第8話 束の間の安息

 4年後。


「クルス、クリームパン焼けたよぉ! 早く並べて!」

「おう! みんなー! 焼き立てだよ!」


 クルスはアティナが焼き上げたクリームパンを店の棚に並べる。


 アティナの提案で、ケーキ屋はやめてパン屋を開くことになった。

 ゲームの侵攻通りの展開だ。


「わぁ、美味しそう!」

「でしょ? すぐ売り切れるから早く買った、買った!」


 アティナ特製のパンは飛ぶように売れた。

 それを売るのがクルスの仕事だった。


 念願のパン屋が開店してから2年の月日が経った。


 クルスの暴力事件がきっかけで、デルマン男爵から畑の半分を没収されたナツヤは、残された半分の畑で麦を育て始めた。

 

 麦の成長と共に、アティナとクルスの仲も深まって行った。


 とは言っても、年齢的にはまだお互い14歳なので手を握るところまでだが……

 それでも、お互いを何となく異性として意識し始めていた。


 パン屋の開店はナツヤとオシドスが共同で資金を出した。


「いいか、クルス。その金はあげたんじゃない。貸したんだ。だから、自分達で頑張って店を繁盛させて、金を返すんだぞ」


 開店初日、ナツヤにそうハッパを掛けられた。

 アティナにパンを焼く才能と、クルスの愛想の良い接客で店は繁盛した。

 借金も予定より早く返せる目途が立った。


「何がおすすめかね?」


 白いひげを顎に蓄えた初老の男性が、穏やかな声でクルスに訊ねる。

 上質な木綿のブリオーを着ていて、腰に剣を差している。


「はい。特製のバニラビーンズで香りづけしたクリームパンがおすすめです」

「じゃ、それ2ついただこうかな」

 

 会計をしながら、男性はこう言った。


「ここのパンの評判を聞いて、わざわざラインハルホ城から来たんだ」

「ありがとうございます」


 男性はラインハルホ城で騎士として仕えていたらしい。

 今は引退して、悠々自適の生活とのこと。



~~~


 昼過ぎには売り切れとなり店仕舞いとなる。


「お疲れ様、アティナ」

「うん。クルスもお疲れ様」


 窯の掃除をしながら、アティナはクルスの方を向いて笑顔を見せた。

 14歳のアティナはすっかり大人びていた。

 そして、村一番の美少女として、噂が絶えなかった。


「うちのパン屋もすっかり有名になったね~」

「アティナの作るパンのお陰だよ」

「うふふ、お世辞?」

「本当のこと言うと、この前の竹輪パンはちょっと無いなって思った」

「なんだとぉ!?」


 閉店後、冗談を言いながらバックヤードでお茶するのが日常だった。


「じゃ、また明日ね!」


 夕方にはそれぞれの家路に戻る。






 そんな平和で幸せな毎日がずっと続けばいいな……クルスはそう思っていた。


つづく

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