Close Call

大隅 スミヲ

第1話

 その場に居合わせたのは、偶然以外の何ものでもなかったはずだった。

 しかし、いま思えば、すべてが偶然ではなく、必然だったのかもしれない。


 東京渋谷にあるコンサートホール。伝説とも呼ばれたイギリス出身の五人組ロックバンドが来日して、ライブ・コンサートが開催される。その情報を得たわたしは、彼氏にどうしてもチケットが取りたいという話を熱心に語っていた。


 その時は、どうせ取れないだろうなと思いながら話していたし、居酒屋での話だったため彼氏もニコニコとして、その話を聞き流しているだろうと思っていたのだが、その数日後に来た彼氏から連絡にわたしは飛び上がるほど驚かされた。


『チケットが取れた』


 短い文面。最初は何の話であるかわからず、頭の上にクエスチョンマークを並べていた。

 しかし、メッセージのやり取りをしていくうちに、それがライブのチケットであるということがわかって、わたしは思わず奇声に近い雄叫びをあげた。


 チケットショップのサイトがサーバーダウンを起こしたというニュースをスマホで見たばかりだった。やっぱり、すごい人気だな。これじゃあ、チケットは手に入らないだろう。彼からメッセージが届いたのは、そう諦めていた矢先だった。


 本当に取れたのだろうか。確認をしようとチケットショップのサイトを覗こうとしたが、『HTTP 503 Service Unavailable』という文字が表示されるだけであり、サイトは閲覧ができない状態になっていた。後で知ったことなのだが、チケットは販売開始1分で完売。あまりに同時接続数が多すぎて、サイトがダウンしたということだった。 


 彼を信用していないわけではなかったが、わたしは本当にチケットが取れたのか心配になっていた。

 惚気のろけではないが、彼はわたしの性格をよく把握している。

 チケットが取れたというのが嘘ではないという証拠に、チケット購入済みのスクリーンショット画像を送ってきてくれたのだ。


 その画像を見た時、わたしは椅子から飛び跳ねて喜んだ。


「加藤さん、何があったかは知らないけれど、職場では静かにね」

 上司である宍戸さんが嗜めるようにいう。


「すいません……」

 わたしは宍戸さんに平謝りしたが、喜びを隠しきれず顔はにやけたままだった。



 ライブ当日。

 わたしは彼とおそろいのライブTシャツを着てコンサートホールへと出かけた。少し肌寒さもあったため、ライブTシャツの上には黒の革ジャンを着込んでいる。


 ライブ会場前ではチケットが買えなかった人たちがチケットを求める声を上げ、大勢のマスコミが開演前のライブ会場の取材をしていた。


 長蛇となっている入場用の列の最後尾に並んだわたしと彼は、ワクワクしながら開場するのを待った。

 開場時間となり、次々に人々が会場へと吸い込まれて行く。わたしたちもやっとのことで会場内に入ることができ、自分たちのチケットのエリアへと移動した。


「すごい近いじゃん」

 わたしは思わず歓喜の声をあげていた。

 

 そんな時、わたしのスマートフォンが着信を告げた。

 なんでこんな時に。

 わたしは苛立ちを覚えたが、画面を確認する。

 そのスマートフォンは業務用として支給されているものであり、緊急時に仕事の連絡が来るものであった。


 スマートフォンの画面ロックを解除して、着信したメッセージを読む。

『連絡されたし』

 短い文章で書かれた一文。

 嫌な予感しかしなかった。


 わたしは彼にちょっと電話してくると言ってその場を離れると、人のいない場所を見つけて電話をかけた。


「――加藤です。連絡をもらいました」

「ああ、休暇中にすまないね。面倒なことが起きた」

 電話の相手は上司である宍戸さんだった。


「面倒なことですか……」

 嫌な予感というものは、よく当たる。

 わたしは、話の続きは聞きたくないと思いながらも、宍戸さんの言葉を待っていた。


「渋谷で爆破予告があった。三箇所同時であるため、人手が足りないんだ」

 その言葉にわたしは息を吸い込み、腹の奥底に溜めた。


 ダメ。きょうはライブを見に来たんだから。一生に一度見れるかどうかのライブだよ。1分で完売。伝説のライブなんだよ。ダメ。だから、ダメ。

 その気持とは裏腹にわたしは受話口に声を送り込んでいた。


「わかりました。いまちょうど、渋谷にいます。場所はどちらですか」

 馬鹿だ。わたしは馬鹿だ。どうしょうもないくらいに仕事人間だ。断ることはできたはずなのに。でも、もしわたしが断ったら……。そう考えると、断ることはできなかった。


 いまさら悔やんだところで仕方ない。

 わたしは気持ちを切り替えることにした。

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