8 3番目のドア
思い切って入っては見たが、まだモリーは生きた心地がしなかった。とても大きく立派な本棚に分厚い本が並んでいた。そこは書斎だった。重厚な本棚や机などの家具が並ぶ小部屋の真ん中に作業用のデスクが置いてあり、1人の大きな男が何やらパソコンで仕事をしていた。だがモリーがおびえたのは、その男、顔がどう見ても立派なタテガミをもつライオンだったのだ。ふさのついた立派な尻尾も後ろで揺れている。見れば見るほどライオンで、疑う余地はなかった。それが集中してパソコン画面を見つめている。
モリーは、この状況をよく考えて震える声で声をかけてみた。
「あのう…私はモリーラプラスという高校生なんですが、すいません…、もしかして、あなたは博物館顧問のプロフェッサー、アレックスライオンハートさんですか」
あてずっぽでライオンハートの名前を出してみた。
するとライオンは、ハタとこちらをふりかえって答えた。
「すまん、気が付かなかった。さよう、私は博物館顧問のアレックスライオンハートだ」
安心した、丁寧な人間の言葉だった。低く迫力のあるでもどこか優しい声でもあった。
「あのう、誠に失礼します。私は人探しをしています。1週間ほど前、ここにアンソニーゲオルギウスという環境学者が訪れたと思うのですが、こちらに来ましたか」
「うむ、ゲオルギウスだね、ああ、きたよ。彼とこの部屋でしばらく話をしたんだ。彼は優秀な人物だ、だが、かれはここからある場所に出かけて行った」
どこに出かけたのかと聞こうと思っていたら、コンコンとノックの音がして、後ろのドアがゆっくり開き始めた。
「モリーさん、大丈夫?」
階段の下で待っていた2人が心配してやってきたのだ。
2人もモリーの前にいるライオンを見て一瞬ぎょっとしたが、2人とも不思議動物をこれでもかというほど見てきた後だったので、すぐに落ち着いてきた。
「ライオンハート教授、紹介します、私の友人のペルセポネホリーとチェルシーメイランドです。ペルセポネは幸運の小人がここにいると聞いて、チェルシーは偉大なるブタがここにいると聞いてやってきたんです」
「うむ、まず幸運の小人だが、それはこの部屋の西口の扉にいる可能性がかなり高い、でもあの幸運の小人の魔法を作ったのは、セーラジェネシスと、レイチェルローズウッドだからそっちに聞いたほうが早いかな」
そういうとライオンハート教授は着たにある扉をあけて大きな声を出した。
「レイチェル、レイチェルローズウッドはいるかな?」
するとすこししてドアを開けて顔を出したのはなんとあの魔法少女、セーラジェネシスではないか。
「教授、すいません、レイチェルは、新しい魔法アイテムがもうすぐできそうだと、最後の仕上げにかかっているところで…」
「ああ、終わってからでかまわんよ。こっちの部屋に来るように言ってくれ。ペルセポネ君、すまん、そういうわけだ。少しだけ待ってくれ。」
聞いてみると、ライオンハート教授の研究の1つに仮想空間におけるいわゆる魔法の研究というのがあり、教授はいくつもの魔法アイテムの開発を行っていて、あのフリントピットマーベラスは准教授、魔法少女たちも実は研究員なのだという。
何もないところから何かを生み出したり、ヒトやモノの姿かたちを変えたりというのはコンピュータグラフィックを書き換えれば誰にでもできる。でもそれを瞬間でおこなったり、特別なエフェクトを加えたり、呪文とともにタイミングよくおこなったりできれば、それはこの世界では、もう魔法としか言いようがない。周りの人を驚嘆させたり感心させたり、貴重な体験をさせたりすることのできる魔法や魔法アイテムを、魔法少女たちは、教授の指導のもと、日夜開発しているというのだ。
やがてあの有名なメガネ娘も顔を出した。
「お待たせしました、幸運の小人の魔法を開発したレイチェルローズウッドです。ええっとあなたがペルセポネホリーさん、ちょっと待ってね、幸運のポイントカードのチェックをしてみるからね」
「幸運のポイントカード?そんなものがあったんですか?私は知らないけど」
「シークレットポイントだからね。あなたが幸運の小人を捜し始めた時から、シークレットポイントが採ろうとした回数や移動距離に応じてたまっていくのよ」
レイチェルは虫眼鏡のようなものでペルセポネをのぞいてみた。
「えええっ、す、すごい。987ポイントもたまっている。こんなにためた人はなかなかいない。あなたどれだけの距離を捜し歩いたの、すごいわね。200ポイントがたまると、ときどき当りが出て、500ポイントが出るとかなりの確率で小人が出るようになるの。800ポイント以上貯めると、ちょっとしたことで見つかるはずよ。この隣の部屋、西の扉の向こうにある部屋は理科系のとても大きな図書館につながっているの。そこが高い確率で小人の出る部屋だから、今すぐ捜しに行くといいわ」
「はい、すぐ、すぐにいってきます」
ペルセポネは顔を輝かせて、さっそく西の扉へと歩き出した。
「…」
その時モリーは、いたずらそうな小人が、ペルセポネの背中のリュックから顔を出しているのを見つけ、声をだしかけた。でも小人はなぜか、口に人差し指を立ててだまっている用に合図した。モリーが黙ってしまうと、ペルセポネは西の扉に入っていった。
するとレイチェルローズウッドが笑いながら言った。
「小人のAIがついに発見イベントを盛り上げるために用意しているみたいですよ」
そして西の部屋からガタゴトと動きまわる音が聞こえてさらに2、3分が立った時、ペルセポネの大きな声が聞こえてきた。
「やったわ、小人を捕まえたわ。大実験時点の37巻をひっぱりだしたら飛び出してきたの!」
やがて隣の部屋から、ニコニコしながらペルセポネが帰ってくる。そして手のひらをそっと開けると小人の金色の小さな人形が出てきた。
「捕まえようとおもいっきりつかんだら、いつの間にか、小さな金色の人形に変っていたの」
すると今度はセーラジェネシスがほほ笑んだ。
「魔法少女のページにアクセスすると、無料で記念のキーホルダーに変えてもらえるサービスがあるわよ。よかったらアクセスしてみてね」
ペルセポネは、これは絶対記念にキーホルダーに変えてもらうといって笑った。
「でも今度のことで学んだわ。捜して努力していろいろな情報を集めれば幸運の確率は上がってくるとね、それを学んだことが幸運かしら」
するとライオンハート教授が、こちらを振り返りながら言った。
「では今度はチェルシーとモリーの番だな。偉大なブタとアンソニーゲオルギウスは今同じ場所にいるはずだ」
そう、このライオンハート教授の部屋の、北側の扉は魔法少女たちの魔法公房につながり西の扉は理科系図書館につながる。そして第3の扉、はいったいどこにつながっているのか?
「…さあ、あとは君たちの努力次第だ。扉を開けていってきなさい」
第3の扉、東の扉を開けて、まずモリーが、続いてチェルシーが歩き出した。
「…」
「あれ?…ここって…どこか見覚えが…」
そこには見たことのあるような造りの白い廊下が続いていた。
そして右側に白い扉があり、その扉に何か書いてあった。
「ええっと、これって…」
モリーは文字翻訳機能を使ってどこかの国の言葉を解読した。
「ええっと、ここはプラチナテーブル室?え、ってことは、ここはあの喫茶店ポーラースターなの?さっきの扉は、秘密の入り口ってことなの?」
するとその白いドアがスーッと開いて、そこに背の高いあの人が立っていた。
「あらモリーさん、さすがね、秘密の入り口から自分でやってきたのね。ようこそポーラースターの2階、プラチナテーブルへ」
ベールの影から、あの印象的な瞳だけ出したマダムクリステルが、そう言って笑った。
「わあ、すごい。輝くような銀色の丸テーブルがある。これがプラチナテーブルなのかしら」
モリーはチェルシーと部屋に入っていった。そこは銀色のかなり大きな丸テーブルを中心に飲み物や簡単な料理を出すキッチンコーナー、そして大きな本棚があり、マダムの話では、貴重なボードゲームがたくさん並んでいるらしい。厨房のスタッフやウェイトレスも来ていて、一生懸命に何かを用意している。今、丸テーブルには数人が座っているだけだが、これからたくさんお客が来るということでその準備が忙しいらしい。
「…あのう、すみません、偉大なるブタとアンソニーゲオルギウスがここにいると聞いてやってきました。私は高校生のモリーラプラス、こっちは環境学を研究しているチェルシーメイランドさんです」
するとテーブルの椅子に腰かけていた2人が手を上げた。
どちらかが偉大なブタ、どちらかがアンソニーゲオルギウスだとおもってそちらを見たが、モリーはまた声が出なかった。1人はモコモコの羽毛に包まれた不思議な生物。確かにブタのような前を向いた大きな鼻とつぶらな瞳をしていたが、その体つきは、羽毛に覆われた恐竜、しかも狂暴なベロキラプトルそっくりであった。そしてもう1人は昔の秘密結社か何かのように、頭の先から足の先まで黒いガウンのようなものをすっぽりかぶり、目と口がわずかに見えるだけ、異様な雰囲気であった。
しかしモリーがどうしようかとためらっているうちにチェルシーは瞳を輝かせて、どんどんと偉大なブタに近づいていった。
「すごーい、あなたが偉大なブタだってすぐにわかりました。2億年の叡智の香りだけでも触れさせてください」
2億年?一体どういうことなのだろう。2億年の昔だったらまだ恐竜時代だ。ありえない。いや、偉大なブタは体つきと言い、羽毛が生えていることと言い、まんま恐竜だ。一体どういうことなのだ。
チェルシーはずっと温めていた質問を偉大なブタにぶつけてみたようだった。
「今人類は地球環境を破壊し続けこのままでは地球は近いうちに滅びるとまで言われています。恐竜時代にも、そんなことはあったのでしょうか」
すると偉大なブタと呼ばれたモコモコブタは、隣の黒いガウンの男としばらく小声で話し合い、それからこう話してくれた。
「…すまん、まだこの時代の言葉になれなくてうまくしゃべれるかどうか。…そう、恐竜時代にも同じようなことがあった。うまく説明できないが、ジュラ紀の終わりごろ、高度な頭脳を持つ恐竜人類が現れ、当時のパンゲア大陸から分裂したいくつもの大陸に植民地を建設し、大いに繁栄した。だが彼らは異星人と交流を持つ中で化学兵器を発達させ、そのうち1部の独裁者が誰もが思わなかった爆発実験を行いやがては戦争になり、反物質爆弾が世界中で爆発!いくつもの植民地が滅び、その影響で起こった異常気象でたくさんのステゴザウルスなどの剣龍、ブラキオサウルスなどの雷流を始めとする大型恐竜も滅びていった。彼らの愚かな破壊の痕跡は2億年の月日がほとんど消し去ったが、1部の遺跡がもしも発見されたら、古生物学の歴史が大きく変わってしまうに違いない」
「今世界で起きている戦争や独裁者の出現、最終兵器による世界の破滅はすでに恐竜時代にあったんだわ。すごいわ、こんな話が本人から聞けたなんていや凄い」
チェルシーメイランドは、すっかり興奮して皮膚が紅潮していた。
予想もしなかった偉大なるブタの出現に物語は大きなうねりを持って核心へと流れ始めた。
「すいません、アンソニーゲオルギウスさんですよね。スターシード氏から依頼を受けて、ネットから姿を消したあなたを捜している高校生のモリーラプラスと申します」
モリーは、いろいろ苦労して謎を解き、みんなに協力してもらって屋とここまで来たことを簡単に話した。アンソニーゲオルギウスは偉く感心して、モリーの話に耳を傾けてくれた。そしてモリーは心をこめてお願いした。
「ゲオルギウスさん、わかる範囲、答えられる範囲で結構ですから、私の質問にお答えください」
「モリーラプラス君?ああいいとも可能な限り応えてあげよう」
不気味な黒いガウンの男は、とっても温かい人だったようで、まっすぐにモリーを見てやさしく答えてくれたのだった。
「…アンソニーさん、まず現実世界のあなたは今どこにいるのですか」
「ああ、詳しくは言えないが、友人の別荘に転がり込んでおる。この実験が終わるまで、もう少しここで世話になるつもりだ」
「親切に教えていただいてありがとうございます、それで今、あなたは何か実験に関わっているんですか」
「ええっと…それは…」
身を隠した理由を聞こうと質問したのだが、実験のことを口に出した途端、ゲオルギウスの口は重たくなった。それでも彼は出来る範囲で答えようと、こんなことを言い出した。
「すまないが、あと1日だけ待っていただくことはできないか」
「ええ、それは全然かまいませんよ」
「本当は今日には終わる実験が長引いているのだ。すまんのう」
モリーはまた明日、このプラチナテーブルで会う約束をしてゲオルギウスと別れた。
チェルシーも偉大なるブタとまた会える約束もでき、2人ともルンルン気分でライオンハート氏の書斎へと帰っていった。ところがモリーにはもう1人の新しい客が待っていたのだ。
それは、魔法少女のメガネ娘レイチェルローズウッド、手に怪しい微笑みをたたえた50cmほどの大きさの少女の操り人形を持っていた。
「すいません、新しい魔法アイテム、踊って歌える操り人形が完成したので、ぜひモリーさんにモニターしていただきたいんですが」
「別にいくらでもやるけど、なんで私をご使命なの?」
「だってモリーさん、物おじすることもなく、いろいろな楽しみ方までするって評判ですよ。それに何と言っても少年少女合唱団の出身で歌がとてもうまいそうじゃないですか」
「え、評判??」
するとメガネ娘は操り人形の胸についていた金のライオンの紋章を見せた。
「どう、この少女人形イリスの胸についている菌のライオン、見たことないですか」
「あああ、これって?」
そう、あの川を探検したガラスの小瓶にも、鳥人間の鳥かごにも確かに金のライオンが付いていた。
「これは、ライオンハート教授の指導をうけてうちの魔法公房が作った印なのよ」
そうだったのか、ライオンハート教授や魔法少女たちとは以前から結びつきがあったのだ。
でもポーラースターとライオンハート教授の書斎がさらに魔法公房がこんなに近いとやはり関係も深くなるか…。
「…それで…この魔法アイテムは、どういったアイテムなの?」
モリーがそう言うと、レイチェルは、魔法公房からもう1人を招き入れた。
「さっそく出番よ。兄さん、、レオン兄さん」
レイチェルの兄が、少年の操り人形マリオンを持って入ってきたが、その兄とは、見覚えがあるあの少年だった。青い目で透き通るようなプラチナブロンド、そう、海の宮殿で金のペンダントをくれたレオンバーゼルではないか。
「あら、レオンさん、この間はありがとう」
モリーが首にかけていたペンダントを持ち上げてほほ笑んだ。レオンもうなずいてほほ笑んだ。
「じゃあ始めるわよ。ピコピコポーン」
そして今度モリーは、魔法で体が透き通りだし、気が付くと少女の人形イリスの中に吸い込まれ、人形と一体化していた。しかも、人形の顔もモリーそっくりに変っていた。。
「さあ、子供が大好き人形劇とミュージカル体験が同時にできる魔法アイテムが動き出すよ!セーラ、舞台をお願い」
するとセーラジェネシスが飛び出し、魔法公房につながるドアのすぐ横の壁に光の球を投げたのだった。
「光あれ、無からの創造、セーラマジカルクリエイション」
光の球は壁に当たって壁全体に広がった。するとその壁に両開きの扉が現れ、その扉が、輝きながら開いていった。
「わわわ…凄いわ。壁の向こうにないはずの部屋が現れた」
さっそくレイチェルもレオンも入っていく。なか派木の香りのする100人ほどの入れる、人形劇の小劇場だった。
「今まで何もなかったはずの壁の中に一瞬でこんな劇場を、さすが魔法少女セーラだわ」
「どうモリーさん。自分でしゃべろうとすれば自由にセリフも言えるし、操り糸に関係なく動くこともできるのよ」
「へえ、皆様こんにちは。本当だ、人形になっても自由にしゃべったり動いたりできる…でも、なんか変…」
そう言葉は、人形のようにとてもキーが高く、また動くさまは操り人形なだけにヒョコヒョコ、ふわふわしていた。
「じゃあ、これがこれからやるミュージカルの台本よ。よく読んで憶えてね。あなたが全部憶えきらなくても、同時にAIに記憶されるから簡単よ」
この魔法アイテムを使えば簡単に子供が喜ぶ人形劇の公演ができるというのである。
レイチェルローズウッドがきっぱりと言った。
「まだ昼だから、夕方までに一生懸命練習をして、夜に講演をやってみるわ」
モリーは公演なんて考えてもいなかったが、もう断ることもできず、乗りかかった船、腹を決めて、練習に打ち込んだ。だがそのときまた、あのポケット絵本、波乱万丈姫の生涯が、人知れず光り出したのであった。
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