フロンティア・ホール
───目を閉じると、いつも夢を見る。楽しかった頃の、記憶。
幼稚園、小学校、中学校、そして高校。達也とはいつも同じだった。
遊んで、遊んで、遊んで───そして必ず、ここに来る。嫌な夢だ。明晰夢なのに結局何も変えられない。
今日、最後に目の前に出て来たのは達也の骸だった。片足を無くし、全身を腐敗させた彼が俺に縋りつく。彼は生きている筈なのに、俺の脳はそれを認めたくないのだろうか。
いや、違う。これは───
「……お前は生きてる、そうだろ?」
気付けば、俺は目を覚ましていた。眼前に広がるのは何も変わらない宇宙の暗闇、時計は傍らに置いてあるが、そもそもいつ寝たかも分からないので意味は無い。
ずしり、と肩に重りがのしかかる。睡眠という人間に備えられた自己回復手段をとった筈なのに、その疲労は落ちる所か寧ろ増している様にも思えた。
「そういえば、あの時は夢を見なかったな……今度からはそうするか」
あの時───ダンジョンで、医療ポッドで眠った時だ。確かあの時は夢を見ず、疲労も完璧に取れていた筈だ。
科学の進歩とはかくも素晴らしい事だ。俺は医務室に向かい、ポッドに入り目を閉じる。
今度はぐっすりと眠る事が出来た。夢も何も見ず、ただただ深い暗闇の中に意識を落とした。自分の中にある"何か"から目を逸らす様に。
「さて、じゃあ今度こそ行くとするか」
艦橋に戻り艦長席に座る。そこには寝る前と変わらずミズリが傍らに控えていた。変化の無い無機質な無表情を見ていると少し安心してしまう。
「フロンティア・ホール、現在時刻午前10時11分です」
寝る前から5時間経っている様だ。医療ポッドは数十分の睡眠で完璧に疲労を取ってくれる為、ベッドで寝ていたのは4時間強しかなかったらしい。
それはともかく、ダンジョン探索の準備をする。とはいっても大した事はしない。飯を食べ、服装を整え、銃火器を装備するだけだ。
それが終わると格納庫に行き、コスモパンサーに乗って地上に降りる。白昼堂々の侵入だがまあ何とかなるだろう。
地上では、未だダイラント山跡地から煙が立ち上っており、それに向かって祈る人々が大勢見えた。ある広場では司祭の様な者が演説し、それを民衆が不安げな表情を浮かべながら聴いている。
教会には人々が押し寄せ、皆撤退したのだろうか、盛況である筈の市場には1つも屋台が並んでいない。街道は王都脱出を試みる人々で溢れている。
キャノピーに装備された望遠システムによって、彼らの表情の1つ1つがよく見えた。
「まあ、火山でもない山がいきなり爆発したらそりゃ神の怒りとか大魔王の復活だとか思うよな」
「マスター、あちらに」
「ん?」
ミズリが指す方向を見ると、城の前でエリスフィーズが演説している。その隣には如月が聖剣を持って控えている。
やはり聖女と勇者という肩書きはこういう時に役に立つのだろう。聴いている民衆は皆どこか安堵した様な表情を浮かべている。
「……当の本人達は気が気じゃないようだが」
だが、そんな民達とは正反対に、2人の表情はどこか固い。2人はこの惨状を引き起こした人物が誰かを知っているからこそのその表情なのだろう。
俺が一体何をされてきたのか、如月はともかくエリスフィーズは知っている筈だ。だからこそ、王都をいつ吹き飛ばされてもおかしくない、そう分かっているのだ。
「……」
俺は視線を正面に戻し、ダンジョンに向かう。
自らも恐怖しながら、恐怖し救いを求めてくる民衆の相手をするのは大変だと思うが……まあ、頑張ってくれとしか言いようがない。
どれもこれも、見ないふりをしてきた彼女らが悪いのだ。そう自分に言い聞かせ、俺はフロンティア・ホール上空に辿り着いた。
さて、ダンジョンの入口は閉鎖されていた。流石にこの騒ぎの中でダンジョンを開いておく余裕は無かったらしく、また警備の兵士も他の場所に移っているのか居なかった。それはそれで入りやすいからいいのだが。
ゲリエドラグーンを構えながら中を歩く。道中で何度かモンスターに出会ったが全て一撃で処理できた。背後はミズリが固めてくれているので不意打ちの心配も無い。
初めてここに来た時の緊張感は何処へやら、俺達はすぐに達也が落ちたという罠がある場所まで辿り着いた。
「探査用ドロ〜ン」
テッテレー、と音が鳴りそうなイントネーションでそれを取り出す。流石に生身で罠に突入はしたくなかった。
八本足で全長20cm程の蜘蛛型ロボット。見た目は気持ち悪いが水陸空両用の万能ロボットであり、自衛用にショックガンまで装備している。
それを放ち、罠の所まで歩かせる。やがて罠が発動し、ロボットは突如出現した穴の中に落ちていった。
「さて、中はどんな感じかね〜」
コントローラーのモニターで内部を見る。初見殺しの凶悪な罠もこうなれば形無しであった。
モニターに閃光が走る。見ると巨大な狼の様なモンスターが倒れており、恐らく自己防衛機能が働いたのだろう。そのまま周囲を見回すが他にモンスターは居ない。そこはルームになっており、他の場所に続く道なども無いようだった。
つまり、次にモンスターが湧くまではそこは安全だ、という訳だ。俺達は反重力装置を作動させてワザと罠にかかり、底に落ちた。
「でっけえ狼……ここに待ち伏せてたって事は達也を襲ったのもコイツか? いや確認の時に狩られたか……」
体長3m程もある巨大狼。今は気絶しているがもし動いていれば如何に銃を持っていたとしても危うかったかもしれない。
俺は銃口を突きつけながら思考に耽ける。
「達也が罠に嵌められたのが……1ヶ月ちょい前くらいか。なら解剖してもあんま意味無いかなあ。いや、まあ念の為やっとくか」
コイツを解剖……もとい解析する為の道具は、俺が睡眠の時に使った医療ポッドだ。コイツはかなり大きいので大型の物を取り出し、入れる。重量はあるのだろうが反重力装置の前では無力であった。
解析中は暇なのでその場の周囲を探索する。何か痕跡があるかもしれなかった。
「何も無いな……まあこれだけ時間が経てば当然か」
が、駄目。その場にあるのは石や砂ばかりであり特にこれといった物は見つからない。
このまま解析終了までの推定数十分間をこの場で無為に過ごさなければならないのか、そう思った時だった。
「マスター、この先に空間があります」
「空間?」
ミズリが何もない壁を指差す。試しに爆薬を仕掛けて起爆してみると、破壊された石壁の向こうに暗く長い空間が見つかった。
「隠し通路……」
「マスター、こちらを」
「これは……匍匐前進で進んだ跡、か?」
通路は長らく使用されていなかったのだろう、そこには大量の埃が積もっており───そして、その中央には何かを引き摺った様な跡が残っていた。そして、血痕も。
ミズリが軽く解析すると約1ヶ月程前の物らしい。つまり、達也の物だ。それはずっと奥まで続いている。痛々しい痕跡ではあるが、それは彼がここで死んだ訳ではない事の確固たる証拠であった。
医療ポッドの解析を中断させて回収し、俺達は通路の奥へと進んでいく。ダンジョンの他の場所とは違い明るくはないが、暗視スコープがあるので問題は無い。眼下には先行する探査用ドローンがあり、もし何か罠があっても大丈夫だ。
「音響探知、完了しました。地図を作製、提示します」
「おお助かる」
ミズリが気を利かせてここの地図を作ってくれたらしい。空中に映し出されたホログラムの立体地図を見て、俺は思わず顔を顰める。
「広すぎない?」
まず、この通路があと300m程続いている。そしてその先にあるのは、恐らく新たなダンジョンだ。こんな場所にダンジョンがあるとは聞いていないので多分未発見の物だろう。
そして何といってもそのダンジョンは広い。フロンティア・ホールよりも遥かに広く、半径1km程の円筒状に広がるそれは地下50mから700mにまで分布している。一般的にダンジョンは広ければ広い程モンスターの強さが上がると言われており、このレベルにもなると恐らく平均レベルは150を超えるだろう。俺など鼻息で死んでしまう。
「ダンジョン内部の生命反応を確認しました。人間の物はありません」
「うーん……」
ミズリの無慈悲な報告が俺の心に突き刺さる。
それはつまり、ここに達也は居ないという事を示していたからだ。そして今俺達が辿っていた跡も暫く進むと消えていた。
「取り敢えずダンジョンをくまなく探して───」
「マスター、空間航跡を発見しました。位置を地図内に表示します」
「───何だって?」
途方の無い作業に取り掛かろうとしたその時、彼女がそう伝えてくる。
空間航跡───彼女曰く、ワープをした際に残る空間の僅かな歪みらしいそれが、ダンジョンのとある位置にあったというのだ。それはダンジョンの最下層にある一際大きな部屋に残っており、歪みの大きさから約1週間程前に行われた物らしく、そして行われたのは探知出来る限りではその一度だけだという。
「ワープ先は?」
「そこまでは特定出来ませんでした」
「じゃあそこに行ってみるしかないか」
ダンジョン最下層の最も広い部屋。大抵そこにはダンジョンボスと呼ばれる強力なモンスターが構えており、わざわざそこに残っているという事は何かあるのだ。
「テレポートか、はたまたそれ系のトラップか……」
ダンジョン内部にある罠には先程の落とし穴の他に他の場所へとテレポートさせる物も存在する。それはモンスターには反応しない───つまり、そこにはモンスター以外の何かが居たという事だ。
その何かは恐らくボスを倒し、テレポート罠を踏んだ。多分それは達也だ。彼は何らかの方法で怪我を治し、このダンジョンを踏破したのだ。
「───よし。俺達も達也に続くぞ」
「了解しました」
かくして、ここに俺達の初ダンジョン踏破が開始された。
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