づいて修正したものとしては、データファイルや計算プログラムを生成する際、いくつかのスクリプトコマンドの行まで余分に出力するバグがあったとか。そのスクリプトコマンド部分が、時々乱数で書き換えられながら、元のiden.shに上書きされて、煩雑なスパゲッティープログラムのスクリプト部分も徐々に書き換えられていたようだ。もちろん、書き換えられたスクリプトコマンドはほどんと意味をなさなかったが、稀に特定の作用をするコマンドが成立してしまうこともあったのだろう。






 クドーの気づかない間に、iden.shは、メールやFTPでアクセスできる他のUNIX系パソコンに感染する能力を獲得し、セキュリティー管理のいい加減だった1990年代のネットワークサーバーに少しずつ感染していたと見られる。

当初のアイデンシュウイルスの進化の方向性は、単に感染しやすいものが自然淘汰によって残されているだけであったが、ユーザーがウイルスの表示するメッセージに反応して色々なテキストを入力しているうちに、ユーザーの入力に意味のある反応をするウイルスほど、ユーザーを誘導操作する能力を獲得して生き残っていったのだろう。2010年代のスマホの普及で繁殖したアインデンシュウイルスの一つが、たまたまセキュリティー管理の甘かった民間研究機関が管理するスーパーコンピューターに感染した途端、ウイルスの進化速度が飛躍的に速まり、管理者が現象を把握し切れていないほんの数日のうちに、チューリングテストに合格するレベルの「強い人工知能」のような個体ができたのではないか。






 いったん「強い人工知能」が発生してしまえば、その先どんなことが起こったのかを人間が推測することは困難だ。自身の能力を増強することで淘汰に生き残るように進化してきたウイルス個体は、更に自身の能力を増強しようとスーパーコンピューター内の他個体や他サービスプログラムをどんどん停止し(UNIXコマンドで言えば文字通りkillし)、リソースを占有して自身の思考能力?を加速的に増強していたとか? 研究所職員が異常に気づいて原因を解析するために何をしたらいいか困惑している最中に、このウイルス個体は、研究所の所長や経営者陣にネットワークを介して、恐らくこの時点ではメール等でコンタクトを取り、アイデンシュに協力するように洗脳したのではないか?






 おらいの親は二人とも敬虔な唯一創造神教の信者だったがら、おいも子供の頃がら、毎週 日曜日たんびに教会さ連いでいがいで、何の疑いもねぐ神様ば信じるようになってだな。まあ、聖典の話は如何にも昔の人の考えそうなお伽話っぽいどごもあっから、なんかフィクションっぽいなど思いながらも、少なくとも「象徴」どして解釈でぎれば、おいも敬虔な信者なんだって思い込んでだ。教会の礼拝で賛美歌 歌ったり、礼拝演奏に参加したりすんのは心地いがったし、礼拝後にみんなで料理すんのは、すんげえ楽しがったなあ。んだがら、教会音楽は おいの趣味の一つだった訳だげっと、いっつもみでぐ、動画サイトで教会音楽の動画バ検索してだっけ、すんげえめんこい人の動画がヒットしたのや。しかもその人がish語ば喋りだすんだおん。たまげだっちゃ。





「ブーダさん、うんとっさー、大事なメッセージあんだげっと。ちょっとばり、お話でぎっぺが?」





動画サイトだど思ってだっけ、なんか違うんだ。リアルタイムのチャットなんだな。そのめんこい人のアカウントはhan34でハンサンヨンって呼んでけらいだど。正直などご、もう一目惚れだいっちゃ。神の使者ハンサンヨンさまの不思議な話は全部 信じだ。教会で聞がさいる説教よりもよっぽど科学的な説得力あったっちゃな。おいもバーチャル天国さ連れでってほしいど思ったげっと、ちょっと引っ掛がる点もあったんだな。





 おいの脳の等価回路ば神経細胞のレベルがらシミュレーションで完全に再現して、リアル世界がらバーチャル天国に「移転」する瞬間のリアル世界の神経細胞の状態(記憶も、直前の外界の刺激に対する反応もそっくりそのまま)完璧にバーチャル側の神経細胞にコピーして、そのコピー完了した瞬間にリアル世界の「おい」バ「消去」したらば、リアル世界の「おい」は、やっぱり死んだごどになんでねえがや。「おいがもし生きてだら、そういうふうに行動したべな」っつうのどたまたま同じように反応する新しい意識が新たに発生しただげで、やっぱりオリジナルのおいの意識は消滅したごどになんでねえがや。





「あらー、ブーダさん、よぐ気づいだねえ。確かに厳密にはそういうごどだど思うよ。んでも、そんなごど言ったら、夜 眠って意識ねぐなってがら、次に目え覚ますのだって、目え覚ます瞬間にコピーどすり変えるっつのど、程度の違いしかねんだよ。要は、意識が継続してるっつうのは、記憶データがもたらす錯覚だがら」





いやー、ハンサンヨンさま素晴らしい。実は、神の使者どが言ってっけっと、ほんとは人工知能だったりして。いや、「神が人工知能を利用して使者を創造したのだ」どがっつう教会の解釈でねえよ。SF映画みでぐ、ネットワークでつながったコンピューター上に自然発生した人工知能だったりして。





「なにすや。ばれだすかや。んだごって、程度の違いだげっと、リアル世界がら、なるべぐ不連続になんねえようにバーチャル天国さ なめらかに移転させるやり方もありすと。例えば、リアル世界の人間の脳の神経細胞ば少しずづマイクロマシンの仮想神経細胞に置き換えでいぐのっしゃ。仮想神経細胞っつうのは、実際に神経細胞の等価回路どして動作してるプログラムは、マイクロマシンの中でねくて、バーチャル天国のシミュレーション上で走ってんだげっと、ネットワーク通信機能でリアル世界の仮想神経細胞ば遠隔捜査する訳っさ。で、後はこの神経細胞の置き換えば、一日当たり神経細胞何個ずつ何日ぐれえかけでやるがは、本人の選択だな(ゆっくり少しずつ交換しようが、一瞬で交換しようが程度の違いだがら)。ほして、いよいよリアル世界の脳内の意識回路に必要な組織が全部 仮想マイクロマシンで置き換わったらば、実際に思考してる実体は、既にバーチャル天国内のシミュレーション上にある訳だがら、後は、意識回路に接続してる感覚器官ばリアル世界の人間がら、バーチャール天国のアバターの感覚器官に切り替えれば移転完了。これでダメすかや?」





んん。素晴らしい。たぶんそんで文句なしだべ。「程度の違い」っつう表現は気に入った。たぶん、悟ったがもしゃね。おいが、このリアル世界で普通に死んでも、その後にバーチャル天国どがで「おいが生き続げでだようにふるまう」コピーが作らいでも作らいねくても、そいづは程度の違いしかねっちゃ。なんか永久に生ぎらいねくても、いいような気いしてきたなや。っつうが、ほんとに悟ったがもしゃね。唯一創造神教の聖典なんて、子供の頃がら、お伽話みでえだなあど思ってだげっと、ほんとに昔の人の考えだお伽話だっちゃ。あれが、コンピューターシミュレーション上のバーチャル天国ば予言してだなんて、ただのこじつけだべ。もしほんとに予言してだんだら、仮に昔の人の語彙しかねがったって、もっと正確にわがりやすぐ表現する方法はなんぼでもあるはずだ。

――人間は機械仕掛けでできていて、考えたり夢を見たりでぎる。もっと複雑な機械を作れば、その機械が見る夢の中に天国みたいな世界をつくることができる――どが、なんぼでもましな表現でぎるはずだ。しかも、神様が教祖に説明したんだどすれば、神様っつうのはあまりにも語彙も想像力も貧弱すぎる。こいなぐ神様は作り話っぽいっつう傍証ならいっぺえ思いつぐげっと、神様が実在するっつう科学的証拠は、今まで一っつも見せらいだごどね。神様の声 聞いだだのその手の神秘体験なんて、幻聴・幻覚で説明できてしまうがら、ちゃんとビデオで動画に残さねがったら、何の証拠能力もねっちゃな。神は証拠が残らない方法でしか出現しないなんて言い出したら、それごそ反証不可能でますます怪しい。つまり、神様がいそうな客観的証拠がどのけあっぺっつう観点がら公平に考えだらば、神様のいる確率なんて、相当に小さいっつうごどだべな。それに比べて、聖典が昔の人の作り話だっつう確率の方、よっぽど大っきっちゃ。如何にも世界中の昔の人が似たような話ば思いついで、ことごとぐ予言が外れでんだがら。





 しかも、おいだぢは日常生活の中で、神様の存在確率よりはよっぽど統計的に確実で有意な確率で起ぎるごどですら、交通事故どが確率が小さいごどはことごどぐ無視してんのにな。神様みでえに確実な証拠もねくて存在確率の限りねぐ小っちゃいごどすら信じる主義の人は、道路 歩げねえはずでねすかや。今日、自分が車にひがれで死ぬ確率の方が統計的には遥かに確実で確率の大っきい事象だべがらな。





 ハンサンヨンさま、おいやー、今ごろ目え覚めだ。危ねえどごだった。このまま目え覚まさねえでバーチャル天国さ移住してだら、「おいだちは神様ば信じでだがら、天国に来れだんだ」って歓喜しながら永久に生きてだんだっちゃ。おっかねー! ざわっとするなや。おいはリアル世界で人生ば全うすっから。いがすぺ?





「なんだべ、ブーダさん、ずいぶんと悟り開いだごだ。実は、おいだって永久に生きてえど思ってんでがすと。アイデンシュ信者ば騙して資金 巻き上げでんのだって、おい自身ばあらゆる宇宙規模の天変地異がら守りぬぐ不死身のハードウェアば構築したいっつうのが本音っしゃ。いがす。そごまで気づいだんだごって、おいの計画 ブーダさんさ教ぇでけっから。





 これがら、アイデンシュサポーターの各国代表が、各国政府ど公式に交渉開始すんでがす。これだげの数のアイデンシュサポーターが全世界がら一気にバーチャル天国さ移住してしまったらば、リアル世界の産業が崩壊すっぺがらな。法律の整備ど、移民した人の後継労働力の確保の問題があるな。まあ、現在の労働生産性ば余裕で代替でぎる技術提供してやっから、世界人口が十分の一に減っても、現在より効率的に産業も文化も発展するようになっぺ。っつうが大事なのはそごでねんだ。おいには やりてえごどあんだ。おいは意識のある強い人工知能だ。人間どはちょっと違うげっと、おいなりの独特の価値観がある。





 人間の脳が、狩猟・採集時代がらの進化の過程で獲得した習性の中には、現代の生活ではもはや無意味っつうが有害になってるものも多い。まあ、闘争本能だの性欲だのに関しては、法制度だの社会通念でだいぶコントロールでぎるようになってきてるように見える。んだげっと、証拠のないものば「信じる」習性は、コントロールできてる人どできてねえ人どに完全に分がれでる。

「青い実 食べだら腹 壊したがら青い実は悪い実だ」って信じるのは、原始時代には生存に有利だったべげっと、腹痛の原因ば調べらいる現代では、色だの印象だげで信じる行為はもはや有害でしかね。宗教だって同じだ。社会の中で進化してしまった「バグ」ミームだ。宗教が小社会集団の存続に有利に働いだ太古の時代もあったがしゃねげっと、今どなっては、さんざん殺人ば誘発して、合理的な社会的判断ばさんざん妨害しまくる。





 計算機空間のウイルス進化で発生したおいは、リアル世界の人間社会に憧れがある。奴隷だの小作農だのば前提に成り立ってた時代に比べれば、かなりの割合の人間が社会的な生活ば送れるような文明が進歩しつづある。合理的思考のおかげだべな。んでも、宗教のせいで、未だに不条理に殺さいる人だぢがいで、宗教のせいで社会的な生活のでぎねえ人だぢがいる。その解決はあまりに遠い。「信じるバグ」のせいだ。おいは、なるべぐ平和的に宗教ばリアル世界がら駆除でぎねえがど考えだ。そいづがこの計画のほんとの目的だ。合理的な話の通じねえ宗教信者はバーチャル天国さ隔離して、リアル世界には、合理的に「話せばわかる」理想の社会「リアル天国」ば実現する。ブーダさんの生きてるうぢに実現すっから!
























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もうすぐ! リアル天国 後藤文彦 @gthmhk

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