2 ポーラースターを捜して

その日のお昼ごろ、モリーは始発のゲート駅そばの商店街に降り立った。東と西に長く伸びる商店街は多くの人でにぎわっていた。

「あのう、すみません」

突然モリーにたどたどしい日本語で話しかけてくる素朴な少女がいた。中学生くらいで、何か困っているようだ。

だがモリーは、そのたどたどしい日本語、最近の流行とはあまりに異なった服装などから推理してこう質問した。

「こんにちは、私はモリー、あなたの名前は?どこの国から来たの?」

すると緊張がサーッと溶け、少女は笑顔に変わった。

「私はマヤ…」

東南アジアの国から来たのだという。この街のコンビニで働くことになったのだが、場所がわからないのだという。

モリーはすぐにマップ機能を教えて場所を調べ、また自動翻訳機能の効率的な使い方を教えてあげた。

あなたの母国語から直接日本語に翻訳するように設定を変えたから、これならもっとスムーズに日本語が使えるわよ。

「わあ、本当だ、モリーさんはコンピュータに詳しいのね。ありがとうございます」

マヤはモリーと仲良くなっていろいろ話をしてくれた。このネット上のコンビニで実際に働いて、金を稼ぎながら日本語を覚えて、将来日本で働きたいのだという。

その時は日本で実際に会いましょうとモリーはエールを送った。

さあ、自分も自分のことをやらなくちゃ。

「えーっと、謎解きの手がかりは…」

モリーは、スターシード氏にもらった手がかりをもう1度確認する。ボタンを押すとすぐメモが目の前に浮かび上がる。

手がかり1;劇場街にあるポーラースターと言うカフェで1人行方不明になっている。

手がかり2;消えた大女優の最後の言葉は「プラチナテーブルで、私を名前で呼んで。」だった。

手がかり3;もう1人は夜のパレードの参加中に姿を消した。

手がかり4;最後の1人は博物館街で姿を消したという。最後の通信には(…ここはどこかって?うむ、謎の博物館だ…)

以上。

モリーが最初に歩き始めたのはグルメ通りと呼ばれている通りだった。数多くの有名シェフや有名パティシエなどのお店が並んでいる。

「本当だ、高級店のソルコラールもある。店構えも凄い立派ね」

ここのお店の多くは、有名な料理人の実際の料理を作ったり盛り付けたりするところをすぐ目の前で見学して、気に入れば、実際の店を予約したり、ドローン宅配で取り寄せたりするのである。中には料理の技だけ、盛り付けだけで魅せる料理人もいるし、トークの面白い人もいる。質問を投げかけて料理のコツを教わる人もいて、いつも賑わっている。

「あ、アンジェラの店だわ」

ちょっと覗いてみる。中ではすらっと背の高いアンジェラが、栄養士のお姉さんとパティシエのおじさん、アシスタントの女の子を引き連れて、ケーキ教室をやっていた。まずアンジェラが、低糖質だとか、筋トレのためだとかケーキのコンセプトを述べ、それに沿った素材を指定する。すると栄養士のお姉さんがバランスを取るための食材をさらに加え、経験豊かなパティシエのおじさんがケーキに仕上げていくのである。

アシスタントの子が、ポイントをまとめて番組に仕上がっていく。

この日は豆乳、豆腐、アーモンド等ナッツ類、ココナッツジュース、こんにゃくゼリーと豆乳生クリーム、7種類の野菜でできたジュレで作った葉酸もたっぷりの低糖質プリンアラカルトだった。

特にアンジェラの豆乳生クリームは特殊製法のグルメも納得するおいしいと評判の物だった。この日も最後にちょっと高めのお値段が発表されると、ほんの3分ほどで完売となった。

「あ、そうだ私のところにも、おいしい紅茶と特性ミルフィーユがそろそろ届くのだった」

あまり寄り道もしていられない、ポーラースターは劇場通りにあるというのだが…。

マップ機能で場所を見ると、劇場通りはすぐわかった。ここは実際の舞台よりかなり格安に広い、大掛かりなセットの劇場が借りられる場所で、若者の多い小さな劇団などが小屋を建てて人々を呼び込む場合が多いようだ。

大掛かりな舞台セットを使おうと、特殊メイクや豪華な衣装を使おうが、しょせんはコンピュータグラフィックスなので費用はかなり安く、現実の役者は、スタジオや練習場で熱演し、直接動きやセリフをネットに送ってアバターを動かしているという。舞台の規模に関係なくここからヒット作やロングラン上映が何本も生まれており、たくさん劇団が集まってきて劇場通りと呼ばれるようになったのである。

今日もブロードウェイのミュージカルから小さな劇団のオリジナル劇まで、様々な舞台が軒を並べている。

そして劇場通りの1番奥には近年大ヒットした無重力ミュージカル、フェアリーキングの巨大なモニュメントがある。ここではアバターが役者なのだが、CGなので大きさやデザインは自由自在、空中に自由に飛び上がることも、列車を持ち上げることも難なくできてしまうのだ。フェアリーキングでは美しい羽根を持つ蝶や、繊細な羽で音楽を奏でる鈴虫などをモチーフにしたかわいらしい昆虫キャラがたくさん登場、飛びながら愛を語ったり、空中格闘技もお手の物、その中でも名場面のモルフォ姫と主人公のアーサービートルの愛の場面と、帝王ムカデカイザーと戦う、聖剣をかまえたアーサービートルのモニュメントがあり、大人気なのだ。

モリーはその有名なモニュメントを見上げながら先に進んだ。

「あったわ…。ここがカフェポーラースターね」

劇場の中に1軒だけ、石造りの西洋風のおしゃれな建物があり、ポーラースターの看板が出ていた。

「ここで1人が行方不明になってるのね、ちょっと怖いけど、当たって砕けろ」

ところがその時だった、店の中でざわめきが聞こえ、従業員らしき1人の厨房の調理員らしき男とウェイトレスらしき女性が1人、店の外に飛び出してきた。

「ウィルスが侵入して暴れています。オーナーのマダムクリステルは、緊急事態だと、本部へワープしたきり、帰ってこないわ」

「え、じゃあ、今は店には入れないんですか」

「特に人間に危険はないし、中に入るのは自由よ。中に入っても止まってるから何も起きないけどね。ごめんなさい、私たちはマダムを追いかけていくわ。ハドソンさん、行くわよ」

やがて従業員たちはどこかへドタドタと消えていった。

モリーはちょっと考えてから、手がかりを捜してやはり店の中へと入っていった。

「いやだあ、止まってるってこういうことだったの、私は後から来たから平気なのかしら」

とんでもなかった。店の中ではわけのわからない事態が起きていた。1人の太った客が、フォアグラを乗せたステーキを口に入れようと持ち上げたまま、ピクリとも動かなくなっていた。

近くでは何かに驚いた別のウェイトレスがお盆をひっくり返し、コーヒーの入ったカップから、黒い液体が空中にぶちまけられたまま、停止していた。

モリーは近づいて確認し、納得した。

「間違いない、コンピュータウイルスが入った時間に、この部屋の時間が停止したんだわ」

手がかりを捜すにも、謎解きをするにも、これではどうしようもない。

モリーが困り果てている時、もう1人の変な客が入って来た。銀ラメのきらきらしたスーツを身にまとい、シルクハットに宝石の埋め込まれたロッドを持っていて、何ともほりの深い派手な顔にぎょろりとした大きな目と、よくしゃべりそうな大きな口を持った妙な男だった。

「ああーん、なんですかここは?ウイルスに時間制御プログラムがやられちまったようですね。マダム、マダムはどこですか」

モリーはその男に行った。

「マダムは何とかしようと本部に行ったっきり帰らないそうです」

「ふむふむそういうわけですか、ああら、この部屋のあちこちにまだウイルスが残っている、特にこの柱時計にウイルスが多いようですね。時計をなおせば時間は戻ります、簡単なことです。ちょっとあなた、誰?ほう、モリーさん、それではこうしましょう。私は空間返還の魔術が使える魔術師です。あなたが手伝ってくれれば時計がなおせる、時計がなおせれば時間がなおせますよ」

「はあ、手伝うのは別に構わないんですけど、時計をなおせば時間が戻るって本当ですか?どうもそれが嘘っぽくてしんじられなくて」

「失礼な、私はあの大魔術師、フリントピットマーベラスですぞ。信じられないなら、今証拠をお見せしましょ」

するとその男は、あのロッドを振り上げてこう叫んだ。

「パパラパー!」

すると宝石が光ったかと思うと、モリーはあっという間にどんどん小さくなり始めた。

「ああ、なんてこと、どんどん小さくなりすぎ!」

「この仮想世界では、拡大縮小は思いのまま、もうあなたの身長は1cm、私の言うことを信じますか?そして手伝ってくれますか」

「わかりました、手伝いますからもとに戻してください」

「では成功したら賞品をだしますから、ご協力をお願いします」

するとフリントピットマーベラスはさらにロッドを振り上げ、掛け声をかけた。

「わあああ、いったいどうなるの?」

小さなモリーはふわっと浮かび上がり、そのままふたが開いた柱時計の中に吸い込まれていった。

「ここの柱時計は、時間制御プログラムが組み込まれている精密な機械時計です。今そこにウイルスが入って悪さをしている。ウイルスを実体化映像化してみます」

するとあたりが輝き、時計のあちこちからいたずら小人が顔を出した。けらけら笑いながら暴れ回っている。

「ウイルスを消去して補正プログラムで君があのいたずら小人をやっつけるんだ。パパラパー!

「え?これが補正プログラム?」

モリーの手に魔法とともに現れたのは、ピコピコハンマーだった。

「それであのいたずら小人の頭をぶっ叩くんだ、全部倒せば時間は元に戻る」

半信半疑ながらも、歯車の影から顔を出した1人の小人の頭をたたいてみる。

ピコッ!ピャーと大きな音とともにいたずら小人は光の粒に代わり消えていった。

「うむ、的確なピコピコショックだ。モリー君は筋がいいようだね、よし、時計の中を308枚の歯車の流れに乗って移動しながらやっつけ回るんだ。さあ、出発だ」

なにがなんだかわからないまま、身長1cmのモリーは時計回りの歯車に乗り、反対周りの歯車は飛び越し、精密な機械時計の中を流れていった。大きな歯車は高いところに運んでくれる。小さな歯車が続くところは細かくジャンプし、滑り台のような部品で滑り降りて1人ピコたたきし、1度に3人の小人が出てきたときは、手首をうまくつかって、高速3連続ピコたたき、流れて、とんで、ぴょこぴょこはねて、上がって、滑ってピコピコたたきだ!

モリーのピコピコ攻撃に形勢不利な小人軍団、部屋のあちこちから集まってくると、柱時計のすぐ下に集結し始めた。

「モリー君、気を付けないとやつらの最後の猛攻が柱時計に集中してくるぞ!」

「わかりました、ではこちらから先に攻撃します!マーベラスさん、下におろしてください」

「よし来た、パパラパー!」

するとモリーの体は浮かび上がり、フワフワと床へと降りていった。

「いくわよ、いたずら小人!流星ピコピコハンマー!」

ハンマーがきらめき、最初の強烈なピコピコショックが、1番先頭の小人に直撃した。

「ピコーん」

先頭の小人は思いっきりすぐ後ろの小人へと倒れ掛かる、そして爆発、光の粒になる。ところが2列目の小人が後ろに倒れ掛かり、またその後ろに倒れ掛かり、どんどん爆発していく。あれよあれよと見る間に小人たちはドミノ倒しに次々に倒れ掛かって爆発、そしてきれいに次々と倒れ掛かった全員が光の粒に砕け散ったのだった。

「ポッポー、ポッポー!」

その直後柱時計のハトが飛び出してさえずりが響き渡った。時間が動き始めたのだ。

あのステーキ食べかけのお客は、やっと飲み込みおいしいと感想を言った。こぼれかけたコーヒーは床にぶちまけられ、さっそく掃除が始まった。ウェイトレスが慌てて空中で受け止めたカップが割れなかったのが幸いだった。

「やったわ、本当に時間が動き始めた」

「見なさい、このフリントピットマーベラスの言ったとおりに復活だ」

どや顔のマーベラスの笑い声が響く中、部屋のカウンターの内側の空間が光、何かが現れた。

「ワオー、マ、マダムクリステル。時間を戻したのは私ですぞ、フリントピットマーベラスです、私がウイルス退治グッズを用意したのです。あと、こちらが通りがかりのモリー嬢です。実際にウイルス退治をしてくれたのは彼女です」

「そうでしたか、ありがとうございます。マーベラスさんにモリーさん」

それは8頭身、いや9頭身のすらりとした長身の女性だった。でも顔はあやしい占い師のようにベールに隠されていてよくわからない。これがこの店のオーナーなのか?

「今、本部にまで行ってどうしようかと相談していたのですが、もうすっかり店が元に戻って夢のようです。本当に有難うございました」

なんとお礼にとマーベラスには、魔法アイテム券が渡され、モリーには「波乱万丈姫の冒険」というポケット絵本がマダムから手渡された。

ポケット絵本というのはこの仮想世界専門の便利な本で好きなだけ小さくなったり大きくなったりする絵本で、読まないときは爪程に小さくしてポケットに入れておける本だ。

「マダム、この件だけど、確かマダムの店にはあの小瓶があったね。ちょうどいい機会なので試してみたいんだ」

「はい、どうぞ。これでいいのね、約束の小瓶」

「サンキューサンキュー、この魔法試してみたかったんだよ」

なんだろう、この小瓶には、隅に金色のライオンの紋章が付いている。神秘的というか、どこかあやしい感じもする。

マーベラスは、小さくなったモリーを自分の肩の上に乗せて、店の奥の階段のそばに歩き出した。

「ちょっと、マーベラスさん、私を元の大きさに早く戻してくださいよ。協力して、ウイルスも退治したじゃないですか」

「オーケー、オーケー、この魔法の小瓶の実験ならすぐに終わるから、終わったらすぐにもどすからね」

「はい。早くお願いしますよ、え、な、何を始めるんですか?ちょっとちょっと、待ってください」

するとフリントピットマーベラスはまたパパラパーと唱え、モリーを空中に飛ばすと、何

とその数センチの小瓶の中にすぽっと入れて、コルク栓をきっちりと占めたのだ。

「ちょっと、約束が違うでしょ、ちょっとマーベラスさん」

「約束の小瓶よ、おまえはたとえ海だろうが川だろうが、コルクの栓を閉めた者の口にした目的地まで正確に流れ着くというが、もしそれが、陸地であっても、このスターシードランド内ならたどり着くという。どういう魔法なのかそれを確かめたいのだ」

「え、じゃあ、私は何のために瓶の中に入れられたの?」

「見届け約だよ。よく見てきてくれよ」

「えええええ、そんな?!」

するとマーベラスは、そのままカフェの階段をとんとんと昇り、2階の窓辺に歩いていった。

「約束の小瓶よ、このカフェの1階まで瓶の中身を運びたまえ。できれば3時間以内に。よし、この川がよさそうだ。えーい」

そしてフリントピットマーベラスは、モリーの入ったままの約束の小瓶を、2階の窓から下を流れる川の中に投げ込んだのだった。

「キャアアア!」

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