第二話 石膏像(前編)


「それってどういう……」

「金谷君、本当にふざけてるの?」


「ふざけてなんか」

「謙一先輩、そのキャラもういいですよ?すべってます」


 それっきり、二人は口をきいてくれない。

 ため息が出る。


 いきなり誘拐された、なぜか体が急成長した、どちらも違う気がしてくる。

 知らない車に、見覚えのない顔と身体。

 それでも俺の名前が金谷謙一という点と、端末所有者の登録名だけは一致していた。


 気持ちが沈んだ時はスマートフォンを開く。

 持ってて良かった。


「やっぱ初期画面になってんじゃん」

「金谷君、なんて?」


「なんでもありません!」

「そ」

 

 通話履歴もトーク履歴も全部が空。

 アプリもほとんど入っていない。


「スクショないなった」

「さっきから何?」


 アオイさん? がいちいち反応。

 今はほっといて欲しい。


「ひとりごとです!」


 異常な状態に少し慣れてくる。画像はまたネットで探して入れ直せ。

 まずは一人目、最推さいおし! 名前を検索欄に打ち込んで、あった!

 

 赤い髪の動画配信者をロック画面とホームそれぞれの壁紙に設定! よし!

 雑談枠も歌枠も全部が大好きな最推し。


「きしょ!先輩そんな趣味ありましたっけ?二次元?」


 きしょくない! 断じてきしょくない!

 二次元じゃなくて三次元バーチャルモデル!

 ずっとタニマルさんからの当たりが強い。

 無視だ無視!


 ホーム画面の変更は済んだ、次は現実逃避!

 現実逃避というか日々の楽しみ! 欠かせない時間!

 オカルトサイト巡り!

 移動や隙間時間に続きを読むのが待ち遠しい気持ちは、この大変な環境でも変わらなかった。

 一つ読みかけのがあったはず。

 それだけは見届けてから、今の状況について考えよう。

 テスト勉強期間なのに片付けをはじめたり古い少年誌を読む感覚に似てる。

 ほんの少しだけ記事を閲覧したい。


 俺の中で最近ホットなジャンルは「架空の財団」のウェブサイト。

 世界中の人が凝った事件や恐ろしい怪物の話を作っては、財団職員が調査しているという設定で投稿している。


 


 ない。


 


 影も形も、ない。



 どうして!? 財団の名前が変わった!?

 大好きな架空組織の設定として掲げられてた理念を入力してみる。


『確保収容保護』で検索!


 結果、ヒットはゼロ件。


 嘘だろ? 前はスローガンの漢字六文字を打つだけで何件も記事が出たよな!?


 どんな検索方法を試してもブラウザを変えても、イラストアップロードサイトや動画投稿サイトを見ても結果は変わらない。

 財団の関連動画やまとめ、大量にあったはずなのに。


 一斉削除? サーバーの不具合?

 怖くなって他のジャンルも調べてみる。


『リトルグレイ』


 検索結果、ゼロ。


『遠野物語』


 検索結果、ゼロ。


『八尺様』 『口裂け女』


 検索結果、ゼロ。


『つちのこ』


 検索結果、ゼロ。

 

「なんで一個もヒットしないんだよ!」

「金谷君、うるさい」


 落ち着きたかったのに余計、混乱した。

 しかも隣のアオイさんに怒られる。


 走り続ける、車。

 


 どのくらいスマホで検索を続けてたのか。

 やがてワゴン車は、ゆっくり速度を落とした後に停車した。


「降りて! 金谷君」

「もたもたしないで!行きますよ先輩!」

「あ、はい」


 アオイさんとタニマルさんはそれぞれのスライドドアを開いて車から降りる。


「副主任、通信機」


 アオイさんは助手席に座っていた女の人から小さな端末を受け取って、その一つを俺に手渡した。


「金谷君ずっと変だけど、足引っ張らないでね」

「まあ、謙一先輩が最近ダメなのいつものことですけど!」


 何でここまで言われなきゃならないんだろう。

 うんざりしながらイヤホンマイクを片耳につけると、アオイさんともタニマルさんとも違う声が聞こえる。

 声の主は、さっきの副主任?


『探査ログ、記録開始。目標……前方廃校舎』



 聞いたことある単語でてきたぞ!?



 探査ログ!

 


 これ『あの財団』と似た組織じゃん絶対!

 壮大なドッキリなのか夢か現実かは置いといて、流れが財団でよくみるやつに似過ぎてる。

 ネットで何百件も記事を読んだ!


 怪異やオカルトを観測した「財団」が、探査職員フィールド・エージェントとして送り込む人員。

 それが多分、俺ら三人。

 首に爆弾付ける作品は見たことないけど。



「嫌だよね、夜の学校」

「葵さん意外と怖がり?私は平気ですよ?」


 二人は土足で校舎を進む。

 俺はもうすでに探査任務どころではなかった。


「待っ、待って? 俺の歳……いくつなんですか!?」

「先輩、ほんとしつこいですそれ」

「金谷君そろそろ怒るよ?」


 生徒玄関からずっと、ガラスに懐中電灯の光を当てると映る姿!

 おっさんみたいな顔、高身長!

 俺……中学一年生のはずなのに!


「わかりました、もういいです」

「謙一先輩、私に敬語使うのやめてくださいよー」

「もう何なの金谷君、さっきから」


 転生またはパラレルワールド、それか夢。

 俺は「この世界の金谷謙一」と入れ替わっていた。

 そんな可能性が出てきた。

 

「どうしたら帰れるんです? ここから」

「先輩、今それ聞きます?」

「報告のあった対象の調査、情報収集、可能なら無効化及と回収」


 やっぱり架空の財団と似てる。

 何にしても、終わるなら早く終わらせてどこかで座って休みたい。

 一旦、静かに考えたい。


「俺達はどこに向かっ……」

「二階でしたっけー?葵さーん」

「そそ。美術室」


 本当に塩対応だな、この二人。

 

「あの、俺はアオイさんを何て呼べばいいんですか? 苗字は?」


 舌打ちされた。


「謙一先輩バカなんですか?スマホ見ればよくないです?」


 そうだ、確かに。

 アドレス帳に並ぶフォルダは二つ。

 機関・民間。

 機関を選ぶとさらにいくつかに分かれてる。

 試しに『実行部隊』を人差し指でタップ。


佐原さはら あおい

谷丸たにまる 夏奈かな



 廃校舎の美術室に向かう途中、何度も何度も「敬語をやめろ」と二人からこすられ続けた。

 確かに同期やチームなら変かもしれない。

 気が引けるけど、クラスメートと話す時みたいにタメ口に切り替える。


「佐原さん、さっきからノイズ多いけどそっちも?」

「さん付け、キモいからやめて」

「葵さん達もです?私も通信聞こえなくなりました」

 

「一旦引き返した方がいいかな、佐原」

「問題ない。あと、その自信ない弱気キャラもキモい」

「葵さん強いですもんね!」


「なんで谷丸が佐原をさん付けするの良くて、俺はダメなんだ!」

「調子戻ってきたね金谷君」

「謙一先輩はふてぶてしさが良いんですよ!」


 美術室に到着。

 

 先頭の佐原が扉を開いて一歩、二歩と進んだその時。


「――――――ッ」


 鈍い音。

 のけ反り、尻もちをついている。


「佐原?」

「葵さん、今の」


 二回三回四回!五回六回七回!

 間隔を置いて連続する打撃音が聞こえる!?

 教室の床と、固く重い〝何か〟がぶつかる音。


「谷丸ちゃん、金谷君……下がって!」

「できません!」

「え、佐原、谷丸、これ何が起きて……」


「いいから! 校舎外まで退避!」

「私が対処します!」

「待て、まず電気を!」


 開け放たれた引き戸から美術室に飛び込む谷丸。


「金谷君は下がって! 谷丸ちゃんも!」

「謙一先輩そこで待っててください!」

「これ、血? 佐原の!?」


 足元に、赤い液体が流れてくる。


 佐原の方へライトを向けた。

 手足が、めちゃくちゃに押しつぶされてる!?

 スーツは擦り切れて、指は平ら、足も変な方向に。


「早く逃げ」


 告げようとした佐原の頭に、いくつもの白い物体が勢いよく落下した。

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