隣国の王子様に求愛されまして〜ほのぼのライフだと思っていましたが〜
スカイ
第1話
「隣国の王太子様が婚約破棄されたらしいわよ」
「えぇ!?まあ、確かに婚約者のアリス様は..................、ねぇ。」
そんな井戸端会議をしていたご令嬢達の噂話を小耳に挟み、わたくしローザはいても立ってもいられなくなり、隣国の王子様のシュヴァリエ様とお話をすることにした。
そこでわかったことは、婚約者であるアリス様は、持ち合わせの妖艶さで貴族達を惑わせ取っかえ引っ変えしていたらしく、挙句の果てにシュヴァリエ様に婚約破棄を突きつけたそうだ。
ーー彼は何も悪くないのに..............。
いけない、明るくいきましょう。
「それよりほら!せっかくシュヴァリエ様と一緒にいられるんですから、もっと楽しいお話をしましょうよ!」
「楽しい話、ですか?」
「はい!なんでもお話くださいませ!」
わたくしがそう言うと、シュヴァリエ様は少し考えるそぶりを見せた後、口を開いた。
「そうですね............では、ローザは何か趣味はありますか?」
「............趣味、ですか?」
「ええ。この学園にはいろいろな施設がありますから」
その言葉を聞いて、わたくしはふと昔のことを思い出す。
わたくしの両親は、色々なところに旅行に連れて行ってくれたりしていた。
そんな両親に連れられてわたしも様々な場所に行き、そのたびに色んなことを教えてもらったものだ。
そしてその中でも特に好きだったものが、本などの娯楽だ。
有名な魔法使いや剣士に憧れて剣の訓練をしてみたこともあったし、図書館で本を読んだり物語を聞かせてもらったりすることも好きだった。
「そうですね...........、僕は体を動かすのが好きなのだけれど、読書も好きですよ」
「あら、そうなのですね!実はわたくしもです」
シュヴァリエ様は目を輝かせた。
その目はまるで宝石のようにキラキラと輝きに満ちていて、恥ずかしくて直視できなかった。
そしてシュヴァリエ様のそんな姿を見たわたくしの胸は、ドクンと大きく高鳴った。
ああ、なんて愛らしい人なんだろう............。
このままずっと二人で一緒にいられたらいいのに.............。
「あ、あの!もしよかったら、今度一緒に図書館に行きませんか?学園の図書館は、一度も行ったことがなくて。」
「図書館ですか?ええ、かまいませんよ。」
シュヴァリエ様は微笑みながらそう答えてくれた。
ーーうれしい、幸せだ...............! わたくしは心の中でそう呟き、高鳴る胸を抑えていた。
それからシュヴァリエ様とわたくしの学園生活が始まったのだが、最初は少し不安もあった。
というのも、わたくしがシュヴァリエ様の隣にいるということを知られると、皆さんの態度が変わるのではないか?という心配があったからだ。
しかし、そんなわたくしの心配は杞憂に終わった。
皆さんはわたくしに、変わりなく優しく接してくれたのだ。
それは、シュヴァリエ様がわたくしといる時に、常に笑顔でいてくれているからというのもあったかもしれない。
それに、シュヴァリエ様はいつも皆さんに囲まれていますが、誰かと一緒にいる時はそのお相手のことを大切に思っているのが伝わってくるし、誰かが困っているときには率先して手を差し伸べてくれるようなお方だ。
そんな姿を見ているうちに、わたくしも自然と笑顔になることができたし、もっとシュヴァリエ様と一緒に居たいと思うようになった。
そんなある日のこと。
わたくしはシュヴァリエ様と二人きりになる機会があったので、思い切ってお聞きしてみることにした。
「.........あの、シュヴァリエ様」
「なんですか?ローザ」
「その.........どうして、シュヴァリエ様はわたくしのことを気にかけてくれるのですか?」
「どうしてって........そんなの決まっているじゃないですか。僕はあなたのことが大切だからですよ」
その言葉を聞いた瞬間、胸がいつにも増して高鳴るのを感じた。
ドクドクと鼓動が速くなり、抑えられそうにない。
やっぱりシュヴァリエ様は素敵なお方だなぁ......。
そんなことを考えていたら、いつの間にかわたくしは涙を流していたようだ。
慌てて涙を拭おうとするが、なかなか止まってくれない。
そんなわたくしを、シュヴァリエ様は優しく抱きしめてくれた。
「大丈夫ですよ、ローザ」
「はい.........ありがとうございます」
それからしばらくして、ようやく落ち着いたわたくしはゆっくりと口を開いた。
「.......本当にいいんでしょうか?」
「ええもちろん、これからローザのことをもっと知っていきたいので。」
シュヴァリエ様は大きく頷く。
その表情は、とても慈愛に満ちていた。
美しい笑顔に見惚れながらも、わたくしは言葉を続ける。
「それでは.........よろしくお願いします」
そう言ってぺこりと頭を下げると、シュヴァリエ様がわたくしの頭を優しくなでてくれた。
........なんだかちょっぴりお恥ずかしいですが。
「こちらこそよろしくお願いしますね、ローザ」
ーーこうして、わたくしたちはお付き合いすることになりました。
それからというもの、わたくしとシュヴァリエ様は様々ところにデートに出かけた。
二人で一緒にご飯を食べたり、一緒に本を読んだりしながら話をして過ごす時間は、本当にかけがえのない楽しいものだった。
そんな生活を続けていくうちに、わたくしの中にあった不安は次第に薄れていったのだが............。
ーーある日のこと、突然事件は起こったのである。
その日は学園が休みだったので、わたくしはシュヴァリエ様と一緒に街に出かけていた。
街はたくさんの人で賑わっており、油断をすればすぐはぐれそうだ。
「わあ...........すごいですね!シュヴァリエ様!」
「ふふ、そうですね」
わたくしの言葉に優しく微笑みながら応えるシュヴァリエ様。
その笑顔を見ると、わたくしの心はますます温かくなっていくような気がした。
その後も二人で楽しく街を歩いていると.............突然、わたくしの前に数人の男たちが立ちふさがってきたのだ。
服装を見るからにこの国の方ではなく、今にも斬りかかってきそうな雰囲気を醸し出している。
「なあ、そこの美人さんよぉ?」
男たちはニヤニヤと下品な笑みを浮かべながらこちらを見た後、さらに言葉を続ける。
「俺たちと取引でもしようぜ?」
ああ、またか..........とわたくしは心の中で思った。
こういう輩はどこにでも現れるものだ。
そして、大体お金目当てであることが多い。
..........しかし、今日のシュヴァリエ様はわたくしに危険が及ばないようにするためか、すぐにわたくしの前に立ち男たちをにらみつけた。
「君たちのような下衆な者たちの誘いになど乗るわけがないだろう!さっさと消えたまえ!」
シュヴァリエ様が一喝すると、男たちは一瞬怯んだものの、すぐに嘲るような笑みを浮かべた。
「へぇ〜、いいのかい?そんなこと言ってさぁ...........。あんた、あの女の恋人なんだろう?」
そう言いながら男の一人がわたくしの方を指さすと、シュヴァリエ様の顔つきがみるみる変わった。
「っ!貴様ぁ..........!」
怒りの形相を浮かべながら男たちに詰め寄ろうとするシュヴァリエ様を、わたくしは慌てて止める。
「ま、待ってください!シュヴァリエ様!」
わたくしがそう言うと、シュヴァリエ様はこちらを振り向くことなく答えた。
「大丈夫ですローザ、僕がなんとかしますから。」
そう言って、再び男たちに向かおうとしたシュヴァリエ様の腕を、わたくしは強く引っ張った。
「ダメです!相手は複数人ですし、それに.........もし万が一、シュヴァリエ様の身に何かあったら...........。」
わたしがそこまで言いかけたところで、男の一人がわたしの腕を掴んだ。
「いいから来い、ほら早く!」
そのまま強引に連れていこうとする男たち。
それを見て焦ったシュヴァリエ様が慌ててこちらに来ようとするが.........わたしはそれを視線で止めた。
(大丈夫ですから..........!)
ああもう、なんてわたしはバカなんだろう........。
こうなりたくなかったから、シュヴァリエ様を巻き込みたくなかったのに...........。
だけど、こんなわたくしを好きだと言ってくれて、大切にしてくれるシュヴァリエ様の気持ちを、無駄にしたくない。
そう思って、わたくしは覚悟を決めたのだった。
ーーそれから数時間後。
わたくしは縄で縛られたまま、路地裏に放置されていた。
(うう..........やっぱりされるがまま蹴られたせいで、体の節々が痛い...........。)
そう思いながら小さくため息を漏らすわたくし。
そんなわたくしの視界には、壁にもたれ掛かるように気を失っているシュヴァリエ様の姿があった。
その姿を見て、わたしは胸が苦しくなる。
(本当にごめんなさい........シュヴァリエ様.........)
わたくしが泣き出しそうになると、突然上から声が聞こえてきた。
「お?なんだ、お嬢様はもう起きてたのか」
声のした方を見ると、そこには男がいた。
その男は下劣な笑みを浮かべながら、こちらをじっと眺めている。
(この人がリーダー格なのかしら...........?)
そんなことを思っていると、男はわたくしに執拗に話しかけてきた。
「やっとおとなしくなったみたいだな」
そう言いながら舌なめずりをする男に嫌悪感を覚えるわたくしだったが、ここで怯んでいてはダメだと思い、キッと睨みつける。
「なんだぁ?まだそんな目ができんのかよ。まあいいけどなあ」
そう言って男はこちらに近づいてくると、わたくしの首にナイフを向けた。
金属のひやっとした冷たい感触が、なんとも心地悪い。
「.............なあに、簡単な話だよ。お前が俺たちに金目のものを渡すっていうなら、その王子様と逃がしてやったっていいんだぜ?」
一瞬何を言われているのか分からなかったが........この男は、シュヴァリエ様を人質にわたくしを取り込もうとしているらしい。
(そんなこと言われて、そう簡単に頷くわけないじゃない!)
そう思って男を睨み続けていると、彼は苛立った様子を見せ始めた。
「ちっ...........まあいいや。おい!お前ら!」
男がそう叫ぶと、部下らしき男たちがやって来てわたしを取り囲む。
そしてそのうちの一人が、シュヴァリエ様に剣を突きつけた。
「こいつがどうなってもいいのか?」
そう言って脅す男に、わたくしは叫んだ。
「..............やめてっ!!!!」
ああもう、........わたしのバカ!
なんでこうなるのよ!!
シュヴァリエ様が危ない目に遭うのはいやだけど........巻き込みたくないから、わたくしは決意をした。
そんなわたくしの様子を見て、リーダー格の男は再び口を開く。
「じゃあさっさと決めろ、金品を渡すかこいつを見殺しにするか!二つに一つだ!」
(仕方ない........こうなったらこの人たちを一気に倒すしかないわ........!できるかわからないけど......。)
見よう見まねで、本で学んだ魔法の知識を使うことにした。
手に力を込めて、声を高らかにして叫ぶ。
『フランメ!』
わたしが唱えた瞬間、私の手から炎の塊が飛び出していく。
その炎の玉は一直線に男たちに向かって飛んでいき...........命中と同時に爆発した。
「うそだろ!!!」
「うわぁあっ!?」
男たちが悲鳴を上げて吹き飛ばされていく。
そんな彼らの様子を見て、わたくしは唖然とした。
(うそっ!?こんなに威力があったの!?まさか本当に使えるなんて...........。)
予想以上の威力に驚いていると、傍からシュヴァリエ様の呻く声が聞こえた。
「ローザ........?」
「.............あ!シュヴァリエ様!」
我に返ったわたくしは、急いでシュヴァリエ様に駆け寄ると、縄をほどいてあげる。
そして、近くの木箱の上に彼を座らせてあげた後、もう一度彼の様子を見てみる。
幸い、シュヴァリエ様に目立った外傷はないようだったが、彼は気を失っているようだった。
「シュヴァリエ様...........ごめんなさい............わたしのせいで.............」
わたくしは泣きながら彼に謝罪した。
すると、今度は彼がわたくしの頭を優しく撫でてくれる。
「ローザは何も悪くありませんよ、助けてくれてありがとう。」
そんな優しい言葉をかけられながら頭を撫でられていると、どんどん涙が溢れてきた。
そして.............とうとう我慢できなくなったわたくしは、大声で泣き出してしまったのだ。
しばらく泣いて落ち着いた後、わたくしは改めてシュヴァリエ様に謝罪した。
「本当にすみませんでした.............」
「いいのですよ。それに...........僕を守ろうとしてくださったのでしょう?」
そう言って微笑むシュヴァリエ様を見て、わたくしの心はやっと不安から解放された。
もしシュヴァリエ様を失ってしまうかもしれないと考えると、咄嗟に体が動いていた。
わたくしはやっぱり、この人のことが大好きなんだなぁ............。
そんなことを考えていると、シュヴァリエ様が真剣な表情でわたくしの顔を穴が空く程に見つめてきた。
そして、静かに口を開く。
「ローザ」
「................はい」
わたくしが返事をすると、彼はさらに続けた。
「君に話しておかなければならないことがあります。」
(なんだろう............?)
わたくしが不思議に思ってそわそわしていると、シュヴァリエ様はゆっくりと話し始めた。
「実は僕は..........君のおじい様と昔から面識があるんです。」
(え............!?それってどういうこと!?)
驚きのあまり言葉を失うわたくしに構わず、彼女は話を続ける。
「僕の本当の名前は、シュヴァリエ=フォン=リーゼンフラウなのです」
(リーゼンフラウって確か...........帝国に仕える大貴族様の名前じゃなかったっけ...........?ただの王子様じゃないの...........?それとお爺様と面識って...........?)
混乱して慌てるわたくしにらシュヴァリエ様は落ち着いた様子で説明してくれる。
それは驚くべきものだった。
「幼い頃から、僕と君のお爺様はお話するきっかけに恵まれて、ずっとあなたのことを気にかけていたのですよ」
(そうだったんだ、あの気難しいお爺様と仲良いだなんて、全然知らなかったよ.............)
わたくしが驚いたままでいると、シュヴァリエ様は再び口を開いた。
「それでなのですが.............」
そこまで言うと彼は何か思案するような表情を浮かべる。
それからしばらく黙り込んでいたのだが、やがて決意を固めたのか顔を上げたかと思うと、真っ直ぐにわたくしの目を見つめながら話し始めた。
「ローザ..........僕と一緒に帝国に来てくれませんか?」
突然の申し出に困惑するわたくしだったが、彼は真剣な眼差しでこちらを見つめている。
.............どうやら冗談ではないらしい。
「あの.......どうしてわたしを.........?」と尋ねると、彼は少し悲しそうな表情を浮かべて答えた。
「君と出会って話す以前に、一目見た時からずっと思っていたのです」
(それってもしかして.............一目惚れってやつ......?)
とわたくしが妙にドキドキしていると、シュヴァリエ様はわたくしの手を取って続ける。
「君は強くて優しい子だと思いました。それに、僕は君のことが気に入ったのです。ですから..........僕の家族になってくださいませんか?」
(えええ!?ど、どうしよう...........!)
シュヴァリエ様の言葉にわたくしは頭が真っ白になった。
だけど...........答えはもう決まっていた。
「わ、わたくしで良ければ喜んで..........!」
そう言って、わたくしは思いきり彼に抱きついたのだった。
それから数日後...............シュヴァリエ様は陛下に謁見して、今回の件についての報告を行った後、わたしくしと共に帝国へ帰国することになった。
そして今、わたくしたちは帝国の都にあるシュヴァリエ様のお屋敷にいる。
「ローザ、これからはずっと一緒に暮らせるのですね」
そう言ってシュヴァリエ様が、まるで喜びを隠せないように嬉しそうに微笑んでくれる。それだけでわたしも幸せな気分になった。
(でも................本当にいいのかな?)
わたくしは、こんなにも順調に事が進んでいることに少し不安を覚えていると、そんなわたくしを見たシュヴァリエ様が、心配そうに声をかけてきた。
「...............ローザ、どうしましたか?何か不安なことでも?」
彼の言葉に、わたくしは正直に答えることにした。
「あの................、わたくしなんかが本当にここにいていいのかなって思っちゃって..............」
そんなわたくしの言葉を聞いたシュヴァリエ様は、一瞬驚いた後に優しく笑うと、わたくしの頭をぽんぽんと撫でてくれた。
「ローザ...............君はもう僕の”家族”なのですよ?もっと自信を持ちなさい、大丈夫ですから。」
その言葉に胸が熱くなるのを感じたわたくしは、思わず彼女に抱きついてしまう。
そしてそのまましばらく感涙を流していたのだが.................その間もずっとシュヴァリエ様は、わたくしを安心させる為に抱きしめ続けてくれていたのだった。
ある日のこと、わたくしとシュヴァリエ様は屋敷の近くにある森にピクニックに来ていた。
(うわぁ..........!こんなにも美しい場所があったなんて...........!)
目の前に広がる光景を見て感動しているわたくしに、シュヴァリエ様が話しかけてきた。
「ローザ?どうかしましたか?」
「あっ!いえ、何でもないですよ!素敵なところだなぁと思って」
そう言って恥ずかしさを誤魔化しながら、わたくしは笑顔で彼に話しかけた。
「ねえシュヴァリエ様!あっちに行きましょう!」
そう言ってわたくしが手を差し出すと、彼は嬉しそうに微笑んでくれる。
そして、そのまま手を繋いで歩き出したわたくしたちは、花畑の中心までやってきた。
花々の立ちこめる良い香りに包まれ、まるで楽園のようだと思っている時だった。
突然、わたくし達の目の前に大きな湖が現れた。
思わず「わあ............!」と感嘆の声を上げるわたくしだったが、すぐに異変に気が付いた。
(あれ........?なんだか周囲が暗くなってきたような気が.............)
その瞬間、突如として周囲の景色が変わった。先程まで咲き誇っていた花々が枯れ果て、地面は干からびてしまっている。
「え、シュヴァリエ様...........これ.........」
わたくしが声を振り絞ると、彼は悲しそうな表情を浮かべて言った。
「ローザ...........どうやら僕達は、罠にはめられたようだね」
彼がそう言った直後、周囲の空間が歪み始める。
そして束の間に、わたくしたちの目の前には巨大な魔物が現れた。
いきなり何が起こっているか理解出来るはずもなく、目眩がしてきた。
(...........ど、どうしよう!?)と動揺するわたくしに構わず、シュヴァリエ様は冷静に指示を出す。
「ローザ、あなたは下がっていなさい」
そう言って彼は剣を取り出し、魔力を込めて魔物に向かっていく。
炎の渦が巻き起こり、魔物の身体を包み込んだ。
だが..........まったくダメージを受けていないようだった。
それどころか、魔物は怒り狂いながらこちらに向かって突進してくる。
(このままじゃ.............!)
わたくしが死を覚悟した瞬間、突然シュヴァリエ様がわたしを抱き寄せたかと思うと.........そのまま口付けてきたのだ。
驚いたわたくしは目を見開き...........すぐに彼の意図を理解した。
(そっか..........!シュヴァリエ様は魔力を分け与えてくれているんだ...........!)
魔力の供給を受けていると、次第に身体が温かくなり、力が漲ってくる。
それと同時にシュヴァリエ様と目が合った。
(ローザ、あなたならできます)
わたくしは覚悟を決めると、魔物に向かって魔法を唱える。
『グラキエス!』
次の瞬間、魔物の周囲に巨大な氷山が現れると、そのまま包み込むようにして凍りつかせた。
同時にシュヴァリエ様がわたくしを抱き上げると、全速力で走り始める。
(すごい...........!これなら逃げ切れるかもしれない!)
そんなわたくしの期待は、すぐに打ち砕かれることとなった。
氷の中で暴れ回る魔物から、凄まじい衝撃波が放たれて、2人共吹き飛ばされてしまう。
ーー地面に叩きつけられたわたくしたちは、痛みに耐えられずそのまま意識を手放した。
「うぅん..............」
わたくしが目を覚ますと、そこはベッドの上だった。
きょろきょろと辺りを見回すと、隣にはシュヴァリエ様が眠っているのが分かった。
(よかった........!無事だったのね...........!)
安堵の溜め息を吐いていると、不意に扉が開き、一人の女性が入ってきた。
彼女はわたくしたちの姿を見ると驚いた表情を浮かべた後に、ほっと安心したように笑う。
(あ!そうだわ!この方はたしか..........)
わたくしが思い出したと同時に、彼女が声をかけてきた。
「目が覚めましたか?ローザ」
(やっぱりそうだ!この方は、シュヴァリエ様のお母様のサーシャ様だわ! でも、なぜ...........?
彼女はもう.........、)
不審に思いながらも慌ててベッドから起き上がろうとすると、サーシャ様が優しく微笑みながら言った。
「そのままで構いませんよ」
わたくしは言われるがままに横になったままでいると、彼女はベッドのそばに椅子を置いて腰を掛けた。
そして、穏やかな口調で話しかけてくる。
「シュヴァリエを助けてくれて本当にありがとう。あの子は昔からちょっとそそっかしいところがあってね............」
そう言って照れるように話すサーシャ様だったが、すぐに表情を引き締めると話を続けた。
「あなた達を襲ったのは、魔族の中でも強力な存在..........『魔王』と呼ばれる存在よ」
(..........あれが魔王なの!?そんなの、御伽噺でしか聞いたこと無かったわ)
驚くわたくしに向かって、彼女はさらに言葉を続ける。
「そして、この世界が魔王の力に包囲されてしまったことも............。」
(そんな.........どうしよう!?)
わたくしが動揺していると、サーシャ様が真剣な表情を浮かべて言った。
「あなたにはあの子を.........シュヴァリエを守る力があります。どうかあの子のことをお願いできない?」
(シュヴァリエ様を、守る力..........?それって一体...........)
「あなたは特別な存在なのですよ」
(わたくしが?どうして?)
「さあ、立ち上がって...........」
考える暇もなく、そう言って手を差し伸べてくる彼女に対して、わたくしはおずおずと手を差し出した。
すると、彼女はわたくしの手を掴むとそのまま自分の方へ引き寄せる。
そして次の瞬間には、わたくしの身体に何かが流れ込んできた。
(これは.........魔力!?)
驚いていると、サーシャ様がわたくしの耳元で囁く。
「これで、あなたはもっと強力な魔法を使えるようになったはずですよ」
わたくしがいきなりのことに戸惑っていると、今度はシュヴァリエ様が目を覚ましたようだ。
わたくしたちの様子をしばし見ていたサーシャ様は、女神のように美しく微笑んでいた。
「ふふっ..........どうやら、シュヴァリエとローザは無事に結ばれたようですね」
そう言って彼女は立ち上がると、わたくしたちに向かって話しかける。
「それでは、あなたにもう一つ贈り物を差し上げましょう」
(贈り物?一体なんだろう...............?)
わたしが首を傾げていると、サーシャ様は笑顔で言った。
「あなた方に『魔紋』を授けます」
(まもん.............?何それ??)わたくしがポカンとしていると、サーシャ様は説明をしてくれた。
「簡単に言えば、私達魔族が身体に刻まれている刻印のようなものです。これを刻んだ者は様々な恩恵を受けられます」
(へぇ...........そんなものがあるのね、すごいわ)
わたしがひとりでに感心していると、サーシャ様がさらに続けた。
「さあ、こちらに来なさい」
そう言って彼女はわたしの服に手をかけると、お腹辺りを脱がせていく。
「ちょっ!?い、いきなり何するんですか!!?」
慌てるわたくしに構わず、サーシャ様は作業を続けていくと............やがてわたしの中に何かが流れ込んでくるような感覚が襲ってきた!
(わっ!?なんだか変な感じがするわ......これが魔紋なの?)
わたくしが驚いてふと隣を見ると、シュヴァリエ様が心配そうにこちらを見ていることが伺えた。
「...........これであなたは『魔紋師』として覚醒したのですよ」
わたしが色々と疑問を口にするよりも先に、サーシャ様が再び口を開く。
「では..........そろそろお別れの時間です」
「え、そんな...........」
わたくしがあわあわと動揺していると、彼女は悲しそうな表情を浮かべながら話し始めた。
「あなた方はこの屋敷から逃げ出すのです」
彼女は少し間を置いて答えた。
「あの魔王を倒す為には力が必要です..........しかし、この屋敷周辺には結界が張られているため、いずれ魔王の手によって朽ち果ててしまうでしょう。」
「そんな..........!じゃあどうすればいいんでしょうか?」
わたくしが悲痛な叫びを上げると、サーシャ様が口を開く。
「まずは王都へ向かいなさい、そこで『勇者』を見つけるのです」
「ゆ、勇者ですか..........?でもどこにいるのか、誰なのかすら見当もつかないですよ..........?」
そんなわたくしを見兼ねたサーシャ様は微笑んだ。
「心配はいらないわ、きっと見つかりますよ。あなた方ならね...........。」
そう言って、彼女はわたしの頭を撫でてくれる。
まるでシュヴァリエ様に撫でられているかのような感覚がして、本当に親子なのだなと実感する。
「.............わかりました!必ず勇者を見つけてみせます!」
わたくしが決意を固めていると、サーシャ様が言った。
「それではどうか、気を付けて」
「はい!ありがとうございます!!」
わたくしがお礼を言うと同時に、彼女は優しそうな表情を浮かべると静かに目を瞑った。
次の瞬間...........彼女の姿が消えてなくなってしまったのだ。
(............き、消えちゃった!?)
驚くわたくしだったが..........ふと見ると、シュヴァリエ様も終始驚いた表情を浮かべている。
「い、今のは一体...........?」
そう呟く彼の手は僅かに震えていた。
どうやら彼も動揺しているようだ..........それもそうだろう。
今まで目の前にいた人が、突然消えてしまったのだから..........無理もないと思う。
わたくしはシュヴァリエ様を抱きしめながら、優しく語りかけた。
「大丈夫ですよ..............きっとサーシャ様も無事だと思います」
だから今は信じましょう?そう言ってシュヴァリエ様を励ましていると、彼の震えは次第に収まっていった。
「ええ.............そうですね...........ありがとう、ローザ。気持ちが楽になりました。」
(よかった...........!)
わたくしはホッと胸を撫で下ろすと、改めてシュヴァリエ様と向き合うことにした。
そして、彼に向かって手を差し伸べる。
「...............行きましょう、シュヴァリエ様」
わたくしが覚悟を決めてそう言うと、彼は微笑みながら手を取ってくれた。
「ええ、君となら何だって乗り越えられる気がします。 ................これからもよろしくお願いしますね。」
嬉しさの余りわたくしは必要以上に大きく頷き、涙を我慢しながら、シュヴァリエ様の大きな手を強く握りしめた。
「よし、それでは行きましょう!」
わたくしたちは大切な屋敷を出るために、力強く足を踏み出したのだった.................。
ーーそんなこんなで勇者と出会い、魔王を倒して国の栄光となる日が近いことは、今のわたくしたちは知る由もなかった。
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