第16話【終息】
「倒れている男だ、捕らえろ。第二術師団の上位五名を見張りにつけて運べ。その二名は証人だ、傷つけるな。それぞれ別の馬車に乗せて私の別邸へ連れていけ」
水の檻が消え、滴ってきそうなほど重く垂れこめていた雲が散る。
四方から衛兵と術師が一気に押し寄せてくる中、ニレはその場にへたり込んでいた。
全身から力が抜けていく、奪われたときと逆に記憶が頭や胸の内を殴りつける強さで戻ってきて、揺さぶりが酷い。自分の所有物だった景色も情緒も整理できない。
今起きたこと、自分がしたこと、今度こそ晴れやかに澄んだ空。
前のめりに倒れ、瞼を閉じてぴくりとも動かないビサイ、息を落ち着かせながら周囲に指示を出すミナセ。傍に屈んで肩を支えてくれているシギ。
自分から山ほど生まれた石が地面に広がって、陽を受けて七色の泉のよう、信じられない光景だと思った。
何とはなしに石粒を手で一掬い、そこでニレの意識は途切れた。
二日二晩、眠ったらしい。
目を覚ましたときには、ミナセの別邸の一室にいた。
世話役という老いた男がまず着替えや身の回りの雑用をしてくれ、すぐにやってきた温厚そうな医師に口を開けさせられたり胸の音を聞かれたりした。その後には書記兼取り調べ役と名乗る物静かな男が来て、当たり障りのない質疑応答をしていった。
「過労気味だそうですな。すぐに引き取りますから、静養なさるとよろしい」
「ミナセ様と、シギ……おれと一緒にいたやつはどうしてますか。それに、街は?」
「お二方ともご無事ですよ。あなたよりもお元気だ。ミナセ様は今回の一件の解明と急ぎの執務に励んでおられます。もうお一方の証人はあなたと同様、ここの別室でお過ごしです。市街は動揺が残っているものの、じきに落ち着くでしょうな」
ミナセが大まかに事態の一部始終をまとめるまでは、ひとりで部屋から出るのは基本的に禁止とされた。誰かと口裏を合わせるのを阻む手筈、だからきっとシギも同じだろう。
けれど大騒動の証人として行動を制限される以外は、客人の、しかも上等の待遇であるのがたちまちにわかった。
身体を労わる優しい味わいの、しかし挽肉の団子や魚の切り身がふんだんに使われた食事が日に三度。夕刻に浴室でたっぷりの湯を使わせてもらう合間に、部屋の掃除と寝台の敷布の交換が済まされ、着替えは洗濯したてで、石鹸の香りがした。
「ありがとうございます……あれもこれも」
「あなた様にしばし休息をと、我が主の計らいでございます。どうぞ、お心やすく」
部屋には、恭しく、小箱と手桶、道具箱も置かれていた。あの騒ぎでも無事だった貴石と、飾りを作るための素材、道具だ。
「小箱、桶のものは街の広場で拾い集めました。砕けて砂粒となっておりました分はいささか量もございましたので、他の場所にまとめてございます。素材、道具一式は、トマル氏の店より揃えたもの。他に何か必要があればすぐに教えて欲しい、とのお言伝でございました」
小箱には、欠けや傷のない、大きさも色味も優れた上質な貴石が六粒、盛られた綿の上に収められていた。桶の中身は今までにも出したことがあるくらいの、加工するには申し分ない貴石が満ちている。
ニレはこうも細かな石粒を丁寧に集めてもらったことへ感謝し、少し怖くもなった。世話役も誰も言及してこないが、石の所有者として自然と扱われている、つまり特異者であると、周囲に伝わっている。
無論、露呈は街の中へ飛び込んだときに覚悟していた。だが、いざそうなった今、これから、どうしていけばいいのだろう。
シギもそうだ。どうしているだろう。『獲る者』、その中でも、街どころか国さえ揺るがすことができる存在。ヒトを最も脅かす力。長年、それこそ途方もない時間、身を削りながら隠していたのだろうのに。
どうなるだろう、自分たちは。
まだ身体も頭も本調子ではない、気になること尋ねたいことも多くある。とはいえ、問うてもミナセの許しがなければ世話役や取り調べ役が答えを語りはしないだろう。
本当に、今度こそは機がやってくるのを待つしかない。
呼びつけなければ従者たちは決まった時刻にしか部屋に来ず、余分な干渉はない。
ならば、飾りを作ろう。細工を作ろう。
手仕事は自分の一部、気を落ち着けるにも、雑念を払って集中するのにも、やはりこれなのだ。
小箱や桶の貴石を最初に検めたときに、いくつかの粒にはすぐ着想を得ていた。裸石のままより惹きたつ、相応しい姿に仕立てよう。
「ああ、これは素晴らしいな。美しい。……本当に美しいよ。君がここまで腕を上げていたとは」
別邸で過ごすこと、十数日目。
ニレはシギとミナセのふたりの顔を、ようやく見ることが適った。
円卓と、等間隔で置かれた椅子。私的な客間であって謁見室ではない、身分や立場の差が取り払われていて、力まずに済む、ほどよい居心地が保たれている部屋だ。
世話役に伴われてニレが入室したときには既にふたりが揃っていた。茶やら菓子やらを使用人たちがしずしずと準備する中、ミナセが調子はどうだと尋ねてきたから、疲労が抜けたことを告げ、仕上げ間近の細工も見せたところだ。
「大粒だろ。質もいい。ここの街のために出てきた一番の石だから、手元に置いてもらえたら嬉しいよ。今なら手直しもできる」
意見を求めようと、小箱に入れてきた細工。
主としたのは今回生まれた中で最も大きく上質の藍玉。他に種類の違う無色透明からやや深みのある青い色の石も選んだ。流線型の銀の台座に隙間なく詰めて留め、晴れた日の水面のように映る。
「謙ってくれるな、このまま仕上げてくれ。喜んで譲り受けよう。渡り鳥、君も見てみるといい」
「はい。失礼します」
ふたりとも顔色がよく、声にも張りがある。見る限り、怪我もしていない。
加えて明らかに、両者の間には打ち解けた空気が漂っている。秘密を晒してしまったシギをミナセがどう扱うか、ニレの心配事のひとつだったが、これはもう悩まずにいいだろう。
「どうした、若木君?」
「おまえたちが普通にしてて、安心したんだよ」
「渡り鳥をとって喰らうとでも思ったのか? まさかな。素性を知るべく、直に話は聞いたが」
ニレを交える前に、数日をかけてミナセとシギの談話は設けられたという。
昔、ミナセの訪問で冷や汗をかいたのを思い出して、ニレはつい、シギを見てしまう。恐らくあのときと同じ圧を向けられただろう。それで数日間。なかなか、きつい。
「僕にとっても、あなた方やこの土地に敵意がないことを信じてもらう必要がありましたから。それにしても、緊張しました」
「若木君の手元にいた事実を加味して、私は渡り鳥の言を信じた。貴石の加護が近くあることを許した者だからな。力の有無と信用は別だが、あの日以降、力の発現もしていない。処遇を定めるのに急ぐ必要はないと判断した」
ここまでが前座だろうか。
主人の言葉に合わせるように作業を終え、使用人たちが一礼と共に部屋を出て行く。
重みのある扉が音もなく閉じられ、数秒の無音、背筋を律して、ミナセが言った。
「まずは私の不手際を詫びる。今回の件、即応で事態を治めることが適わなんだ。君たちを含め皆を危険な目に遭わせた」
「あんないろいろあったんだから、ミナセが駄目だったってことはないだろ」
「ならば、若木君。私は何から話すべきかね。先程も言った通り、渡り鳥とは話を終えている。思うに、ほぼ真実が揃ったとも言えるようだ。その点では、君に後れを取らせてしまったな」
シギの小さな頷きが目に入る。
互いが何者であるかは既に知っている、隠し立ても遠慮も不要となっていて、直接的な問いかけが許されているのを理解する。悩み惑う時間は充分すぎるほど過ごした、残るは明らかにすることだけだ。
「だったら、最初から全部だ。街で起きてたこと、おれは全部知りたい」
初めは無論、ビサイが脱獄し、海を渡ってこの地へ侵入したところから始まる。そしてまず、情報収集と様子見だろう、街の中でのみ、極めて小規模だが一度目の力が発揮された。
そのときに異変を察したのは、シギだけだった。
「以前、ニレから渡されていた留め針が壊れた原因は、それです。自分の過去にあやふやな部分があることに気づいて、以前には記憶の『獲る者』の世話になったこともありましたし、まず間違いなく同じ血筋の力だと思いました」
それはシギを悩ませた。自分の存在、力を把握された可能性がある。ヒトの中に混じっていても、己は異物、取りこぼされることはないだろう。
知られたと仮定し、シギの次の懸念は相手がどう動くかだった。見過ごすか。去るか。何をしてくるか。
答えが出たのは、ビサイが大きく力を奮い、ミナセが雨の結界を降らせた晩だった。
明らかな力の誇示、なりふり構わぬ強引な探り。何かしらの宣言。
「影響を与えることに躊躇いがない、害意のある相手だと判断しました」
「私は雨を通して、その後も街中で何度か力が働いているのを感じていた。まだどんな力なのかは知れていなかったが、手をこまねいている暇もない。それでトマルに君への言伝を頼んだ」
港を通して北大陸からビサイという男の名がミナセに届いたのは、この数日後だ。正体と風貌が判明し、草の根にいたる情報網から街のどのあたりに潜伏しているかも見当をつけた。捕縛のための策を講じ、下の者に伝え、違和感に行き当たった。
「記憶を奪う者だと判ったときには、厄介なことになったと思ったのだがな。あれはずっと街にいた。私が包囲網を敷くことは誰かの記憶を盗み見て知っていたはずだ。なのに何故、逃げようともしないのか」
「もとより水の女神に、それからたまたま見つけた僕にも、彼が目をつけていたからだとわかったのは最後でしたね。北大陸に連れ戻されず、確実な方法で死ぬ、それが目的でしたから」
どうすれば願いが叶うか。達成されるか。答えは単純明快だ。
ミナセとシギ、どちらかでも己に殺意を芽生えさせればいい。銘々の護るべきもの、大切なものを、踏み躙り、壊してみせればいい。
そこで、街に害を与え続けた。
まず領主であるミナセが現れるのは確か、領主と関わりのある『護る者』たるニレも動くかもしれない。そこをうまくすれば、伴ってシギが釣れる。
ビサイが狙ったのはミナセの策に陥ったふりをし、追い詰められたと見せかけての接敵だった。
「ニレ、彼があなたを知っていたのは、初めに僕が記憶を辿られてしまったからです。近くにいたばかりに巻き込んでしまった」
実害を被らせないために、シギが決めたのは、自らひとりで打って出ることだった。
ニレが街を気にかけ、森を飛び出ようとするのも予想の範囲。だから食後の茶に眠り薬を混ぜた。ヒトならばたっぷり丸一日寝るのに充分な量、蓋を開けてみれば、特異者には弱かったわけだが。
眠るニレを残し、夜道を走って、シギが街に入ったのは夜明け前。ミナセが作る水の壁が、日の出と共に街を覆う直前だった。
「あれだけの雨と水を使えば、どこに誰がいるか、私には仔細がわかる。ビサイは戸外に出ていた。ゆえに全ての店や家の戸を封じ、屋外にいる無関係の者は全て門外へ押し流して、残るは私とビサイだけになるはずだった。実のところ、渡り鳥もいたのだがな。私の水を無力化したのだったな? あの中を掻い潜るとは」
「ニレからもらった指輪も着けていましたから、どうにかといったところです」
ビサイとしては、屋内に留まるより外に出た方がミナセとシギの両者を利用しやすいと考えたのだろう。街の外側から内側へ、円を狭めるようにミナセの水の壁は厚く張り巡らされ、予定通り、異質な気配を大広場に向かわせていく。けれど。
「外からいきなり飛び込んできたのが若木君だった。焦ったぞ。あろうことかビサイの近くにいたからな」
「僕は、女神より先に彼に接触できればと追っていたんですが、追跡についてはさすが諜報員というべきか、上手を取られていました」
ビサイの正面から距離を縮めたのがミナセ、後ろから追う形になったのがシギ。
しかしビサイとまず出くわしたのは、ニレだった。
ビサイとしては、手札が自ずからやってきたと感じたことだろう。僥倖。言われたあの言葉の響きが耳の内側に甦る。
そこから後は、ニレも自分の目耳で憶えている事柄に繋がる。
「危うい真似をしてくれる。しかし結果的には、若木君こそが丸く納めてくれた。私と渡り鳥とでは、どちらかがやむなくビサイを殺めたことだろう。街も今ほど無事ではなかったかもしれん」
現時点まで話が進んだところで、ニレは尋ねた。
「あいつ、ビサイは、今どうしてるんだ?」
「眠っている。より正確には、あの日以降、眠り続けている。目覚める様子はない」
最後に見たとき、地に倒れていた男。狂気の入り混じった眼の色と、肉の削げた頬を思い出す。
「渡り鳥が奪ったあれの時間、その影響だな。今は術師たちの監視下にいる」
「僕の体感でしかありませんが、彼の残りの時間、大半を失わせました。目が覚めたとして、脅威になるような力はもうないでしょう」
あとは、起きるのか否か、姿は老いるのか、その速度はどうか、飲み食いせずも生きるのか、このまま死に至るのか、ミナセの手元で学者や医者も交えて内密に観察していくのだという。
『獲る者』の力や影響をヒトが解明するための、生きた、稀な事例として。
事例や観察という言葉には引っかかりを覚えないでもないが、ビサイがしたことと話したこと、それらを考えると、寝床を与えられているだけでも厚遇だ。
「北から引き渡しの要請も来るだろうが、断る方向で進めている。眠ったままの者を運ぶのは難儀ゆえに、な。この地での数々の罪について語られないうちはなおのことだ」
街の住民たちに続けられている聞き取りで、人死にはなく、記憶を奪われて生活に支障が出ていた者も日常の暮らしに戻れてきたそうだ。人々から獲られた記憶のほとんどは、ビサイに定着する前に持ち主へ返ったと見ていい。
それでも一部の記憶は永遠に消えているはずで、脳裏に浮かびもしない忘れ去られた過去か、生涯のうちの大切な思い出かは、残念だが運の領分になる。個人まで掘り下げたとき、負わされた傷がはっきりするのは、まだ先になるだろう。
起きて本人から事のあらましが告げられるか、でなければ死を見届けるか、どんな経過を辿ろうともビサイの身柄を確保し続ける。万事を明らかにし裁くべき大罪人、しかしそれはそれとして、ミナセの名で管理を行うのは、安全の確約だ。
「手厚くしてやるんだな」
いつも手厳しいのにと、そう言ったのはニレのわずかな揶揄だ。
ところが、小さなからかいは思いがけず痛いところを突いたらしい。領主然とした態度が珍しくも揺るぎ、ミナセの口元に苦みが走った。
「すまん。そもそもの手落ち、先にも言ったが即時制圧を徹底できなかった根本を、君たちには話さねばならんな。これは領主の私ではない。古い血筋に生まれ育った私だ。……切り捨てられずにいた甘さでもあるが」
それは水の一族のありかた。
最古の歴史を持つ血筋、力を隠さず使って世を拓き、すると集まる知識や情報も多くなる。ヒトとも他の特異者とも厭わず交流し、見聞や実際の出来事を記録した、自他の功績の歴史とも呼べる、今も綴られ続けている門外不出の膨大な文書があるらしい。
その中には『護る者』『獲る者』に関しても、ヒトが考える守護と天敵の区別はなく、どういった特質を持っていたか、どんな人物がいたかが、つぶさに書き残されている。
「記憶の『獲る者』、彼らはもともと聖者に等しい存在だった」
培った経験や学び深めた知恵を、記憶を、奪う。
一見は恐ろしいが、一部の優れた者たちにとっては、切実な望みを託せる力でもあった。
ヒトが今よりも容易く死に、読み書きも物資も不足している時代、己が極めた学術や技術の継承は易くなかった。例え助手や後継者がいても、全てをありのまま残すのはまず無理なこと。
賢人たちは、命の尽きる予兆を知ると、記憶の『獲る者』を訪ねては願い出た。
この身が憶えし万事を持っていてくれまいか。そして後の世に伝えてくれまいか。
「彼らは奪った記憶の一片も、生涯忘れることがないそうだ。長い寿命、劣化せず、曲解や穿ちを持たない叡智の保管場所。まさに天地の与えたもうた業だろう?」
ただ、獲ることは、背負うに等しい。記憶に付随する喜びも悲しみも、向けられる謗りや崇敬も、自身が体感した感情と同じように、ときにはそれ以上に大きく、記憶の『獲る者』を翻弄する。
力は天地のものでも身体は人間ひとり分。何人もの人生を抱え込めば、精神が蝕まれるのは必然といえる。自分と他者の人格とが混じり合っては乖離する、苦しみにも襲われていただろう。
数術。技能。医薬。天候の読み取り。暮らしを豊かにする、先人の教え。布や紙、染料が手に入りやすくなった近年では、己が有する記憶を文字で残し、ありのままに見せて伝えつつも、不本意に奪わぬよう、同時に身の破滅を避けるべく、記憶の血筋はひっそりと暮らしていたという。
幼い頃に一度だけ、一族と親交があった記憶の『獲る者』に会ったとミナセが言った。
ミナセの曾祖母が亡くなってしばらく、屋敷に訪ねて来た老いた『獲る者』が、墓前に手向ける白い蔓薔薇を庭先で一緒に摘んでくれた。
「彼は内緒だと言って、昔の、曾祖母が若かった時分の庭先を私に垣間見せてくれた。新しく小さい苗木ばかりで、しかし鮮やかな緑が溢れていてな。曾祖母が憶えていてくれと望み、自分もそうしたかったから、曾祖母に記憶を分けてもらったのだと話していた」
あなたに見せることができて嬉しい。あなたはあのひとによく似ている。願わくばいつかまた、思い出してください。水と血を継ぐ、小さなお嬢さん。
一族がまとめ上げた手記や記録を読み込み、記憶の『獲る者』がどういった存在だったかをミナセが考えるのはもうしばらく先になる。自分に開かれたわずかな光景、老いた彼にとってどんな意味を持っていたのかは、想像しかできない。
「ビサイ、あれがどんな仕事をしていたのかは容易にわかる。負け戦の結果、処刑されるのも致し方ない。だが、溺れているのが『獲る者』ゆえの苦しみだとするならば、それだけは掬い上げる手立てがないものかとな。私の感傷だ」
特異者、ヒトであるのにヒトならざる者。ヒトであってその理や法に倣えない者。罪があり、罰を与えられて然り、しかし、酷く傷んでいただろうその因果は、ヒトの理解を得られない。
天地からの力を同じく得た者として、どうあるべきか、救える手はないか、ミナセも迷ったのだろう。
シギが宥めるように言い添えた。
「誇り高く優美で、しかし何よりも讃えるべきは慈しみの深さである。どの地でも水の一族はそう謳われていますから」
「言い様で随分と見栄えがよくなるものだな。だが、評に背くような真似もできんか。後は内省にとどめるとしよう」
ミナセの脆さを含んだ告白は、かすかに浮かんだ柔和で締めくくられる。
まだ雑事や始末は残れど、ひとまずの、終息。
数えるだけならさほどの日数でもない、けれど永遠のように長く感じた災いの時間は過ぎ去った。癒しと修復も楽ではないだろうが、この地だ、根づいた活気の再びの芽吹きはすぐに違いない。
「本当に終わったんだな」
「そうだ」
つかえがすっかり落ちていき、ニレは胸を撫で下ろす。
菓子に手を伸ばしてひと齧りすると、ほろりと甘い。
穏やかな日が戻ってきたのをゆっくり噛み締めていると、ミナセがところでと転じて切り出した。
「君たちにもうひとつ聞かせておきたいことがある。特に渡り鳥、君にな」
「はい。なんでしょうか」
「君と、君まで連なってきた血筋。その力。時間の『獲る者』は、救いだ」
きみとキセキのある所以 佐藤アサ @sato_asa
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