3 波乱万丈姫の冒険、川
ドポン、チャポン!
ガラスの小瓶は1度沈み、ゆっくり浮かび上がっていく。
「わあ、水の仲ってこんなに透き通っているの?」
瓶の中から外を見る。ガラスのようにきれいな水がゆっくり流れている。
「そうか、ここは仮想世界だから、下水もごみもないんだわ。あ、小魚も泳いでいる」
ここスターシードランドでは、どこでも釣りができるように当初からコイやフナ、ブラックバスなどの日本で人気の魚が離されていて、釣りゲームのようなことがたやすくできるようになっていた。魚たちは実物そっくりに動き、AIがその魚の行動パターンそっくりに操縦していた。それと同じように、次はカブトムシ、クワガタ、コガネムシなど甲虫が林の中で捜して遊べるように放され、次は蝉や蝶、トンボ、バッタ、コオロギなどが放され、最近は、バードウォッチャーのための各種野鳥、河の中でも亀やスッポン、ハゼやウナギ、ドジョウなども増やされている。しかも一応専門家の監修を受け、上流、中流、下流で魚が違ったり、深みや浅瀬で違えたり、地形や環境で違えたりしてあり、結果として非常に豊かな多様性に満ちた生物層が見て取れる。
「わあー、浅瀬で瓶が止まっちゃったわ」
瓶が浅瀬に流れ着いてしばらくの間動かなかった。でもその間、美声のほっそりしたカエルが競うように鳴き合い、水を飲みに来た野鳥たちがさまざまにさえずった。黒い翼の烏アゲハや、よく似たオナガアゲハも水飲みにゆらりと舞い降りた。
最後に浅瀬の小魚を狙って、サギたちがやってきた。その細い優雅な足で浅瀬の小石を蹴りつけると、驚いた小魚が飛び出す。そこを狙って小魚をついばむのだ。
そしてシラサギたちが優雅に飛び立つと、ガラス瓶もまた透き通った水の中をゆっくり流れだす。
「へぇー、こんなにきれいで楽しいなら瓶で川下りも悪くないかも…」
モリーが瓶の中で座り直したとき、ポケットで何かが光り出した。
「あら、波乱万丈姫の絵本だわ」
モリーはゆっくり流れるガラス瓶の中で絵本を読み始めた。
「…シルビア王女の父親が2度目にもらった美しい花嫁は、なんと悪い魔女でした。美しい姫を疎ましく思い、何と魔法で姫の体を小さくしてガラス瓶に入れてお城の窓から川に投げ捨てたのでした。そして国王にこう言ったのです。なんとわがままな姫、あの宝石の国の王子のところに勝手に出かけてしまいました。国王様を捨てて。シルビア王女はもう帰ってきません、もうあんなわがままな姫は忘れるのです…。
そのころシルビア王女はたった1人きりでゆらりんゆらりんと川を流されていました。
ところがシルビア王女は、川に水を飲みに来た小鳥や蝶、カエルなどとすっかり仲良しになっていたのでした。そしてそのうち、にぎやかなさえずりが聞こえ、泳ぎと魚とりの上手なカイツブリと仲良くなりました。カイツブリは、瓶の外からいろいろなことを教えてくれます。
「森は川と海の母乳みたいなものさ。森の落ち葉や栄養が川によって海に運ばれ、魚や鳥や小さな生き物たちを育てるんだ。だからぼくもおいしい魚が食べられる」
さらに王女は、せせらぎをリズムに小鳥やカエルに歌を習い、音楽の才能を磨いたのでした。森の栄養と海の栄養が豊かな世界を作り、今日もカイツブリはにぎやかに魚とりをするのでした。
王女はここで初めての歌を作りました。
川の流れは命のリレー。すべてはつながり支え合う。
「カイツブリさんの絵がとってもかわいい、どんな風に魚を捕るのかしら」
それから姫は大冒険の末海にたどり着くのですが、岩のような不気味な魚に飲み込まれ、海底の王国へと連れていかれるのでした…」
「魚に飲み込まれるのは嫌だなあ。死ぬかもしれないし、死ななくても、たぶん真っ暗で何も見えないわ」
でもモリーにも意外な展開が待っていたのだ。きらきら光りながら川を下っていると、突然何かが舞い降りてきた。
「キャー、いったいなんなの?」
それはキラキラ大好きのカラスだった。カラスはモリーのガラス瓶をしっかりつかむと、河口の方向に向かって大空を羽ばたいていったのだ。
「わあああ、すごいすごい、空中旅行だわ」
川が、建物が、木々が、小さなミニチュアになっていく。ミニチュアがぐんぐん流れていく。だがしばらく飛んだあと、別のカラスがキラキラを奪おうとやってきて、激しい戦いの後、モリーのガラス瓶は、カラスの脚を離れて墜落していった。
「キャアアアア!」
どぼん!川の中に落ちる。少し流れて、今度は草の茎に引っかかる。
そこは大きな干潟の見えるアシの生い茂る芦原だった。
「よかった、まだ生きてるわ。あれ何?何なのあれ?」
不気味なハサミがモリーを狙って近づく。それは動くものなら何でも食う、手長エビだった。
「おおお、不気味なやつ、でもガラスを割ることは出来ないはずだわ」
エビがあきらめるまで我慢していようと覚悟を決めたモリーだったが、その時、手長エビを狙って、1m近くある大きな魚シーバス、スヅキが襲い掛かってきたのだ。
ザッパーン!
激しい水の流れにくるくる回るモリーのガラス瓶、そのうち江尾語と飲み込まれたのか、視界が真っ暗になり、モリーは少しの間気を失っていた。
それからしばらくしてカフェポーラースターでは、釣りたての大きなスズキが厨房で裁かれていた。シェフのハドソンはスズキの腹を切ると、中からきらきら光るものが出てきて驚いた。
「うおっ、魚の腹からガラスの小瓶が出てきたぞ!」
するとシェフの驚いた声を聞きつけ、あの男が走り寄って来た。
「うむ、2時間45分、すばらしい、彼女が、モリー君が確かに帰って来たぞ!」
モリーからはガラス越しにカフェのシェフやらウェイトレスやら、フリントピットマーベラスやら、たくさんの顔が覗き込んでいるのが見えた、ちょっとゆがんだ感じで。
「ようし、今すぐ助けるぞ、パパラパー!」
そのとたんスッポンという大きな音とともにコルクが抜け、モリーも外に飛び出した。そして厨房の床の上でゆっくり大きくなっていったのだった。
モリーは、いろいろな生き物たちと出会ったことや、カラスに運ばれて結構な距離を空中移動したことや、手長エビごとスズキに飲み込まれた話をした。
「ありがとう、モリー君、実験は大成功だ。川の生き物はすべてつながっている、その絆を使って瓶は帰ってきたようだ」
モリーはまだマーベラスを怒ってはいたが、冒険が楽しかったので、まあ許してもいいかなと思ったのだった。
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