ヒロインなんかほっといて、主人公は異世界で静かに幼馴染とパン屋を営みたい

うんこ

第1話 クリア後の世界に彼女はいない

「うぐおおおおおおおおお!」


 魔王デウスは勇者クルスの一撃を喰らい、叫び声を上げた。

 その叫びで地が揺れ、石造りの壁にひびが入る。

 遂に魔王デウスのHPに0になった。


(やったか……)


 都内の高校一年生、山田久留洲はゲーム画面に釘付けになった。

 ゲームパッドを握る手が震える。

 仲間達のステータスを確認する。

 どのメンバもHP、MP共に限界だ。


(お願いだ。このまま倒れてくれ)


 これまで魔王デウスはHPが0になる度に、形態を進化させてきた。

 その度に、姿は禍々しく、魔力は強力になって行った。

 今、目の前でうずくまっている魔王は第3形態。

 

(噂じゃ、第4形態もあるらしいが……)


 久留洲は気を引き締めた。

 魔王が何回変化するか、全てのプレイヤーは誰も本当のことを知らない。

 なぜなら、ラスボスの魔王デウスを倒したプレイヤーはこの世にまだ誰もいないのだから。

 従って、久留洲が魔王デウスを倒せば『最速クリア』の称号を得ることが出来る。


(お願いだ……これで終わりにしてくれ!)


 久留洲は苦しむ魔王を見ながら、祈った。

 最速クリアはゲーマーにとって名誉なことだ。

 その記録はサーバーに永遠に刻まれ、全てのプレイヤーの目に触れることになる。


「我が見滅ぶとも……我が野望は尽きぬ……」


 魔王デウスは絞り出す様なボイスがスピーカーから出力される。

 そして、画面が暗転。

 魔王デウスは黒い闇に包まれ消滅した。


「やった……」


 無音になる。

 金曜日の深夜12時。

 久留洲がこもる四畳半の部屋が、シンと静まり返った。


 発売初日で1000万本売り上げた大人気RPG--


『ドラゴネスファンタジア』


 今、エンディングを迎えようとしていた。


 やがて画面は真っ白になり、ストリングスの優しい音楽が流れ出した。

 久留洲が操作する勇者クルス、そして仲間達。

 お互い顔を見合わせ頷いた。

 仲間達の一人、白い衣装の可愛らしい少女がクルスの前に進み出た。

 白銀の髪を揺らしながら、白い頬を赤く染めにこりと笑った。

 ラインハルホ王国の姫、魔法剣士のガイアナ姫だ。

 このゲームのヒロインでもある。

 彼女の美しい顔がアップになる。

 画面に向かう久留洲の細目と、ガイアナの黒く大きな目が合う。


「救世主、ありがとう」


 その言葉が久留洲の胸に突き刺さった。

 ゲームのクルスはこう返した。


「ガイアナ姫のお陰です」


 画面を見つめる久留洲は、何か言葉を返そうと思っても、何も出て来ない。


ぽた、ぽた……


 ゲームパッドに涙がしたたり落ちた。


 それはうれし涙じゃなかった。

 悲し涙だった。

 最速クリアを達成した瞬間、全てが虚しくなったのだ。

 

「アティナ……」


 思わず、死んだ幼馴染キャラの名前を呟いていた。

 久留洲は画面に向かってアティナのことを想っていた。

 最初の村でクルスとアティナは出会う。

 アティナはゲームのカギを握るキャラクターで、『聖女』としての役割を担っていた。


 久留洲は旅になど出たくなかった。

 ずっと最初の村で彼女とずっとケーキ屋をしていたかった。


 そう、彼は--



 ゲーム内のキャラクターに恋をしていのだ。



 だが、ゲームの中の主人公つまり、クルスの運命はそれを許さなかった。


 クリア後の世界にアティナはいない。


 そして、何度ゲームをやり直しても、その運命は変わらないだろう。


 数々の名場面が流れ始めた。

 スタッフの名前と共に。

 だが、久留洲の脳裏にはアティナとの生活が浮かんでいた。


「THE END」


 そして画面は暗転した。


 『ドラゴネスファンタジア』をクリアした。

 プレイ時間は300時間ちょうど。

 発売開始から15日でのことだ。


「眠い……」


 そりゃそうだ。

 その間に学校へ行き、1日の睡眠時間はたったの1時間だ。

 薄れゆく意識の中、アティナとの楽しかった日々が脳裏を過ぎて行く。


「うっ……えっ!」


 ……画面に何かが映っているのに気づく。

 久留洲は我に返った。

 そこにはなんと、アティナが映っていた。


「最速クリアおめでとう!」


 屈託のない笑顔だ。

 あの一緒にケーキを作っていた日々を思い出す。


つづく

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