第11話 「不束者ですが末永くよろしくお願いします」

「なんかおかしいこと言ってるよね!? 俺たちの関係が同居から同棲に変化するかもしれないって!? ……いやいやいやいや、そんなのありえないよ!」


 なんの冗談だと笑う。

 学校一の美少女と、この俺だぞ。


「天と地がひっくり返ったって、俺たちの間に何かが起きる可能性なんて皆無だよ」


 勘違い野郎だとは思われたくなくて否定したら、なぜか花江りこは唇を震わせて俯いてしまった。


 あ、あれ。

 何かまずいことを言ったか……?


「新山くんと私って、ありえないんだ……」

「う、うん。花江さんだってそう思うでしょ」

「……」


 花江りこは黙り込んでしまった。

 俺はどうしたらいいのかわからず無意味に頭を掻いたりしてみた。

 なんで花江りこは俺たちの間が進展する可能性なんて百パーセントないって言い切らないんだろう。


 あれか?

 俺に気を遣いまくってくれてるのか?

 他の理由なんて考えられないもんな。

 とにかくこのどんよりとした空気を変えるために、話の方向転換をしなければ。


「……多分、花江さん焦ってるんだよね。その気持ちは分からなくもないけど、一緒に住む相手は慎重に選んだ方がいいんじゃないかな。誰でもいいって感じだときっと後悔するよ」

「ごめんね……。変なこと言って……。嫌な気持ちにさせちゃったよね」

「えっ。そ、そんなことはないから……!」


 動揺しまくったけれど、どんな理由であれ花江りこに結婚して欲しいなんて言われて嫌な感情を抱くわけがない。

 はっきり言って、余計なことを一切考えなければ、二つ返事でお願いします!と言いたい案件だ。


「新山くん、無茶なお願いをして本当にごめんなさい。でもね、これだけは信じて。私、誰でもよかったわけじゃないよ」

「……」


 わかってる。

 俺が一人暮らしで、無害そうで、余った部屋を持っていて、彼女に手を貸す術を持っている人間だから選ばれただけだって、ちゃんとわかってる。

 そしてわかったうえでなお、俺は彼女を受け入れたいと思ってしまった。


「そのー……花江さん的にはどうなの?」

「え? 私?」

「うん。つまり、その……本当にいいの? 俺なんかと結婚しちゃって……」


 信じてほしいとでもいうように、花江りこが上目遣いで俺を見てくる。

 それから恥じらうように視線を逸らして、掠れた声で呟いた。


「新山くんがいいんだよ……」


 ……くそ、反則だろう。

 だって、こんな表情見せられたら、俺が守ってやりたいって思ってしまう。


 そうだよ。もういいよ。なんでも。

 花江りこが俺を頼っていて、俺にしてやれることがあるのに、何を迷う必要がある?


 なんでとか、信じられないとか、そんなことはどうでもいいじゃないか。

 だって今、現に俺は学校一の美少女から逆プロポーズされるという事態に遭遇しているんだ。


 夢みたいでも、これは現実。

 え、現実だよな?

 古典的な方法で、花江りこに見られないよう太ももの辺りの肉をつねってみた。

 やったぞ。痛い。

 よし、もうこれで迷う必要はない。


 宝くじにでもあたったと思って、この奇跡的な状況を受け入れてしまおう。

 怖気づいて投げ出すのはもったいなさすぎる。


 だいたい、彼女いない歴年齢の地味メンが何を躊躇してるんだ。

 ここで機会を逃したら、一生独身ルートほぼ確定のようなやつなのに。

 そうだ。

 未来に誰かと出会い結婚できる確率ゼロパーセントの俺には、誰かのために婚姻歴をまっさらにしておく義務もない。


 でも今、花江りこを受け入れれば、手に入るはずもなかったお嫁さんを獲得できるんだぞ。


 この瞬間まで、話の内容に動揺しすぎてまったく機能していなかった想像力が初めて目を覚ました。


 エプロンを着ためちゃくちゃ可愛い俺の嫁。

 リビングのソファーで隣に座っているめちゃくちゃ可愛い俺の嫁。

 朝、洗面所の前で並んで歯磨きをしてくれるめちゃくちゃ可愛い俺の嫁。


 一瞬で、『可愛い嫁とのワンシーン』が五十個ぐらい頭の中を駆け巡った。

 最高か。


 それが契約結婚でも何ら問題ない。

 可愛い嫁との疑似生活を送れるだけで、神だ。


 そうして腹を決めた俺は、勇気を出して言ってみた。


「じゃあ……する? ……け、結婚……」


 しまった。

 問いかけ口調で言うのはなかったよな……。

 まったく煮え切らないダサすぎる言い方に、自分自身でもげんなりした。

 ところがそんな決まらない俺の残念な返事に対して、花江りこは信じられない反応を返してくれた。


 澄んだ瞳が大きく見開かれ、朱色の小さな唇がパクパク開かれる。

 それから両手で口元を覆い、長い沈黙の後、ほとんど聞き取れないような声で「……夢みたい」と囁いたのだ。


 まるで大好きな人からプロポーズされた時のような反応だ。

 そんなわけじゃないとわかっているけれど、俺はすごく幸せな気持ちにしてもらえた。


「色々大変だとは思うけど、俺はできる限り協力するから、一緒に頑張っていこう」

「……! うん……! 新山くん、本当にありがとう……。私、今日のこと一生忘れない……」


 花江りこはうれしさのあまり感激しているのか、潤んだ瞳を細めてにっこりと笑った。


「それじゃあ、こほん……。――新山湊人くん、不束者ですが、どうか末永くよろしくお願いします」


 俺の部屋のフローリングの上に、ちょこんと正座をすると、花江りこは生真面目な顔でそう言ってから、頭を下げたのだった――。

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